打ち合わせと取材を終えてスクーターに乗って帰社する途中、必死に走る狗人を追い抜いた。
昼も過ぎて夕方くらいだったので、遅刻の類ではないだろう。
十津那の制服、夏服のカッターの胸元をはだけさせ、狗人はひたすらに走っていた。
何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。
梅雨間の晴天と湿気と、加えて狗人特有の体毛で彼の感じる暑さは想像に容易い。
例えるならフリースにダウンコートの前を閉じた状態での全力疾走か。
だが彼はスクーターのサイドミラーから消えずに走り続けている。
そのフォームはお世辞にも狗人の合理的な走法でも演劇的なデフォルメされた歩法でもない。
彼の溢れ出るリビドーそのものが迸る身体のこなしだった。
種族の誇りも冷静な身体のこなしも異世界での世間体もない、なりふり構わない全力疾走。
私は何故彼がここまでの事に及んだか知りたくなった。
しばらく私はスクーター速度を落とし、彼に付き合うことにした。
幹線道路を走る私のスクーターは信号の度に彼に追いつかれ、青に変われば遙かに追い抜く。
次第に彼の首は上がり、信号待ちでの下半身は下がり、呼吸する肩は振幅を増していく。
いつもならとうの昔に追い抜いて景色の一部にしかならなかったであろう彼はなおも走り続ける。
ふと彼の名札のマークが目に留まった。
山之上校の高等部のものだ。
なんど彼は私の後輩だった。
六、七年前の私は彼と同じように走っていたのだろう。
もちろん彼のような文字通り、そのままの全力疾走をした経験は無いが。
清々しい青空に浮かぶあの入道雲に挑むようにがむしゃらに、ひたむきに、進んでいたのだろう。
そう思った矢先に彼は信号待ちの私を追い抜き、目の前の横断歩道を渡って対向車線の向こうの路地へと消えていった。
あの路地から先でも彼は走っているのだろうか。
ミラーの景色から路地が消えても、私がこのスクーターから降りても彼は進んでいてくれるのだろうか。
そんな期待にも似た羨望を彼に寄せながら私はスクーターの速度を上げる。
今しか出来ないことのために、走れ若人よ。
- 異種族混合駅伝とかあったりするのかな?実は「彼」に目的地があったりとかしても面白そう -- (名無しさん) 2014-07-15 22:18:59
- 青春甘酸っぱくていい…(汗じゃないよ -- (名無しさん) 2014-07-16 01:04:31
- 確かにイレヴンズゲートの世界なら交流も進んで年月を経た今ならありそうな風景 -- (名無しさん) 2014-07-17 23:04:43
- 何気ない日常の一幕にふと過去を思い出すとこの世界の十年後二十年後はどうなっているのかな?と思い馳せました -- (名無しさん) 2016-12-22 12:29:18
- 人間と同じ走り方なのかなと思いもかけないところに想像が膨らみました。季節の風景と流れる景色が浮かんでくる爽やかな話でした -- (名無しさん) 2017-11-26 17:33:45
最終更新:2014年07月15日 03:32