アットウィキロゴ

【トリファ鍋を食す】

「おまちどうさま、この街名物のトリファ鍋だよ」

 張りのある声といかにも元気なオバチャンと言った雰囲気を発散させる恰幅の良い狸人の女主人が、私の前に陶製の小ぶりな一人前用の鍋を置く。

「熱いから取り皿に一度取り分けて、少し冷ますと舌を火傷しなくて済むよ」

そう客である私に簡単な食べ方を教えてくれながら鍋の上にチョコンと乗せられた可愛らしい木製の蓋を取り去る、するとこの街にやってきてから香っていたパラの香りと、そこに魚介や香味野菜の香りが混ざった実に食欲をそそる濃厚な香りが湯気とともに立ち上ってくる。

「あぁ、それからこっちのパンはサービスだからいくらでも食べておくれ」

 そう言ってドンとテーブルの上にバケットによく似たパンの入った籠とパン切り用らしきナイフが置かれる。

 トリファ鍋がどんな料理に近いかと言えば、私の知る限りアヒージョに近いと思う。
 ただし、アヒージョはオリーブオイルの黄金色をしているのに対してこのトリファ鍋は真っ赤だ、視覚的にはトマト料理かはたまた激辛料理のように見えるが、香ってくるものからはトマトの酸味もトウガラシの刺激も感じられず、そして実際に味わってもてもそれは変わりない。
 トリファ鍋はパラ油という赤い油を使って塩漬けの魚や貝を適度にうま味が染み出すまで香味野菜と共に煮込んだ料理で、作り方はまさにアヒージョに酷似している。



「それでは、いただくとしようか……」

まずは木製の匙で具材のうま味が染み出した真っ赤なオイルを少々掬い、フーフーと念を入れて息を吹きかけて冷まして一口含む。

「うん、やはりあれかな、作り方は同じでも素材が違うと全然違うんだな」

 手軽でうまいアヒージョは私も家でたまに作ったりするし、行きつけのバルに行けば必ず注文する料理だが、このトリファ鍋は作り方も見た目も色の違いこそあれよく似ているが、似ているからこそ、その違いがよくわかる。

「やっぱりこのパラの油だな、コイツがなかなかに曲者だ」
 具材のうま味が溶け込んだソースのベースになっているパラ油、この油の風味はまったく癖がない、パラ油に合わない調理法や食材はないとさっきの女主人は豪語していたが、たしかにそうだと思えるほどにパラ油は具材の風味を邪魔していない、この癖のなさが曲者なのだ。

「さて、それじゃ今度は……」

続いて匙を二股のフォークに持ち替え、小鍋の中に入った皮つきの小芋に突き刺し、それをそのまま口の中へ。

「ホフ、ホフホフ……、ほほぉ、これはこれは……」

 見た目は小さな芋のようだが、食感はちょっと違う、ホクホクではなくシャキシャキとしている、しかし、だからと言って煮えていないというわけじゃない、食感といい甘さといい芋というよりはニンジンだなコレは、塩漬けの魚介から染み出した塩味の強いオイルにこの甘さが実に良い。

「よし、大体わかったぞ……」

 それからいくつか鍋の中の具材をそれぞれ食したところで、私は普段アヒージョでやっている食べ方をするべく籠の中からバケットを取り出し、それをザクザクとナイフで好みの厚みに切り分け、そのパンで小皿に広げたオイルソースをふき取るようにして掬い適度に崩した塩漬け魚の切り身を乗せてかぶりつく。

「うん!うまい!」

 不味いわけがない、バケットも切り分けていた時からその音で確信していたことだが、外はパリッとしていながら中はシットリとしており、仄かな穀類の香りと甘みが塩気の強いソースと相まって実に良い、そのまま勢いに任せて厚切りのパンをペロリといってしまう。

「いや、しかし困ったぞ……まだ昼間だというのにこんなものを食べてしまったら酒がほしくなるな……」

 私はそんなことを一人つぶやきながらカウンターのほうを見る、そこには陶器やガラス製の容器や、あるいはかなり大きな酒樽が棚や専用の台に固定される形で置かれている。

「料理がうまい店の酒か、たぶん美味しいんだろうなぁ……」

 そんなことを口走った私が女主人にオススメの酒を注文したのはほどなくしてのことだった。


  • 思ってた以上に料理解説が合わせている料理や素材もカバーしていて詳細コンパクトにまとまってて驚いた。読んでいて鍋の匂いを感じるくらいに胃袋が刺激された -- (名無しさん) 2014-09-11 23:26:37
  • 朝に食べたい。値段が手頃なら週一で食べに行きたい -- (名無しさん) 2014-09-20 01:06:34
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

i ス 記
+ タグ編集
  • タグ:
  • i ス 記
最終更新:2014年09月11日 23:23
添付ファイル