【子供と路地裏】

 “道”とはあらゆるが交わり分かれる場
 道を進むということは交流、発見、別れと育成に大きく作用すると
 多くの国の教育機関は登下校は“歩く”ことを推奨している


── 春
大延国、多種多様な獣人の子供が賑やかに家路につく町の道。
学舎への登校初日ということもあってその賑やかさもひと回り大きい。
そんな中でとぼとぼと小さな栗鼠人が道の端を歩いている。
山で営んでいた薬膳屋が大きくなったことで町にも店を出すのに合わせて引っ越してきた家族の子である。
そのため、それまでの友達と離れての入学となったのだ。
新しい日々を送る場所で一人ぼっちで周りは自分より大きな人ばかりで話す切っ掛けも出来ずじまい。
慣れない文房具と教書を持っていることも重なり、足取りは見て分かるように危うい。
「あっ」
鞄に提げた小袋から硝子玉が転がり落ちる。
それはお気に入りの遊び道具で、友達が出来たら一緒に遊ぼうと思って持っていたのだが…
 転転転
行き交う人の足元を軽やかに転がる硝子玉。それを追う栗鼠人の小走り。
手に取る寸でのところを再び転がるそれはやがて薄暗い路地、建物の狭間の前で止まる。
もう少しと焦って駆け寄ったため足がもつれてこけてしまいそうになる。
「あぶないぞっ」
顔と地面の前に尻尾を差し出し衝突を防いだのは山猫人の子供。同じく入学式帰りの様子。
「にもつをもったまま走ったらダメって今日先生に言われたろっ」
同じ教室の一番前と一番後ろの席で一度も話したこともない同士だったのだが。
 転… 転…
尻尾に起こされる先で、風もないのに再び硝子玉が転がりだした。
はっと栗鼠人は持った荷物をその場に放って駆け出す。
「おい!これどうするんだよっ」
山猫人はすぐさま荷物を拾い集めて路地に入った尻尾を追う。
 引 引 引
路地裏の闇へと吸い込まれる様に転がり消えていく硝子玉。
気が付けば闇。 あったはずの壁も無く、入ってきたはずの通りの光も見えず。
「ぼくのたからもの…」
「ちょっとまてよ。なんかおかしくないか?」
 腕 腕 腕
二人が気付くと同じくし、足元から黒い腕が伸び絡み付いてきた。
「「うわわっ!」」
 光っ!
突如上から落ちてきた光躍字が眩く弾けると、絡み付いていた腕がもがき剥がれる。
 集暗束闇 集集集
闇の中でもその動きが見て取れたさらに黒い塊が、どんどん膨れて大きくなる。
「なんだおまえっ!」
震える栗鼠人の前に震える足で立つ山猫人だが、次に黒い塊が奈落の底かと思う大きな穴、口を開くとすくんで動けなくなってしまった。
「待つのです! 跳!弾!」
二人の前に少女が降り立つと同時に塊の下で躍字が弾ける。
衝撃で跳ね上がった塊に、これでもかと大きく反り返った太い躍字が体当たり。
思わず塊がもんぞりうって間合いを空けた。
「逃げ出したはぐれ躍字ですね! 兄上達が探している!話しているのをこっそり聞いていたのです!」
「「だれ?!」」
「ここはおねえさんに任せるのです! 光明の剣が斬りさく…さく…あれ?おかしいのです」
特殊な墨を含ませた筆で空に文字を描くも、光は弱まりしなびた沢庵の様にへなへなと地に落ちる。
すかさず塊が獣の如くしなりをつけて勢い凄まじく遠間から三人に飛び掛かる。
「「「わーっ!」」」
「にゃー」
真白の雲の様な煙の様な…ふわふわした巨大な犬の様なもの闇を開いて現れると、ぱくり一口ぺろりと飲み込んだ。
「テンコウ! …どうです!思い知ったかです!」
「にゃー」
みるみる内に暗闇が解け、そこは何処にでもある路地裏へと戻っていく。
「子供が人気のない場所へほいほい入ってはいけないのですよ。気を付けるのです」
「なんだよっ、おなじこどもなのにえらそうにっ」
「た、たすけてくれてありがとう」
おずおずと白い塊を見上げながらお礼を言うと、それに反応したのかくるり宙を舞った後にぱっと消える雲。
「子供は素直が一番なのです。 そっちの素直じゃない方!」
「なっなんだよ!」
「友達を守ろうとしたのは立派なのです。これからも二人仲良くするのですよ」
そう狐人の少女が言うと、少し照れたように鼻頭をかく山猫人。
「あっ、ありがとうよっ!」
うんうんと腕を組んで頷くが、はっと何かに気づいて壁を蹴って屋根の上へと飛び上がった。
「寄り道せずに帰るのですよー」
すぐに見えなくなった尻尾だが、二人はしばらく手を振って送った。
「早く部屋に戻ってジジイが来るまで大延児遊々刊を楽しむのです」
胸に雑誌を抱えた狐人は、嬉しそうに屋根の上を飛んで行く。


「どうですかな?何とかなったでしょう」
 見 散
ぱっと鏡が霧散する。
「気が気ではありませんでしたが…」
清閑な狐人の若者が、ほっと安堵の息の後、“無認躍書家暴躍破棄事”と書かれた竹書を閉じる。
「勉学も重要でしょうが、人としての成長も大切なのです。
妹だ妹だと思っていると、気が付かぬ内に並ばれてしまいますぞ?」
老獪な笑みに対し、複雑な微笑で返す。
「まぁしかし、部屋を勝手に抜け出したのには目を瞑りませんが」
「大師殿、お手柔らかにお願いします」


  • 野良躍字とか好き勝手に暴れると確かにやばそう -- (名無しさん) 2014-04-06 20:57:13
  • 子供らしくて和むー。セイランの器の大きさが垣間見えた気がする -- (名無しさん) 2014-04-08 01:13:11
  • 色んなことができる便利な躍字もちゃんと扱わないと危険なんだな -- (とっしー) 2014-04-13 16:49:50
  • 独りでに動く躍字って妖怪みたいだね -- (名無しさん) 2015-04-13 23:31:28
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最終更新:2014年04月06日 16:42