旧知の先輩から他紙の、しかも大きな記事を任せられた。
しかもお堅い雑誌だそうで、普段の私の仕事でいいのかと些か自信がない。
その日も夜遅くまでパソコンに向かっていた。
書いては消し、消しては書き、煙草に火を着け、資料の洗い直しを繰り返して、ふと気が付けばもう深夜の3時を過ぎていた。
これは徹夜確定だ。
煙草も残り少ない。
気分転換のついでに何か飲むものでも買いにいくか。
「あ、いらっしゃーせー」
近所のコンビニ『サークルA』に着くと意外な種族が出迎えた。
ホビットだ。
名札には平仮名で「えーねみゅんで」と書いてある。
亜人に対して人間の年齢間はあまり当てにできないが、恐らく先日私がスクーターで共走した狗人と同じく、十津那の学生だろう。
私の時は人間でも亜人でも深夜アルバイトは原則として禁止だった。時代は変わるものだ。
小柄な彼女はテキパキと店内を動き回り、勤勉に働いている。
適当にチルドの弁当と缶コーヒーとビール、あとはアイスをカゴに放りこんでレジに…と思った時だった。
会計をしにレジに入ろうとした彼女の足下に目を奪われた。
なんと彼女はサンダルのような靴(後で調べたところスリッポンと言うらしい)を履いているではないか。
本来ホビット種は足裏の毛のせいで靴などを履く習慣はないはずだ。
渡界歴はないとはいえ、異種混合学園で学び、そのお膝元で仕事をしているので種族を間違えたというわけではないだろう。
「あの、ホビットですよね?」
弁当を温めてもらっている間、好奇心に負けてつい聞いてしまった。
「そうですけど?」
「ホビットでも靴履くんですね」
「あ、これのことですか」
えーねみゅんでさんは私の疑問に合点がいったようだ。
「普段は履いてないんですけど、バイトしてる時だけです。重いものを運んだり、狭い通路を歩き回るから怪我しないようにって」
なるほど、いくらホビットといえど必要に迫られれば、ということだ。
そうこうしているうちに弁当の温めが終わった。
テキパキと私の買い物をレジ袋二つに詰めるとえーねみゅんでさんは笑顔で会釈をする。
「エヘヘ、毎度あり~」
接客業である以上、そこは接客用語を使うべきなのだろう。
「おおきに」
だが彼女の笑顔と新しい知識を得て嬉しくなったせいか、私もつい田舎の訛りが出てしまった。
何ともいたたまれなくなって、踵を返し店から出ようとしたその時だった。
「オオキニー♪」
はっとして顔をあげると、夜闇で鏡のようになったコンビニ特有の正面の大ガラスに、店内の様子と変わらぬ笑顔で私を見送るえーねみゅんでさんが映っていた。
先ほどとは微かに違うもどかしさとむずがゆさを覚えた。
なるべく平静を装い、家路に就いたが……きっと彼女にはバレているだろう。
しばらくはあのコンビニに、何となく惹かれて行ってしまうんだろうな、とそんな事を思った晩夏の出来事だった。
- このコンビニは深夜だけ妙に男性の買い物客が多いはず -- (名無しさん) 2014-08-31 20:24:30
- 違う世界での順応力と出す結果!ちっちゃなバイト店長誕生も近い? -- (名無しさん) 2014-08-31 21:24:40
- 外国人バイトならぬ亜人バイトはどんどん増えていくはず -- (名無しさん) 2014-09-04 23:29:00
- あの走る狗人の時と同じようにさりげなく語る時代の移り変わりが心地よい。アスファルトやコンクリートの上だと動物の足が傷ついてしまうというのをふと思い出したホビットの靴 -- (名無しさん) 2014-12-05 10:38:30
最終更新:2014年08月31日 17:38