「この店がオススメだって訊いてきたんですけけど……?」
そう言いながらその店に足を踏み入れる、パッと見はただの民家の扉にしか見えない入口から中に入ると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻と胃袋を刺激してきた。
「いらっしゃい」
やや薄暗い店内、その奥では店の主人らしき猫人の男性が焼き場らしき場所で火の調子を見ている、しゃがれた声が背中越しに聞こえてくる。
彼のさらに奥には店内に充満する食欲と胃袋を刺激する匂いの元である太い鉄串に貫かれた大きな肉の塊が見え、それがクルクルと横回転しながら炭火の炎に炙られている。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、丁度いい感じに肉が焼けたところだ。適当に座ってくれ」
どうやら丁度良いタイミングで来れたらしい、店に入った時は背中を向けていた主人がこちらへと振り返る。
背丈は私よりやや低いだろうか、丸まった背中と声の調子から察するにそれなりに年を重ねているらしいとわかる猫人の男性、私は彼に促されてお世辞にも広いとは言えない店の中を見回し、三席ほどの広さのカウンター席に腰を下ろす。
「それで?誰に訊いてきたんだ?」
「あ、黒足亭のご主人にです。この前まではそこの息子さんに案内してもらって来ました」
黒足亭とは私が泊まることになった宿の名前、バーバルディア侯女領から足を伸ばして隣のパルファンドゥール女伯爵領の領都エッセスへとやってきた私は、そこを今晩の宿泊先に選び、黒足亭の主人にこのあたりで美味い料理を食べさせてくれる所はないかと尋ねた結果、この店をオススメされて主人の息子さんに案内されてやってきたというわけだ。
「ラケル料理がおいしい料理屋って教えてもらったんですけど」
「料理屋なんて大そうなもんじゃない、うちの本業は肉屋でな、どうしても無駄にしちまうことがあるからこうして肉と内臓を炙り焼きにして、それと酒を出してるだけだからな」
ふむ、店と主人の雰囲気といい、さしずめ日本で言えば肉屋の頑固親父が一人で切り盛りしてる焼き鳥屋みたいなものだろうか?
「うちで今出せるのはこのラケルの炙り焼きだけだな」
そう言って主人は後ろの焼き場でクルクルと勝手に回転している太い鉄串で貫かれて香ばしい香りを立ち上らせる肉の塊を後ろ手で指し示す。一品勝負の店か、なるほど面白い。
「じゃあ、そのラケルの炙り焼きを一皿もらえます?それと何かそれに合う飲み物をください」
ここまで来て席にも着いて「じゃあいいです」なんて言うつもりはない、この店自慢のものを食べてみよう、それから酒もこの際主人におまかせだ。
「それならナッシェリだな。」
「ナッシェリ?」
ふむ、これまた初めて聞く名前の酒だな。
「ここらで飲まれてる酒だよ、ちょうど新酒の時季だが一杯飲んでみるか?ラケルのあぶり焼きともよく合う、なぁに子供でも飲めるような軽いやつさ」
「じゃあ、そのナッシェリをください」
「あいよ」
料理と酒の注文が終わると、店主は手際よく回転する肉の塊の外側を、手慣れた手つきで長い刃渡りのナイフで木の皮を剥ぐように手際よく削いでいく。
「はいよ、ラケルの焼き肉おまち、味はしっかりついてるからそのまま食ってくれ」
ほどなくして私の前に楕円のやや深めの木皿に薄い紅色をした付け合せらしき野菜と共に、かなりのボリュームで盛られたなんともたまらない香を漂わせるラケルの炙り焼きと、ナッシェリと呼ばれるやや白濁した酒の注がれた木の杯が出される。
「あぁ、コイツは代金に入ってから遠慮なく食ってくれ」
忘れていたと店の主人が遅れて程よく切り分けられたパンの盛られた皿を出してくる。
「ちなみに俺のオススメの食い方は、そのパンに付け合せと肉を載せて挟んで食うのな、あんまりお上品じゃねぇがそれが一番美味い」
店主はそう言うとあとは勝手にやってくれとばかりに「また注文があったら呼んでくれ」と言って店の奥へ、少しして奥からドンダンと重い音がかすかに聞こえて来たことから、この奥が彼の本業の肉屋の仕事場なのだろう。
「よし、それじゃいただくとしよう……」
私はそう言って両手を合わせ、まずは木皿にたっぷりと盛られた肉に二又のフォークで肉を突き刺し、そのまままずは一切れ口へと運び入れる。
「うまい!うまいぞこの肉!」
柔らかい、それだけじゃなく程よい噛みごたえもある、そして甘辛い調味液の風味とラケルの獣脂の甘味が混然となって口の中に広がり、思わず私の頬も緩んでしまう。
「これは大当たりだ、よし、それじゃこのナッシェリも一口……」
日本でも通用すると断言できる美味い肉、その思わぬご馳走に巡り合えたことに上機嫌になりながら木製のグラスに注がれたやや白濁した地酒を一口含む。
「ふむ、なるほどな」
こちらはやや酸味のあるドブロクと言った感じだろうか、スッキリとした飲み口が甘辛いララケルを食べる合間に飲むと味覚のリフレッシュになる感じだ。
「ふむふむ、ではこの付け合せはっと……」
続いて肉の山の横に盛られた付け合せに手を伸ばす、微かに香る発酵臭からザワークラウトのようなものではないかと予想するがはたしてどうだろう……?
「あ、やっぱりそうか、うんうん、なかなかいいじゃないか」
予想は的中、ややおとなしめのザワークラウトと言った感じ、これも肉を食べる合間の味覚のリフレッシュにはもってこいだ。
付け合せとラケルの肉が半分ほどになるまではナッシェリを飲みつつ思いがけない旅先でのご馳走を楽しんでいると、店の主人が再び店の奥から姿を現し、焼き場に鉄串に貫かれた肉の塊が一つ追加される。
「どうだい?」
「えぇ、お世辞抜きに美味いです」
「そうか、まぁ物足りなかったら呼んでくれ。あぁ、今なら新鮮なラケルのモツも出してやれるぞ?」
その言葉に思わず自然と生唾を飲み込む。
「じゃあ、ご主人が美味いと思う部分をいくつかお任せでお願いしてもいいです?」
「よし、わかった」
店主はそう言って再び店の奥へと消え、私はいったいどんな物が出てくるだろうか、この肉なら他も十分期待できるだろうなどと考えながら、ナッシェリの入った杯を傾けるのだった。
- シンプルな分どんどん食べて手が止まらなさそうな組み合わせ。店頭販売やテイクアウトにも向いてそうと思った -- (名無しさん) 2014-09-17 00:03:00
- 美味そう!やっぱ火を使うのが主流なんかな -- (名無しさん) 2014-09-21 09:14:44
- 夜食テロだった…一頭丸々使い切る食べるってたまらんなー -- (名無しさん) 2015-04-23 23:07:32
最終更新:2014年09月17日 00:00