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【ま ほ ろ ば ②】

「凄い量をお食べになるのですね……」
「え? あ、すいません。腹が減ってたからつい遠慮も無く」
「いえ、いっぱい食べて頂けて嬉しいです。作った甲斐がありました」
 程無くして運ばれてきた朝食を、双葉敏明は餓鬼の如くかっ喰らった。
 実際、三日も食事をしていなかった為、今だ嘗て味わった事もないような極度の空腹だったのだが、何より飯が美味かった。
 空きっ腹の時は何でも美味く感じると言うが、これは平常時に食べても美味いだろう事が容易に想像つく程だ。
 三杯のお粥を平らげてからは四杯目、五杯目と白米・麦飯を焼き魚と味噌汁と沢庵で平らげ、やっと満腹感を得たのだった。
「ふぅ、ご馳走様でした。大変美味しゅうございました」
「お粗末さまです。フフッ」
 敏明が食べ終わると蛍は膳を下げようと立ち上がった。その蛍に先程の疑問を忘れる前に聞こうと声を掛ける敏明。
「あ、すいません。先程の事なんですけど」
「はい、何でしょうか」
 立とうとして再び正座に戻る蛍。蛍は旅宿の女将と言うだけあって所作や立ち居振る舞いが淑やかで美しかった。
 顔立ちも蟲人としては異例とも言える程人間に近く、そして美人だった。敏明は蛍に見とれそうになりながら、心に残った疑問をぶつける。
「先程ここは地球であって地球でない場所と言ってましたが、つまりはどこ何ですか?」
「ごめんなさい、解り難かったですよね。ここは地球です」
 その言葉を聞いて安心する敏明。
 異世界に行った事がない敏明にとって「もしここが異世界だったら」と言うのは不安な事だった。だが少なくとも地球、そして多分日本である事が解ればそれ程の不安はない。
 死のうと思って山に入った男が何故か助かって、そして腹を空かせたり何処なのか不安になったり、人の心とは不思議なものである。
「但馬国の山中に金羅様が作られた異種族の為の村です。普段は結界が張られていて部外者は入れないのですが、何故かこの度は金羅様が敏明さんをお招きしたのです」
「金羅……って、あの金羅様!?」
 金羅と言う名前に敏明は驚愕する。金羅とは異世界に居る十一人の神様の内の一人。その神様がここの偉い人で自分を招きいれたとは。
 但馬の国と言われてもピンと来なかった敏明だが、金羅の名前には恐れるものがあったのだろう。
「そうです。正確には金羅様の分神で、ここでは『羅生院祭神稲荷金羅』と名乗られています」
「何で俺なんか……」
「蛍さーーーん」
 その時、外から声が聞こえた。どことなく甘ったるく舌足らずな声だ。
 呼ばれた声に応え蛍が障子を開けると、そこには中学生くらいの少女の狐人と背の高い鬼人の女の二人が立っていた。
「すいませんちょっと……はい、ただいま――あら、細ちゃん。鉄さんも」
「よう、蛍。朝から働いてるねぇ」
「おはようございます、鉄さん。細ちゃんも」
「おはよー蛍さん」
 鉄(くろがね)と細(ささめ)と呼ばれた鬼人と狐人が挨拶する。縁側の蛍と庭先の二人が親しげに会話するのを、敏明は床で眺めていた。
「朝早くからごめんなさい。金羅さまのお使いで来ましたぁ。ここに人間の男の人いますかぁ?」
「えぇ、今お食事をなされて休んでおいでです」
「じゃあじゃあ! 食休みの間話聞いても良いで――」
「駄目だ!」
 細がそう言った時、鉄が激しい口調で話を遮った。怒気を含んだその声にビックリして鉄を見る細と蛍。
 自分の話題で怒っている様子の鉄に敏明も驚き、今までボウット見ていた三人のやり取りを固唾を呑んで見始める。
「人間なんかと話しちゃ駄目だ。食休みなんかいらねぇ、さっさと金羅様のトコにしょっ引くぞ」
「えぇー」
「……」
 鉄はそう言うと草履を脱いで敏明の方にドカドカと歩いてきた。その様子を蛍はただオロオロと見ている。
「おい人間!」
「え? 何ですかいったぁたたたたた! 痛い痛いいたぃぃ!?」
「男がピーピー喚くな! 黙ってついて来い人間!」
「何これどうなってるの!? 蛍さん? 蛍さーーーって俺裸足のまま! 裸足のままいたっ! いたたチクチクする! チクチクするよぉ!?」
 敏明の前まで来た鉄は布団を引っぺがし、敏明の耳を摘んで無理やり立たせた。そしてそのまま腕を引き外に連れて行こうとする。
 鉄の力は凄まじく敏明は抗う事が出来ない。それもその筈、鉄は175㎝ある敏明より遥かに高い190㎝。強靭な肉体を持つ鬼族だ。
 その強さを買われ村の自警団に所属しているのだが乱暴なのが玉に瑕。
「あわわ……ご、ごめんなさいぃ蛍さん! 待って下さいぃ鉄さぁーーん」
「どうしましょう、敏明さん……でも金羅様がって……どうしましょう、あらどうしましょう……」
 敏明は裸足のまま鉄に連れ去られ、細はそれについて行くしかない状況。
 二人改め三人の向かった先は金羅が祀られている社「羅生院」。そこで敏明は自分の運命を決定付けられる事となる。
 果たして敏明は金羅との謁見を無事終える事が出来るのか。その結果はこの後すぐ。
 そしてやっぱり蛍はまだオロオロしているだけだった。


「じゃ、オレはこれで帰るぞ」
「鉄さんお疲れ様でしたぁ」
 大きな神社の境内を通り鉄が帰ってゆくのを、細は手を振って見送った。
 その後ろで敏明は砂利やら土やら砂やらを踏みボロボロに傷ついた足を擦っている。
 食事を取ってまだそれ程時間は経っていないが、満腹感の為か不思議と力は湧いてきていた。
「いてて……何なんだ? あの暴力鬼女は」
「鉄さんはちょっと人間嫌いなの。でも悪い人じゃないんだよ? 許してあげて、お兄ちゃん」
 そう言われ黒の鬼のような顔を(本当に鬼なのだが)思い出す敏明。いくら人間嫌いだからと言って初対面の相手にこの仕打ち。
 鉄が人間を嫌いになった理由は知らないが、敏明はあいつとだけは仲良くなれないなと思うのだった。
 ただ細はここに来る途中、どこかで草履を見つけて敏明に持って来てくれた(サイズは小さくて入らなかったが)。
 敏明はこの優しい少女がそう言うならと、怒りを静めしぶしぶながらこう言った。
「べ、別に怒っちゃないけど……」
「来たか、細」
 と、その時。障子戸の奥から凜と通る美しい声が聞こえた。
 二人が声の方を向くと、誰も触っていないのに障子戸がまるで自動ドアのようにスッと開いた。
 中に見えたのは美しい長い金髪に九本の金色の狐尻尾を持つ人物。その女性は明らかに俗世の下々と次元の違う雰囲気を醸し出す、まさに息を呑むような絶世の美女だった。
 敏明は悟った。この人が金羅様なのだ、と。そして障子戸を開けたのもこの神の力と言う事も。
「あ、はいぃ。連れて参りましたぁ」
「うむ。二人とも入――」
 細が答える横で敏明は声を出す事も出来なかった。ただ何とか呼びかけに応じ縁側に上がろうとした時。金羅の言葉が止まったのだ。
 何か拙い事をしてしまったか?答えなかった事が無礼と思われたか?敏明の動きが止まる。
 相手は神だ。機嫌を損ねればどんな目に遭うか分からない。死ぬつもりで山にまで入った敏明だったが、金羅の事はそれをも凌ぐ恐怖だったのだろう。
 下を向いたまま冷や汗を浮かべる敏明の視界に、純白の足袋がスッと入り込んだ。
「……足を拭いてから入れ」
「はい」
 驚いて顔を上げると金羅がわざわざ縁側まで歩いて来て手拭を差し出してくれていた。
 その手拭はどこで濡らし、絞ったのか分からないが確かに程よく濡れている。敏明がそれで足を拭いていると、金羅から「村の者が、すまなかったな」と言う言葉がかけられる。
 敏明は「あ、いえ」とまたしても緊張から碌に答えられなかったが、これで急速に緊張が解けてゆくのを感じていた。
「我は羅生院祭神稲荷金羅、この里を守る者じゃ。人間よ、そなた名は何と申す」
 改めて社の奥、金羅の座まで移動した三人は、板の間の上に正座で向かい合っていた。
「あ、はいっ。双葉敏明と言います」
 敏明が答える。今度はまともに答える事が出来、その事に安堵する敏明。
「双葉敏明……性を持つとは、そなた士族か?」
「え? いえ、ただの一般人ですけど」
「金羅さま金羅さま……ごにょごにょごにょ……」
 金羅の突拍子もない質問に戸惑う敏明。その時細が金羅の耳元で何か耳打ちした。
「し、知っておったぞ? 今のはおぬしの緊張をほぐそうと言った冗談……そう、冗談じゃ。冗談じゃからな」
 その途端、真っ白い頬を赤く染めて金羅は敏明の肩を持ち念を押すように冗談と言う。
 そうか。マジだったのか。
 意外な可愛い神様に敏明の頬も思わず緩む。
「おほんっ。……して、双葉敏明とやら。そなた何故あのような所で倒れておった」
「それは……」
 和んだのも束の間、金羅はいきなり敏明の核心へと触れてきた。
 「自殺しようと山に入ったから」とは言えぬだろう。恐いのではない。折角助けてくれた相手をガッカリさせてしまうと思ったからだ。
 死ぬと決めた身なれど最後までそうした優しさを捨て切れないのが敏明と言う男であった。
「言えぬのか?」
 だが金羅は真っ直ぐな瞳で敏明を見つめる。その金色の瞳はどこまでも見透かすようで、敏明は嘘をついても無駄だろうと思った。
 金羅を騙す事は出来ない。ならばいっそ嘘をつく事こそ相手をガッカリさせるのではないか?正直に話すしかない。敏明は覚悟を決めた。
「それは……死のうと思い、山に入っていたからです」
「えっ!?」
「……ほぅ」
 金羅の目が狐のように細まる。その表情は怒ったような驚いたような、それでいて冷たく突き放すような独特な顔。敏明は金羅の心が読めなかった。
 だが今はそれよりも細が心配であった。やはりこの子はまだ“子供”だった。
 道中、細は金羅の下で修行している仙人と聞いたから大丈夫と思っていたが、今の反応を見て分かった。細はまだ世間や人の暗い闇の部分を知らない。
 敏明は細が自分の真意を理解してしまったら傷つけてしまうだろうな、と後悔したがもう遅かった。が……
「しのうって……え? どう言う事ですかぁ? え? え?」
「細、お前はもう下がっておれ」
「は、はいぃ……」
 それは金羅も考えていた事だったようで、細が意味を理解する前に早々に部屋から出してくれた。
 やはりこの神様は優しい神様なのだ、敏明が少し胸を撫で下ろしたのも束の間、金羅は今度はハッキリと怒りと取れる表情になって敏明に言った。
「我が村の結界唯一の入り口、羅生門の鳥居で緑子がお主を助けなんだら、お主は死んでおったのじゃぞ。それを死にたかったとは……」
「……すいません。助けて頂いた事は感謝致します。ですが俺にはもう……」
「……」
 結局ガッカリさせてしまったと敏明は自分に落胆した。
 いつもそうだったのだ。どうなるか解っていてもそれを回避できない。周りは上手くやっているのに自分はいつも上手く行かない。
 自分が世間を生きるには酷く不器用な人間だと理解したのは、敏明が大学に入ってすぐの頃からだった。それでも何とか大学を卒業し就職もしたが、社会に出てからは益々……
「ならばその命、我が貰った」
「え?」
 その時、金羅からかけられた言葉に敏明は思考が追いつかなかった。
 神を怒らせ落胆させたのだ。命はないものと思った。或いは即刻村から追い出されるものと思った。敏明はそれでも良いと諦めた。いや、むしろそうなって良かったとさえ思った。
 だが金羅は敏明の命を貰ったと言ったのだ。
「どうせ捨てるつもりの命であったのであろ? ならばその命、拾った我に捧げよ」
「あの、それはつまりどう言う」
 この神が生贄となれと言っている訳でない事は解った。だがそれならどうして、言葉の真意が見えなかった。
 混乱する敏明に金羅はパッと砕けた明るい表情になりフレンドリーに語りだす。
「この村を守る我が結界。実はな、この中では男は長くは生きられぬ」
「え!?」
 死ぬと思った所を殺されないと言われ、矢継ぎ早に次はやはり死ぬと言われた。
 ますます混乱する敏明に金羅は尚も説明を続ける。そう、ここからが金羅が敏明を村に招きいれた真意なのだ。
「この村には男に不幸にされた娘も多い故、そのような結界にした」
「そう……ですか」
「お主が気に病む事ではない。むしろお主、我が見た所そう言った男とは程遠いようだ」
「うぅっ」
「ハハハッ、気を悪くしたなら謝る。許してくれ」
 金羅がバンバンと敏明の肩を叩く。神様で近寄りがたい存在と思っていたが、この神様は妙にスキンシップを取りたがるフレンドリーな神様らしい。
 だがそれによって再び少し気持ちが安らいだ敏明の表情を見て取ると、金羅は再び敏明と目と目を合わせ、だが今度はにこやかな表情でこう切り出した。
「そんなお主に頼みたい事があるのだ。お主がこの村で死ぬまでの間、どうかここで暮らしてみては貰えぬか」
「俺がここで? や、でも」
 命を貰われ死ぬと言われた敏明だったが、この突然の頼みには別の意味で困惑した。
 死ぬくらいならこの村で暫く暮らしてから死んでくれと言うのか。金羅は一体敏明に何をさせたいのか。その目的が見えてこない。
「我は娘達を男から遠ざけてきた。しかしここで穏やかな時間を過ごす間にも、外では時代が変わる一方じゃ。果たして本当にこのままで良いものか……我は疑問を持った」
 金羅は目を伏せ、まるで独り言のように語りだす。
 その姿にはずっとこの村を守り続けてきた責任ある者の苦悩、懊悩が見て取れる。
「時代が変わり世界が変わり、その流れにいつまでも逆らい続けられるじゃろうか。いつか変わらねばならぬ時が来るのではないか、とな」
 敏明と最初に会った時、金羅は敏明に「性を持つから士族か」と言った。士族にしか苗字が無かった時代など当の昔に終わっている。
 そしてこの村の人々の姿、建物、暮らしぶり。全てがまるで明治、いや、下手をすれば江戸時代のような古めかしさを感じさせる。
 外界と隔絶されたまま、この時代まで来た事は明らかだった。金羅はずっとここで、数百年も、いやひょっとしたらもっと長い間、この村を一歩も出ずに守り続けてきたのかもしれない。
 だが少なくとも細は現代の事を少しは知っているようだったし、興味も持っている。だから金羅は自分が時代に置いて行かれている事を自覚したのだ。
 そしてそれは即ち、自分の守る村も同じである事を意味する。
「故にお主を結界の中に入れたのじゃ。今を生きる、それも男であるお主を里に入れれば何かが変わる。それを我は見たいのじゃ」
「は、はい……」
 敏明は思う。ならば金羅が望むものとは何か?
 自分を村に入れれば何かが変わる。その何かとは何か?と。
「だが心配していなかった訳でもない。お主がもし乱暴な男であったなら、即座に村から叩き出していた所じゃ。いや、無害そうな男で何より何より。ハッハッハ」
「……」
 こうして明るく振舞っているが、それも敏明の表情が暗くなったのを見て取っての行動と分かる。
 この神は本当に人の事を思いやっているのだ。だからこそ敏明は、そんな大役が自分に務まるのか不安だった。拒否権はない。だがこんな自分に何が出来るのだろうか、と。
「細、そこに居るのであろ?」
「はっ、はい金羅さまぁ!」
「この男を連れて蛍の家へ戻れ。双葉敏明、お主はここに居る間、蛍や皆の仕事を手伝い生活するのじゃ。後は面倒は蛍が見てくれる」
 金羅は外で聞き耳を立てて居たらしい細を呼び出して敏明を連れて行くよう命じる。
 何が出来るのか、何をしたら良いのか悩む敏明の心を読んだように、金羅は簡単な使命を敏明に与えた。
 どこまでも頼りない役立たずの自分に嫌気が差すものの、こんな良い神に頼まれては無碍に出来ない。
 敏明は細の用意した草履(今度は大きい)を履きながら、これからの不安は一先ず忘れ、とりあえず言われた通り暮らしてみようと決意するのだった。
「では頼んだぞ。敏明殿」
 縁側から立って去ろうとする敏明の背中に、金羅は優しい視線を送った。
「お兄ちゃんやったね! 村に住んで良くなったんだぁ!」
(細ちゃん途中からしか聞いてなかったのか……)
 道中、前を歩く細がそんな事を言った。
 細は純真だ。敏明は銀狐の狐人である細をまるで足跡一つない穢れ無き新雪のように感じた。
「うん、そうだよ。これから宜しくね」
「やったぁ! 外のお話いっぱい聞かせてね」
「うん」
 例え死ぬ時もこの子を悲しませたくはない。だが仲良くなれば成る程別れの悲しみは辛くなるだろう。
 どうやって上手く暮らしていけば良いのか、敏明はまだ分からない。
 いくつもの不安を残したまま、こうして双葉敏明の羅生村での生活が始まったのであった。

次回に続く

  • 結界の性質にちょっと驚いたけど…金羅様の策かなにかかも?と思ったり。 展開が丁寧で柔らかくていい -- (名無しさん) 2014-05-02 22:15:48
  • ほんとにギャルゲー村だこれ。文明遅れの羅生院のスキンシップは多いけど攻略対象外ですかー? -- (としあき) 2014-05-03 02:12:20
  • 寿命に作用すると言われても村を出ようとしなかった双葉に羅生は何を思ったんだろう -- (名無しさん) 2014-05-05 23:49:12
  • フラグ立ちまくりやん!って叫びたくなるわ -- (名無しさん) 2014-05-09 22:34:52
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最終更新:2014年05月02日 16:48