天下の往来を一枚めくれば、そこには縄が引かれている。
上を通り過ぎていく限り、縄は何も言わない。だが足を止めると、縄は起き上がって足にまとわりつき始める。腰を下ろそうものなら、縄は体を上って存在感を主張し始める。振り払おうともがけば、縄はますます強く絡み付いてくる。自分の上を退かない相手に、縄は容赦しない。ぐいぐいと締め上げ、相手が音を上げるか、その場から立ち去るまで力を緩めない。縄から逃げられるやつなどどこにもいない。縄に勝てるやつも、どこにもいない。
「まあそういうわけだから、さ」
そういって話を締めくくった虎人が、牙をむき出して笑った。
「悪く思うなや、兄ちゃん」
子分たちが下卑た笑い声をあげた。組み敷かれてもがくチェンを足蹴にして唾を吐き、おどけながら鉈や槌を振り回す。誰も、チェンを助けようとはしない。道行くひとは皆目をそらす。仕方がないことだと、チェンは思った。理は向こうにある。縄には誰も勝てないのだ。
「よーし、その辺にしとけ。天下の往来をあんまり散らかすわけにもいかねえだろう。おい兄ちゃん、ちゃんとこのゴミ片付けとけよ、お前が運んできたんだからよ、このゴミ」
木っ端微塵になったチェンの屋台に唾を吐きかけると、虎人はかがみこみ、チェンの頭を地面にぐりぐりと擦りつけた。
「これに懲りたら、今後はうちの縄張りで商売はやめとくんだな。もっとも、今後商売を続ける気があるんならって話だけどよ」
高笑いを残して、虎人と手下一行は立ち去っていった。
チェンは立ち上がると、残骸に歩み寄って手を突っ込み、鍋や包丁をより分け始めた。半分ほどを取り除けたとき、古ぼけた壷が顔を出した。蓋を開けると、光る小さな目がチェンを見返した。
「ごめんな、怖い思いさせちまって」
チェンは涙を流さなかった。
チェンはもともと貧しい山間で、兎人の村に生まれた。単調な暮らしにあきあきし、一人で飯店石山に飛び出してきて、ある酒家に弟子入りした。チェンには勝算があった。火精を手なずけていたのだ。
チェンは火精のことをシャオエンと呼んでいた。時々ぽつぽつと人語を発する程度の、なんとも弱弱しい精霊だった。故郷の村の隅っこで、いつの間にか紛れ込んでくすぶっていたはぐれ火だった。拾ったチェンは一生懸命世話をし、その甲斐あってシャオエンもまたチェンになついた。火精であるというのに、シャオエンはひどく内気だった。派手な魔法を行うだけの力も持たぬようだった。それでもチェンは自信を持っていた。料理人になるには、まず第一に火精と縁を通じなくてはならないと知っていた。
料理は火力である。
火を使わずに作れる料理など高が知れている。煮るにせよ焼くにせよ揚げるにせよ炒めるにせよ蒸すにせよゆでるにせよ炊くにせよ、すべては火がなくてはどうにもならぬ。だから料理人を志すものは火を飼いならし、己が意に従わせることをまず目標とする。火がどれほど重要であるかは、ほとんどの料理店に火の加減を専門にあつかう職人がいることからも伺える。これを火手といい、優れた火手がいる店はそれだけで繁盛する。火手の最高峰、金羅より金炎を預かる金炎手ともなれば、神仙や妖物までも客として訪れるようになる。金炎手は自らの技術を弟子に伝えて一門をなし、厨師の社会たる厨林に名をとどろかせ、一族郎党ともども遊んで暮らすことが出来るようになる。
勢い、多くの若者が火手を志す。チェンもまた、そうした夢を見た一人だった。シャオエンを引き連れ、飯店石山を駆け上り、有名な店の扉を叩いて弟子入りを請うた。夢はすぐさま現実になるように思われた。
だが、そんなチェンの希望はすぐさま打ち砕かれた。門前払いを受けたのである。
『そんなしょぼくれた火しか使えんような奴はいらん』
すげなく追い返そうとした厨師相手に、チェンはしつこく食い下がった。俺の火を見てくれと土下座して頼み込んだ。だが無駄だった。振り払われ、下働きたちに水をかけられて追い出された。次の店でも同じだった。次も、そのまた次も。火手ではなく、下働きとしてなら受け入れようと言ってくれる店もあったが、チェンのほうから断った。その程度の扱いなら働かぬほうがマシだと信じていた。
そうやって店の扉を叩いて回るうちに、チェンはだんだんと石山を下っていった。悔し涙をぬぐいながら、チェンは最後まで諦めようとはしなかった。
石山の麓にまで流れ、もはやチェンを雇ってくれる店がなくなったとき、チェンは道を変えることにした。屋台として、自分の店を構えようとしたのだ。
はじめはとんとん拍子だった。引退するという屋台を安値で譲り受け、他の道具は自ら市を駆け巡って揃えた。肉と野菜はこれと見込んだ仕入れ先に通いつめて顔をつないだ。品にも自信があった。蒸し饅頭だ。絶妙な火加減を要求される難しい料理だが、シャオエンがいれば可能だった。初めて訪れた客におっかなびっくり皿を差し出すと、客は一口で笑顔になった。手ごたえがあった。
同時に、天狗になっていた。金炎手だって夢じゃないという輝かしい未来に目をくらまされて、まともな考えができなくなっていた。
顔と名前とを売るために、石山の麓をあちこち渡り歩いた。そのことが、ほかの屋台の怒りを買った。客を奪われた店主たちは結託し、この付近を支配する龍膳幇に垂れ込んだ。身元が洗われ、ショバ代を収めていないことが明らかになると、龍膳幇はぐずぐずしなかった。
そうして、チェンの居場所はどこにもなくなった。
――これからどうしようか。
木っ端をシャオエンに与えながら、チェンはぼんやりと空を見上げた。
夕暮れ時の空は赤い。夕餉の煙があちこちから立ち上り、それはチェンの周りも例外ではない。活気に満ちた声に呼び込まれ、屋台や酒家に客が吸い込まれていく。その中で、チェンは一人だけ取り残されていた。
「――サムイ?」
ふと目を落とすと、シャオエンが壷から出ていた。握りこぶしほどの大きさしかないシャオエンは、人の形を取ることも苦手だ。自分でもそもそと地面を這い回るぐらいがせいぜいだというのに、シャオエンはチェンの膝をよじ登ろうとしていた。熱に、チェンは悲鳴を上げた。
「いいって、大丈夫だよシャオ、寒くねえよ別に。まだ春だぞ」
「ウン」
シャオエンはまたもそもそと壷の中に戻った。ため息をつき、チェンは顔をそらした。
――ざまないな、シャオにまで心配されちゃ。
大失敗に違いなかった。だが、ぐずぐずしているわけにもいかなかった。壷の中から見上げるシャオエンの目が、それを許さなかった。いつもそうだった。村を出るときも、店をけりだされたときも、シャオエンは何も言わず、ただチェンを見上げるだけだった。自信満々に語られるチェンの夢に、シャオエンはただ耳を傾けていた。
そうして今、チェンがどうしていいのか分からなくなったとき、シャオエンの方が言葉を発した。チェンを励まそうとして。
情けなかった。心に押し寄せる黒いものに耐えかねて、チェンはうつむき、目を瞑った。
「――おや、今日はもう店じまいですかな」
とぼけた声が投げかけられた。聞き覚えのある声に、チェンは頭を上げた。
なじみの一人だった。この辺りにはふさわしくないほどに金のかかった装いの、雪のように白い髭の狐人。チェンはひそかに隠居と呼んでいた。隠居はよっこらしょとかがみこむと、木っ端を選んで腰を下ろした。壷の中で震えるシャオエンにひらひらと手を振って挨拶すると、隠居は笑みをチェンに振り向けた。
「悪いけども、なんか作ってもらえんかな。わしゃ腹が減っておる」
「爺さん、からかうんならよそでやってくれよ」
「からかってなどおらんよ。ワシは腹が減っておる。お前さんは料理人で、おまけに火もある。飯を出すのは当たり前のことではないかのう」
口に出しかかった言葉を、チェンは飲み込んだ。代わりに、材料がないと言った。今日使うはずだった材料は、砂にまみれてしまっていた。
「それなら適当にその辺の肉でも貰ってこよう。どれ」
チェンが止める暇もなく、隠居は立ち上がって近くの焼肉を出す屋台に歩み寄った。しばらく談笑した末、紙に包まれた肉を受け取ると、チェンの元へ戻ってきて差し出す。あまりといえばあまりの行動に、チェンは目を疑った。
「爺さん、肉貰ってくるぐらいなら向こうで食えばよかっただろう」
隠居は聞いていなかった。残骸の中から串を取り出し、頓着する様子もなく高価そうな衣の裾で汚れをふき取る。肉を突き刺し、土を盛り上げて串を据え、壷をひっくり返してシャオエンを取り出す。ころころと転がり出たシャオエンはささった串の真ん中に場所を定めると、隠居に木っ端を与えられてうれしそうに火勢をあげた。
「さ、このとおり肉は焼けるぞ。あとは火手におまかせすれば安泰よ。はよしてくれんかの、わしゃ腹が減っておって」
チェンは抗議を諦め、肉を焼くことに専念した。程なくして焼きあがった肉を口に運び、老人は満足げに息を漏らした。
「旨いのう。蒸し料理だけじゃなくて焼くのも出したらどうなんじゃ。お前さんとこの子ならできると思うがのう」
「じいさん、すまないが、もう俺は屋台やめにするんだ」
隠居がしげしげとチェンを見つめた。
「何故じゃ?」
「勘弁してくれ爺さん、見りゃ分かるだろ。店がこのざまなんだぜ」
「まあ確かに、ちとちらかっとるようじゃな」
「龍膳幇にも目を付けられちまった。もうここじゃ商売できねえよ」
チェンの言葉を、隠居は鼻で笑った。
「気にしすぎじゃ。龍膳幇はお前さんのような零細にいちいちかまったりせん。詫びの一つも入れて、ショバ代を収めりゃあっさりもとの鞘に収まれる。ショバ代はちと高いかもしれんが、商売が成り立たんほどでもなかろう。特にお前さんほどの腕があるなら。それに、屋台はしばらく保留しておいて、どこかの門を叩いてもいいんじゃぞ。これほどの腕ならどこでも受け入れてもらえるだろう」
「それはもう試したんだよ、爺さん。どこでも門前払いだった。『そんなしょぼくれた火しか使えんような奴はいらん』だとさ」
「ほう」
隠居が興味深げに髭をしごいた。ついでシャオエンに微笑みかける
「お前さんは別にしょぼくれてやせんのにな。ひどい店もあったものじゃ」
「全くだよ。偉そうにしやがってよ。何様だってんだよ」
「そりゃお前さん、金炎手さまに決まっておるのう」
「くだらねえ」
心の中でくすぶっていた怒りが、吐き出し口を見つけ出した。
「俺だって金炎が使えりゃ使いてえよ。だけどよ、それと偉そうにするってのはまた別だろ? 俺だって金炎手どもと同じくらい上手く火を扱える。そうとも、絶対そうだ」
「――本当にそう思うかの?」
「ああ」
怒りとねたみが、チェンの心を焦がしていた。
「俺はシャオエンみたいなしょぼい火精だって力を引き出してやれるんだ。金炎があれば、その分他の事に気を回せる。もっといくらでも上手いものを作れるんだ」
「そうか」
チェンは気がつかなかった。隠居の声音が急速に冷めていくことに。不安げに見上げるシャオエンの目が、これまでとは違う色を帯びていくことに。怒りと自負の吹き上げる炎が、チェンの目をふさいでいた。
隠居が立ち上がった。その体から光があふれ出し、体が見る見る形を変えた。隠居の全身から噴出した金色の炎にチェンは思わず目をおおい、再び目を開いたときには、老人は姿を消していた。
代わりにそこにいたのは、大延国なら知らぬものなどいない存在だった。
「なら、一つ試してみましょうか」
太上金羅真炎聖母、火をつかさどる九尾狐面の大延国守護神・金羅は、そういって艶然と微笑んだ。
呆けている暇もあらばこそ、チェンはすぐさま地面に跪いて叩頭した。
「そんな風にはいつくばってないで立ちなさい」
命じられて、チェンはギクシャクと立ち上がった。
「あなたはさっき、金炎を御してみせると言ったわね。自分にはその腕があると」
がくがくとうなずくチェンに、金羅はつうと手を伸ばしてみせた。その手のひらに金炎が出現した。
「よろしい。では特別にこの金炎を授けましょう。さあ、受け取りなさい」
いわれるがままに、チェンは腕を伸ばし、金炎を掬い取ろうとした。
たちまち噴出した熱風が、チェンの指を焼いた。悲鳴を上げて後ずさるチェンを見て、金羅はからからと笑い声を上げた。
「どうしたの? あなたなら扱えるんでしょう?」
からかうような口ぶりに、チェンは相手が神だということを忘れた。何度も手を伸ばし、そのたびごとに指を焼かれる。やっとの事でおとなしく手のひらに乗ったかと思えば、今度は手のひらを焦がされる。たちまちのうちにチェンの手のひらは水泡にまみれ、指を満足に動かすことも出来なくなった。
痛みにのた打ち回るチェンを、金羅は面白そうに眺めている。再び手のひらに作り出した金炎を弄えながら、金羅は大仰にため息をついた。
「どうも調子がわるいみたいね?」
いたずらっぽく笑うと、手から炎をぽたぽたとこぼしてみせる。腕に炎のしずくを落とされ、チェンは大きな悲鳴を上げた。
「不思議ね。本当なら、金炎は人を傷つけることはないのよ? 優れた火手ならなおさらのこと。どうしてあなただけは焼くのかしら」
炎を一滴、また一滴とこぼしながら、金羅はチェンをもてあそんだ。
「もしかしたら、あなたは自分で思っているほど、火を手なずけてはいないのかもしれないわね」
そんなはずはない。搾り出した言葉は、力を得られずに解け失せた。
金羅の右手から左手に金炎が弧をかけた。立ち上る陽炎が、これまでにない熱を宿したことを知らせた。チェンは後ずさり、首を振って目をそらした。
「ほら、これはどう?」
金羅が炎を擲とうとした、そのときである。
『おやめください!』
悲痛な声に、金羅がその動きを止めた。
体を庇った腕の隙間から、チェンは信じられないものを目にした。
少女が跪いていた。少女の周りを、猛火が取り巻いていた。いや、猛火は少女から噴出していた。
これほどまでに激しい炎を、チェンは見たことがなかった。荒れ狂う炎は店にも届けとばかりの勢いで吹き上がり、周囲を真っ赤に照らしていた。空気を吸い込む音は耳を聾していた。吹き付ける熱気に、チェンは思わず後ずさった。
『なにとぞお許しください。伏してお願い申し上げます。どうか我が主を傷つけないでください!』
「でもいいの? この男、あなたの主にふさわしいとは思えないけど?」
『我が主が傷つくのを見過ごすことは出来ません』
「そう、そこまで言うなら」
金羅の手のひらから炎が消えうせた。呆然となったチェンの前にかがみこむと、金羅は燃え盛る火を指して微笑んだ。
「ごらんなさい、チェン。あれがあなたのシャオエンよ」
「そんな……」
そこにはシャオエンの面影などなかった。シャオエンは人語を発するだけでも苦労していた。はじめのうちは火の勢いが足りず、チェンは何度も米炊きをしくじって叱られたものだった。ようやくうまく出来るようになったときには、わらをたくさん与えて一緒に喜んだ。ずっと壷の中でとろとろと燃えていたシャオエン、握りこぶしほどの大きさしかないシャオエンの姿はどこにも見当たらなかった。
「あなた、この子の本当の名前知ってる? ちゃんと教えてもらっているのかしら」
「え……」
「知らないのね」
知らなかった。シャオエンはシャオエンだった。はじめて会ったその日に、チェン自ら名前をつけたのだ。だから名前を聞くことなどなかった。本当の名を持っているなど、想像すらしていなかった。
「シャオエンの名前を知らないだけじゃないわ。あなたはこの子に自分の名前だって教えなかった。一方的に話しかけるだけで、相手のことをちゃんと見てあげようとはしなかったのね」
言葉が出なかった。確かに、自分の躍字をシャオエンには教えていなかった。きっと意味が分からないだろうと思ったからだった。人語を理解させることすら手間取った。ましてや字など。
「本物の躍字であなたの名前を書けば、たとえ木や石ころの類だってあなたの名を知るのよ。知っているでしょう?」
知っていた。あまりにも当たり前のことだった。だが名乗っても仕方ないではないか? 相手はシャオエンではないか。小さくて非力な、今にも消えそうな火。情けなくて頼りなくて、自分が守ってやらなくてはならない相手ではないか。
なのに、名前を教えなかった。教えることを思いつきさえしなかった。
「この子の本当の姿は今見ているとおりよ。火精の中でもこれほど力強い炎を持つものは中々いない。なのに、この子は自らの力を抑えていたのよ。あなたを傷つけないように。小さく弱くバカになってでも、あなたと一緒にいるほうを選んだのよ」
チェンはシャオエンを見た。跪いていたシャオエンが、顔を上げてチェンを見た。見たこともないほど美しい顔の真ん中で、見慣れた目がこちらを見返していた。同じ目だった。毎日火壷のなかで見上げていた目だった。
チェンは涙を流した。
「立ちなさい、チェン! そして名乗りなさい! あなたの本当の名前を、この子に教えてあげなさい!」
金羅が両手を広げた。その手のひらからほとばしった炎が細く伸び、金炎の筆となってチェンの手のひらに収まった。
言葉は、口から出る前に消えうせた。チェンは金炎筆を握りなおすと、かつてないほどの熱意をこめて、自分の名前を宙に描いた。
宙に刻まれて燃え立つ文字が、自らが表意するチェンという存在を物語った。火精を拾い、自ら名づけ、ともに火手という夢を追ってきた男の半生をあらわした躍字はゆらゆらと宙を漂い、シャオエンと呼ばれてきた火精の前で止まった。
立ち上がったシャオエンが、手を伸ばして躍字を掴み取った。そのまま胸に押し当てると、燃え立つ躍字はシャオエンの炎とまざりあい、一つになって形を失った。
シャオエンが金羅に頭を下げ、ついでチェンに向き直った。持ち上げられた両腕がぱっと突き出され、飛び散った火の粉が滞空して文様を描き出した。
そうして、シャオエンは舞い始めた。
すっかり日の落ちた闇の中で、シャオエンは縦横無尽に舞い踊り、自らの体が発する光でもって大気に躍字を刻んでいった。大きく複雑な躍字だった。すべての動作を終えたとき、そこに描き出されていたのは強大な火精の真の名前だった。チェンは目を閉じ、今見たものが目に焼きついたことを確認した。二度と忘れることはないだろうと、チェンは心に誓った。
そうして再び目を開けたとき、そこにいたのは先ほどまでのシャオエンではなかった。拳ほどの、人の形を取ることもできないシャオエンだった。チェンは物も言わずに駆け寄り、シャオエンを拾い上げて抱きしめた。熱くはなかった。シャオエンの炎は、チェンを焼くことはなかった。まるで金炎のように。
「チェン、シャオエン」
金羅が微笑んでいた。
「これからどうするつもり? まだ金炎が必要かしら?」
チェンはかぶりを振った。そう、と金羅が肩をすくめた。
「どうするかは聞かないけど、料理だけは続けなさい。屋台でも弟子入りでもいいから」
チェンは頷いた。
「それで、気が向いたら食神祭にいらっしゃい。あなたの蒸し料理はまだまだだけど、伸び代はあるとおもうから。期待してるわ」
チェンは跪き、シャオエンを下ろすとともに叩頭した。ひらひらと手を打ち振ると、金羅は全身を燃え上がらせて消えうせた。
見守っていた観衆が、がやがやと近寄ってきていた。
その後、チェンは龍膳幇に詫びを入れた後、再び石山をのぼった。最初に門前払いを受けた店の門をたたき、下働きとして雇ってほしいと頼んだ。
応対したのは、先にチェンを追い返した厨師は、やけどを負ったチェンの顔をみると訳知り顔でうなずいた。
――よし、少しは使えるようになったようだな。
今では、チェンはした働きとして追い使われる毎日を送っている。火を使う機会など与えられず、ただただ忙しいばかりの毎日だ。だがチェンは満ち足りている。くたくたになって家に帰り着き、倒れ伏して眠るとき、チェンは再び金羅にあいまみえる夢を見る。食神祭を制し、金炎を授かるその席で、チェンは金炎を断るのだ。なぜなら、チェンにはシャオエンがいるのだから。
但し書き
文中における誤りは全て筆者に責任があります。
独自設定については
こちらからご覧ください。
- なんと言えばいいのか。。。これだけの作品をこんなとこだけで公開するのは勿体無く感じる。よくまとまってて面白いし、引き込まれる。 -- (名無しのとしあき) 2011-09-16 01:07:49
- 精霊と精霊使いの関係性の好例として強く印象に残る一編。しかしこうも素敵にカリスマな金羅様とは珍しいものを見t(#このあとは焼け焦げていて読めない# -- (名無しさん) 2011-09-16 01:34:29
- 何この容赦ない厳しさと母性溢れる金羅様!? -- (名無しさん) 2011-09-16 03:03:50
- 山あり谷ありで成功して欲しい二人だと思って読んでいくとまだまだ若さと未熟さが残るチェン。甘さと優しさを混ぜないような金羅の行動に感服しました。最後に金炎を断ったのもぐっときました -- (名無しさん) 2013-04-17 19:43:52
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最終更新:2011年10月17日 12:16