【住めば都の十津那荘】
「コックリさん、コックリさん、おいで下さい。もしおいで下さったら「はい」にお進み下さい」
暖かな夕日が射す放課後の教室で、そんなありきたりな呪文を唱えながら机を囲む男女の姿があった。
教室に他の人影はない。机上の一枚の紙を囲む四人の姿だけが静かな放課後の教室の景色に溶け込んでいた。
「あっ、あっ、本当に動いた!」
「「はい」……ほほほ、本当に来たぞ!? ど、どうする!? どうしたらいいんだ!」
「うろたえるな小僧ども! 私は一度この怪現象に遭遇している! 聖騎士に一度見た技は通用しない、今やこれは常識!」
「聖騎士ってなんだ!」
「ユッコこそ落ち着いて!? 黒歴史と現実がゴッチャになってる!」
そう、今彼らは昔懐かし「コックリさん」をしている。
参加メンバーはいつもの顔ぶれ。ユージ、ウツホ、ユッコ、そしてユッコの親友みよっちこと葛西美代その人だ。
そもそも何故コックリさんなどしようと言う話になっているのかと言うと、話せば長くなるので割愛させて頂く。
とにかく異世界にもこうしたテーブルターニング的な遊びはあって、そっちは星神様が硬貨を動かすので本物なのだそうだ。なら地球のはどうなのか検証しようと言う他愛ない遊びだった。
だったのだが……
「これ……星神様が宿ってるかもしれないな」
「え? 本当?」
「だってほら、見てみろよこの10円玉」
そう言ってユージが指差した10円硬貨は、夕日の教室の中でぼんやりと光っていた。
それまで一枚の円盤を押さえていた四本の指がパッと離れる。一枚の紙に乗った10円は怪しげに朧気に光を放つ。
「あっ、光ってる!?」
「星神様のお力が宿ると星のように輝くんだ。コックリさまを呼んだはずなのに、勘違いしてこっちの世界にまで力を飛ばしてくれたのかな」
幻想的な光景に一同が息を呑んだ。
ユッコが落ち着いた様子で目の前の現象を説明する。異世界の神の力が地球に及ぶ事は実はそう珍しい事ではない。
スラヴィアンが地球でも暮らしていけるように、ウツホの尾っぽが人間の足に変わる様に、極小規模ながら奇跡の力は地球の世界法則下でも健在なのだ。
「よし、試しに質問してみよう。え~っとぉ、まずは「ユージの秘密を教えて下さい」」
「ちょっと待てぇ!」
「待たなくていいです。早く教えて下さい」
「待・て・と・言うとろーに!」
「痛い痛い痛い! 止めろよー! 先輩だぞー!?」
気持ちの切り替えが早いユッコさんがまず質問する。そしてそれを阻もうとするユージ。
小学生のように取っ組み合う二人を尻目にウツホとみよっちが光る十円玉に指を置いた。
「今のうちに教えて下さい」
「ちょw おまっw」
「ここは私が抑える! 今のうちに早くやれー!」
今度は二人を阻止しようとユージが立ち上がるが、それをユッコが阻もうと抱きついて制する。
抱きつくと言っても色気のあるものではない。両手両足を広げ丸太ん棒にしがみつくような感じだ。羽交い締めと言っても良いかもしれない。
兎に角ユージはコックリサンの動きを止める事が出来なかったのである。
『「た」「て」「ぶ」「え」』
「……縦笛?」
意味不明の単語に小首をかしげる一同。だがコインの動きはそれだけでは終わらなかった。
コックリさんこと星神様の次なる答えを固唾を呑んで見守る三人とぐちゃぐちゃ煩い若干一名。
彷徨える10円硬貨に破滅の質問をしたのはウツホだった。
「コックリさんコックリさん、それをどうするんですか?」
暴れるユージ。
羽交い締めにするユッコとみよっち
恐るべきディフェンスにユージは前屈みになったまま一歩も動けなくなってしまう。
両手に伝わる貧と巨《ヘル&ヘブン》の感触に捕らわれ、ユージはウツホを止める事が出来なかったのである(二度目)。
コックリさんが示した答えとは……
な め な め
『な め な め ! ?』
放課後の教室に戦慄が響き渡った。
~第六話 さよならコックリさん(前篇)~
「引くわ~」
「触れてはならない狂気……そして凶器」
「ユッコさん今晩泊めてもらってもいいですか? 私……怖い」
三人の女子が教室の隅っこで一塊になって震えている。
『たてぶえなめなめ』などと言われては、さもありなんと言った所か。
「なんだその反応は!? 嘘に決まってるだろ! こんなの誰かが俺をはめようとしてるに決まってるだろ!」
『……』
ユージが前屈みのまま慌てて弁解する。全く説得力が無い。
ユッコさんが「お前チ○コ大きくしてるじゃんよ」とかデリカシー無い発言をしてみよっちにグーで腹パンされてた事以外は、全てユージに不利な状況証拠が揃っていた。
「嘘だ! そのコックリさんは嘘をついている! 俺はやってない! 俺はやってない!!」
「犯人はみんなそう言う」
「私、占いって信じるタイプなんだよね」
「わ、私はユージくんの事信じてるからね? ほ、本当だよ? 本当……やっぱり無理! 生理的に!」
「それでも俺はやってない!」
三対一で言葉の暴力開始だ。
これがいぢめと言う奴か。ユージは女子三人にフルボッコにされ泣くほど悔しいのに言い返す事が出来なかった。
そんな時……
「もうこんな事止めましょう。これ以上やっても不毛なだけです」
「う、ウツホ……?」
一人の裏切り者がユージを庇った。人魚の同居人ウツホだ。
一緒に過ごしてきた時間が友情を育んだのか?今ユージは例え種族が違っても住む世界が違っても友情は成立する事に深く感動し――
「それより今はこのHENTAIによる被害を食い止めるのが先決です。こんな変態に好かれる可哀想な女性が居たら、一刻も早く保護してあげなければ」
「被害者は俺ですよね!? この場合どう見ても被害者は俺ですよねぇ!?」
勘違いだった。
「コックリさんコックリさん、ユージの好きな人を教えて下さい。コックリさんコックリさん、ユージの好きな人を」
「聞いちゃいねぇ! ぬぉおおお! これ以上貶められてたまるかぁーーー!!」
「一文字目は……「う」。じゃ、じゃあ二文字目は!? 二文字目は何だと言うの!?」
「止めろぉー!!」
手の平返して二転三転、電光石火の早業でウツホが再び十円玉に指を置くのと、ユッコとみよっちがユージをヘル&ヘブンしたのは殆ど同時だった。
三人の乗り乗りで全力で悪ふざけを楽しむ女子を前に、哀れな子羊ユージは成す術が無い。女子から男子への心レイプそのものである。
だがそこは腐っても男子。最後の砦だけは死守すべく死に物狂いで女子二人分の体重を引きずりながら、コックリさんの乗った机にダイビングヘッドをかました。
「ちぇー、あと少しでユージの弱み握れると思ったのにぃ」
「恐ろしい事すんなや!」
流血しながらユージが怒鳴る。血が一筋小さな噴水のように噴出した。
「所であんた。さっきの「う」ってまさか……わ、私の事じゃないでしょうね?」
「そそそ、そんな訳あるか! 自意識過剰なんじゃい!」
「言ったわね~!? じゃあ「う」って誰なのよ! 上野さん? 上杉さん? それとも宇都宮さん!?」
「うって言ったらあれだ! ウキツさんだよ! お前より胸も性格も頭脳も上のウキツさんだよ好きなのは!」
「思い出の人魚の娘はどうしたのよー!」
ガラガラーーーンガラーン
ウツホとユージのいつもの夫婦喧嘩が始まった時、教室の後ろドアのあたりで大きな音がした。
一同が驚いて音の方を振り返ると、そこには細い目を目一杯見開いて驚く狐人の姿があったのだ。
『う、ウキツさん……』
ウキツは岡持ちを落としたまま、その場から走り去ってしまった。
十津那商店街の中華飯店のバイトで職員室に料理を持って行った帰りだったのだろう。それが運悪くこのタイミングで教室の横を通ってしまったと言う訳だ。
「ほら! 変態だから! 変態に好かれたから!」
調子づいて責め立てるウツホ。だが当のユージはそれどころではない。
「それより変な事聞かれちゃったぞ! 今のはただの売り言葉に買い言葉だったのに! ああぁぁぁあ、俺は何と謝れば良いんだ……」
「うっそぴょーん、て謝れば?」
「そんな謝り方できるか! て言うかなんで急に機嫌良くなってるんだよ!? そんなに俺の人間関係崩壊が面白いか!」
ユージはウツホの機嫌が直った理由を盛大に勘違いしてウジウジといじけ始める。
それを今度はこっちが手の平返したようにウツホがユージを慰め始めた。そんな二人の様子を傍目から見ていたユッコとみよっちが一言。
「痴話げんかだねぇ……」
「犬も食わねぇ」
黄昏の闇に飲まれる教室で、四人の学生は青春しているのであった。
早速誤解を解こうとウキツを探したユージだったが、その日は運悪くウキツに合う事が出来なかった。
仕方なく床に就いたユージだったが、いつも通りの夜なのに何かがおかしい。ユージは何か胸騒ぎと言うか、誰かに見られているような感覚を覚えたのだ。
何度も起き上って周囲を見回したりカーテンを閉め直したり、ウツホの方を覗き見て涎を垂らし布団を剥いで寝ている姿に幻滅したりしながらその夜を過ごした。
結局何も分からないまま意識は途絶え、そして翌日の朝を迎え……
「う~ん……」
寝不足気味の頭をポリポリ掻きながら布団から身を起こしたユージ。
寝ぼけ眼はまだ焦点が合わず台所に立つ人物をぼんやりと見つめ、漂ってくる嗅ぎなれない美味しそうな臭いに意識を奪われる。
美味そうな臭い、などと思い後姿を眺めていると、その視線に気付いた台所の人物がクルリと振り返りあいさつをした。
「おはよ、ユージ」
「おはよーウツホ――って、え?」
その声はウツホの声ではなかった。もっと高いトーンの少したどたどしい口調。
異変に気付いたユージの意識は一気に覚醒し台所の声の主を見やる。するとそこには驚きの人物が立っていたのだ。
「……っ!!!?」
「ユージ、今違う女の名前言た。ソレ酷いネ」
台所で朝食の用意をしていたのはウキツだった。
昨日とは違いフリルが付いてる可愛い系のエプロンを回した糸目の狐人が、何故か朝から部屋で飯の支度をしていたのだ。鍵はかけておいた筈なのに。
「あ、あのウキツさん……? これはいったいどー言う?」
「その、私、昨日ユージの気持ち聞いた。とても嬉しかたネ。だから、これからは私がユージの面倒、見てあげるヨ」
「……え」
ユージの頭に昨日のコックリさんの事や引越し初日ウキツに謎時空で助けてもらった事が走馬灯のように蘇る。
いいの?そんなにチョロイ女で本当に良いんですかウキツさん??
「私、ユージのお嫁さん、なてあげるネ」
「ええええぇぇぇぇーーーーーーー!!??」
今ここに、新たなる十津那カップルが誕生したのであった。
「所であの~、この部屋にはどうやって?」
「私とユージが初めて会た時の事、忘れたか?」
「あ~……」
仙人のウキツは不思議な術を使う。
異世界の奇跡は主に精霊の精霊力と神の神力によって引き起こされるが、地球には精霊が居ない為精霊力による奇跡は起こせない。
だが神、或いはその眷属は自分自身の神力によって奇跡を起こす為、世界法則の違う地球でも限定的ながら軌跡の力が使えるのだ。ウキツのような仙人が使う仙術もその類だ。
「ウツホと私、部屋交換してもらた。荷物も入れ替えておいた。これで無問題」
「い、いや無問題と言うかそれをウツホは――」
ユージが「それをウツホは了承してるのか」と言おうとしたその時、安普請な廊下を走る音がして勢いよくドアが開け放たれた。
ドタドタドタ――バタンッ!!
「ユージ!!」
そこに現れたのは寝巻き姿のまま寝癖も直していないウツホだった。
「あ、ありのまま今起こった事を話すわよ!? 私は自分の部屋で寝ていると思ったら目覚めたら103号室で寝ていた! 何を言っているか分からないだろうけど私も何が起きたのか分から――っ
てウキツさん!? ウキツさんが何故203号室に!?」
「あ、ウツホおはよございマス」
慌てるウツホと対照的にウキツは落ち着いた様子でにこやかに挨拶した。
「突然だが、ウツホ。私とあなたで部屋交換しないか?」
「はぁ!? じゃあこれもしかしてウキツさんの仕業だったんですか!?」
「延国四千年の仙術ならこれくらい、朝飯前ネ」
ニコニコと楽しそうに話すウキツからは悪気など微塵も感じられない。
突然こんな強攻策に打って出ながら朝飯前と少しも悪びれない様子に、ユージは何か少し嫌な予感がし始めたのだった。
「そ、そんな困ります! 突然こんな事勝手にやられても!」
「どうしてか? ウツホ前から一人部屋欲しがてた。ユージの事も好きじゃない言ていた。ならむしろこの状況、願たり叶たりのはずネ」
「う、それは……そうだけど。でも勝手に部屋チェンジとか、管理人さんきっと怒りません?」
「大丈夫ネ。私に任せてくれれば、誰にも文句言わせたりしないヨ」
誰にも文句言わせないと言う部分が妙に耳に残る。そう、地球では神力を持つ者以外奇跡を起こせない。そしてウキツはその奇跡を起こせる数少ない人種の一人だ。
何かあっても仙術でどうにか出来る。そんな自信が彼女の中にあるのかもしれない。だとすればこれは……
「あの~、さっきから俺の意思無関係で話し進んでません?」
「それは悪かたなユージ。やはり未来の旦那様の言う事聞かなきゃ、良妻になれないアルネ」
ここでユージが二人の会話に割って入る。
好きと聞いただけで翌日には相手の家に侵入する押しかけ妻に危険を感じたのだ。
それにそもそも当初の予定では誤解を解いて謝ろうとしていたのだし、ユージは今がその時とウキツに謝る決意をした。
「その……昨日のアレなんだけど何と言うか……その……ごめんなさい!」
「え?」
その言葉を聞いてウキツの細い目が再び目一杯見開かれる。
ウツホも意外と言った表情でユージの顔を見るが、その表情の中には明らかに期待と喜びの色が見て取れた。その事に気付いたウキツは途端に険しい顔になり……
「昨日のアレは所謂売り言葉に買いこと――うっ!?」
ユージが下げていた頭を上げてウキツの方を見た瞬間、背筋が氷りついた。
ワクテカの表情でユージを見つめるウツホの視線に全く気付かなくなるくらい、ウキツからは凄まじいオーラが放出されていたのだ。
(な、何だこのプレッシャーは……この異様なまでのプレッシャー……しょ、しょんべんちびりそうだぁ~)
さっきまでの決意はどこへやら。
ユージは正座している足が勝手にガクガクと震え出し、言おうとしていた言葉は喉から肺へ瞬時に引っ込んでしまった。
これが本気になった仙人のプレッシャーだとでも言うのか。恐ろしさにこの場を逃げ出そうにも腰が抜けて動けないユージは、今この場を生き延びる為にどうすれば良いか本能で理解した。
(ダメだわ……腰が抜けそうだわ……て言うかもう抜けたわ)
「どうしたのユージ!? 何急に足に来てるの!? ねぇ?」
ウツホの事はユージ届かない。
ウキツの強烈な眼力がユージを金縛りのように捕らえて放さないのだ。「好きと言わなければ殺す」そうウキツの細い目が物語っていた。
「あの、付き合って下さい」
「嬉しいヨ~ダーリーン」
今ここに、新たなる十津那カップルが誕生したのであった。
「は、はぁぁぁぁあああ!???」
期待していた展開を見事打ち砕かれたウツホはズッコケ、望み通りの展開になったウキツはその途端甘々な態度に豹変してユージに抱きつく。
一方、当のユージはと言うと未だ蛇に睨まれた蛙状態のままへつらいの笑みを浮かべるしかなかったのだが、何にせよここで二人の女の戦いは決着が付いてしまった事になるのである。
ラブったりコメったりのドタバタ物語【住めば都の十津那荘】。このまま最終話と相成ってしまうのか?
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
そしてようやく朝食をとり始めたユージ……とウキツ。
それはいきなり「はいあーん」から始まっていた。
「ユージ、美味しいか? 美味しいか?」
「美味しいです。すごく」
「嬉しい♡」
狐っ娘の屈託の無い笑顔にドキリとするユージ。これでウキツが普通の女ならどれだけ幸せだっただろう。
だが悲しいかなユージは知ってしまっている。今出来たばかりの人生初彼女が最高にサイコであると言う事を。
「これからユージの食事、全部私が作てあげるネ。だから私の料理以外、食べちゃダメよ?」
「は、はい……」
気軽に言ってくれる。付き合いなんかで外食になった時どうすれば良いと言うのか。
多分許されないだろう。絶対。
「それから休み時間の度、必ずメール欲しいよ。私もメールするから、五分以内に返して欲しいネ」
「はい……」
気軽に言ってくれる。忙しくて返信できなかった時なんかはどうすれば良いと言うのか。
多分これも許されないだろう。絶対。
「それから私以外の女の子と喋っちゃ嫌アルネ。私それ知たら、とても悲しい」
「は……い……」
気軽に言ってくれる。女子と話すなってこの荘の皆とも話すなって事なのだろうか。
まぁそう言う事なのだろうな。絶対。
「ユージの持てた……その……変な本は全部捨ててネ。その、見たかったら私が……キャ♪ やぱり恥ずかしいネ♪」
「え!? は、はいはいはい! はーーーい!!」
気軽に言ってくれる。そりゃ彼女ならそう言う事も当然しますよね。お安い御用とユージは息を弾ませた。
これだけは守ってもらうつもりだ。絶対に。
そうして二人の交際はスタートしたのであった。
「と言う約束をして早三週間……24時間監視されてる気がするし三食毎度延料理だし、恥ずかしがってまだ見せてくれてないしもう死にそゲフゥ!?」
ここは十津那学園高等部2年生の教室。
放課後ユッコ達にウキツとの事を相談に来たユージは早々に芦原瑠奈のボディーブローを受けていた。
「な、何するんですか先輩……」
「あ、ごめん。のろけ話にムカついたからつい」
女の子がグーでパンチはどうかと思うがそれがこの人達の乗りだから仕方ない。今時の女子高生はグーパンチなど珍しくも無いのだ。
「あっはっはっ! 良かったな~ユージ。この童貞野郎」
「ユッコさんも止めて下さいよ! あ~! この人らに相談した俺がバカだった!」
瑠奈に続きユッコもユージに「ボディがあめーぜ!ボディがお留守だぜ!ボディががら空きだぜ!」と呟きながら防がれて届かないボディーブロー試みている。
恋愛経験が無いユッコ達に恋愛相談を持ちかけると言う苦行を強いたのだから、これくらいの仕打ち仕方なかろう。
「でもそれってすごく……その……束縛愛だね」
ここで優しいみよっちが唯一真面目に答えてくれる。
そう、束縛愛なのだ。ウキツは人一倍独占欲が強かった。ユージが浮気したり心変わりする事を恐れてか、それに繋がるような行動を極端に嫌い制限したのだ。
愛と独占欲は紙一重と言うがいやはや迷惑な話である。
「浮気したら殺されるかもな。リア充爆発しろー!」
「ユッコもたまには良い事言うじゃない! 私も同意見だバカヤロー!」
「酷い先輩達でごめんねユージくん」
「いえ、慣れてますから」
実際洒落にならない事を言われているのだが今のユージに反論する余裕など無い。
どうしたらもっと普通に付き合えるのだろう。ユージがこうなる前夢に描いていた「思い出の人魚の娘」との生活。今やその娘との出会いは半分諦めている。
だからこうして切っ掛けはどうあれウキツと付き合う事になった以上、前向きにどう付き合っていくかを模索しているのだが、これがなかなか上手く行かない。
ウキツの愛し方はユージの知っている愛し方とあまりに違ったのだから。
「それにしても私ゃてっきり、ユージくんは人魚の娘と付き合うと思ってたんだけどねぇ」
「べべべ、別にあいつはそんなんじゃありませんから!!」
「照れてる照れてる。か~わいぃ~」
「ん?」
そうして真面目に思い悩むユージをユッコと瑠奈はあくまでからかう。ユージの悩み事は一向に解決しないままだ。
ユージが軽い絶望を感じ机に突っ伏したその時、自分の頭、正確には髪から何か変なものがポロリと落ち、目の前で踊るように動き出した。
「うわぁ~!? ななな、何だこれなんだこれ!」
「これは――『躍字』!?」
そう、それは延国に伝わる躍字だった。
太古の昔蛇神
ルガナンがその身を変えたとされる力を持つ文字。その文字は一文字一文字が意味を持ち、己が意味を遂行すると言う。
その躍字が今目の前で、机の上を踊るように蠢きながら何か足跡を残しているのだ。
『ダーリンから離れろ。さもなくば殺す』
躍字が残した文章である。
仙人は自身が使う仙術の他に奇跡を起こす道具宝貝(パオペエ)、一般人より高度な躍字などを学び修めると言う。これはその高度な躍字の使い方の一旦なのだろう。
(ねぇ、これって……)
『害はない。ただの脅しのようだ』
それに素早く反応したのは他でもない、躍字を操る悪仙を封印する書を持つ芦原瑠奈その人であった。
『これは悪仙による躍字ではない。これは……邪仙による躍字だ』
「邪仙?」
瑠奈が本と対話する。
本の声は他人には聞こえない。だがユッコは瑠奈がまた本と会話している事を察し内容が気になってちょっかいを出し始めた。
「どうしたんだバカ瑠奈? また本とお喋りか?」
「ちょっとバカユッコうるさい。黙ってて」
瑠奈はそう言ってユッコを手で制し本と対話を続けている。
ユッコは瑠奈の表情をじっと見ている。顔が真剣そうだから流石に空気を読んで押し黙ったのだ。
『悪仙とは違うが害ある仙人を邪仙と言う。悪心が無い分性質が悪いのだがな』
「うへぇ~、それも封印するの?」
『いや、今回はいい。どうやら我々とは無関係のようだ』
躍字を研究し扱えるのは延国の人々だけ。そして先程の内容、ユージもユッコも瑠奈の言った邪仙が同じ荘に住むあの人物だと理解した。
「こここ、これはまさかウキツさんが……!?」
「ユージ……短い付き合いだったな。ナームー」
「その、ちゃんと骨は拾ってあげるからねっ!」
「勝手に人を殺すんじゃねぇ!」
悪仙絡みの事件じゃないと知って緊張した表情を見せる瑠奈。それを見て一同も安心したのか閉じていた口を一斉に開く。
ユッコとまさかのみよっちの無責任な言い様に憤慨するユージを見て、瑠奈は本に「もしもの時は……」と小さく言ったのだった。
(うぅ……気が重い。と言うか恐い)
放課後の件があってユージは帰るのが恐くなっていた。
躍字に見張らせていたと言う事は、この事実が既にウキツに知られている可能性は高い。
ゴ ゴゴ ゴ ゴ ゴ ……
門の影からチラと見上げた木造2階建ての十津那荘が妙に大きく感じる。漂う空気、と言うか殺気のせいだろうか。
(帰った場合と帰らなかった場合、どっちがより恐いだろうか? うぅ、どっちの方が……)
時刻は既に夕方6時。外は綺麗な夕日に染まっている。
だがこのまま入ればユージは夕日ではなく己の血潮で赤く染まる事受け合いだ。しかしこのまま悩んでいても何も解決しない。ユージは男らしく素直に謝って許してもらおうと思った。
「えぇい! なるようになれ!!」
安い階段をカンカン足音響かせながら、辿り着いたは203号室の前。漏れ出る瘴気を感じながら、ドアノブに手をかける。
「……」
そしてドアをゆっくりと開いた。
その先に待っていたのはエプロンを締め台所に立つウキツの後姿。
「あの、ウキツ……さん? その……放課後のは何と言うかその……」
ただいまもお帰りも無い。やっぱり怒っているのか?ユージが窓から注ぐ夕日を受けるウキツに近づいたその時――
ニコッ
「っ!? ウキツさ――」
「宝貝『山河風月陣』」
それは一瞬の出来事だった。
夕焼けの逆光でユージからは表情が見えなかったが、ウキツは一瞬笑っていたように思えた。
周囲が眩い光に包まれたと思った時には既に、ユージはウキツに捕まっていたのである。
「痛てて……ん? えっ!? なっ、何これ!?」
「ようやくお目覚めね、ダーリン」
「ウキツさん?」
次にユージが目覚めた時、即座に体の窮屈さに気付いた。
両手両足をベッドの四隅に縛り付けられているようで動かす事が出来ない。
体も同様に固定されているようだ。何とか動く首を起こして見てみたが、やはり思った通りの事になっているのみである。
想像していたより遥かに最悪な展開に、ユージは気が遠くなるのを必死に堪えウキツに質問した。
「あの、これは……?」
「ダーリン、ユッコ達と仲良かたネ」
「え? いやそれは」
「ダーリン魅力的だから他の女寄て来るネ。その時連れて行かれないように、ちゃんと繋ぎとめておくヨ」
繋ぎ止めておく(物理)。
つまり監禁すると言う宣言にユージは血の気が引いた。それはいったいいつまでなのか?まさか一生?一生とはいつまでなのか?それは死ぬまで問い言う事か。
「で、でもこれだと俺何も出来ないよ。ふ、不便だし」
「大丈夫ヨ。ダーリンの事は何でも私がやてあげるアル」
恐ろしい想像を打ち払うようにユージはウキツ、邪仙の良心を信じて優しく訴えかける。
だがその望みは叶わない。ウキツは自分が悪い事をしている等とはこれっぽっちも思っていないのだから。それが邪仙。悪仙よりも性質が悪いと言われる所以。
「だからずっと、これからは二人だけ、ネ」
「~~~~っ」
ユージは叫ぼうとした瞬間、口をガムテープで何重にも閉じられたのだった。
「おはよ、ダーリン」
「う、ウキツさん……」
口元から剥がされるいつも新鮮なガムテープの感触。ユージの朝はその痛みから始まる。
だがそれももう慣れてしまった。文句を言ってもお願いしても、まして祈りなんか何も通じないと解ったのだから。
「はい、これ朝ごはんヨ。あーんしてあげるネ。はい、あ~ん」
「あ、あ~ん……ん? うえっ!? ぺっ! うぇっ、これ、髪の毛!?」
そして今日もまた朝から延料理――と思った瞬間、ユージは口内の違和感に咽こんだ。何か長いものが無数に絡みついたのだ。
吐き出した料理の中に見えるのは金と銀の長い髪。明らかにウキツのものだった。
「あの、ごめんウキツさん。でもこれ髪が入ってて――」
「うん、入てるヨ。だて私が入れたから」
「え?」
今までこんな事なかっただけにユージは最初調理中誤って入ったのかと思った。
だがそれは違うとすぐ思い知らされたのだ。ウキツの口から出た言葉は「わざと入れた」と言う告白。そう、ウキツは自分の髪をわざと入れたと言ったのだ。
「今までもダーリン、私の唾液や血が入た料理美味しそうに食べてくれてたヨ」
「え……え? えぇ?」
「だから、ネ? これも食べて欲しいヨ」
「むぐっ、むぐーーー!?」
唾液や血が入った料理と聞いて、ユージの脳は一瞬理解を拒絶した。それはあまりにも理解したくない事実だったから。
だがそんな現実逃避からユージを現実に引き戻してくれたのも、やはり同じウキツ自身に他ならなかった。
「私ダーリンと身も心も一つになりたいネ。これはその為に絶対必要な儀式。食べて、ネ? 食べて欲しいアルヨ」
「むぐーっ! むがー!」
「食べなさいアル! 食べるヨロシ! 食べるネ!」
「うがぁーーー!!」
残りの料理を無理やり口に詰め込まれて飲み込むよう強要されるユージ。
途中何度も何度も嘔吐しそうになりながらも、やっとの思いで完食し終えたユージに神は一瞬のチャンスを与えたもうた。
「あ、ガムテープ切れたヨ……ま、良いか。じゃ、私学校行て来るネ。その間、大人しく待てるヨ? ダーリン」
「……はい」
いつも口を塞がれるガムテープが切れたと言うのだ。
助けを求められないよう口に貼られるガムテープ。粘着力が落ちないように毎回新しく貼り直していた事が、今回の奇跡を呼び込んだと考えるにはちと大げさだろうか。
兎に角ユージが殺される前に今までで最大のチャンスが到来した事は間違いない。
(こ、殺される。このままここに居たら死んでしまう)
ユージは耳を澄ませて音を聞いた。
「もう行った……よな?」
安普請で古臭い十津那荘は階段を下りる音など全て筒抜けとなる。
ユージはウキツの足音が遠ざかって行った事を確認し、やがて力いっぱい叫んだ。
「誰かーーーーーーーー!! 誰か助けて下さーーーい! 誰かーーーーー!」
ずっとガムテープで口を封じられていた為こうして助けを求める事すら出来なかった。そう、脱出のチャンスは今しかないのだ。
ウキツは異常だ。このまま此処に居たらどうなる事か分からない。ユージは今初めてリアルに身の危険を感じていたのだから。
「お願いです誰かっ! 誰か助け――ハッ」
「……」
ベッドの上で叫んでいたユージだが、やがて一つの視線を感じて体が氷りつく。
かろうじて動く首を回して頭の上を見上げて見れば、そこにはドアップのウキツの顔があった。
「う、ウキツさん! これは――」
「駄目よダーリン、大人しくして言たのに」
ウキツの細い目に薄っすらと瞳が見える。グレーの瞳はユージの瞳を見つめ吸い込まれるような深い憂いを湛えているように見える。
殺される。そう思ったユージの顔に白くて細い手がガシっと巻きつき、力尽くで下の方を向かせた。ユージが自分の腹部の方を見た時、そこにあったのは黒くて火花をバチバチと散らす凶悪な道
具。
「これは言い付け破た罰ヨ? ダーリン」
「ま、待って――」
腹部に押し当てられたそれ――スタンガンの恐怖に怯えベッドをガチャと揺らした瞬間、ユージの顔に巻きついていた手が離れ低い炸裂音と共にユージは意識を失う事となる。
バチンッ!!
ユージの体は一瞬のけぞったかと思うとドサリと力無くベッドに落下。白目を向いて気絶したユージの顔を、ウキツは愛おしそうにベロリと一舐めしたのだった。
さてユージは一体どうなってしまうのか?待て次回!(次回に続く)
―終わり―
- おおおおお!久しぶりに十津那荘キタ! -- (名無しさん) 2014-03-12 11:35:40
- ユージが健全な変態で安心した! しかしこの物語の決着は一夫多妻制でなければやってこないのかも -- (名無しさん) 2014-03-29 19:27:03
- 思ったんだけど異世界の人って心霊現象とか信じるくちなんかな? -- (名無しさん) 2014-03-30 19:55:57
- なめなめのインパクトが強烈だったので後編も期待しています -- (名無しさん) 2014-04-18 21:40:36
最終更新:2014年03月11日 20:15