私がこの地に来て最初に持った感想は「ここは神に見放された場所」と言うものだった。
神の影響力が及ばない大地は精霊達の気紛れで千変万化流動し一時として同じ所がない。これではとても人の暮らせる環境ではない。
だが暫く歩いているとその認識も誤りだった事に気付かされる。
ここには人も動物も暮らしていた。生き物は意外と強いもので、こんな環境下でも適応し生存できてしまう物なのだと判った。
だが流石にそれが限界。神ならざる者達にこの環境はやはり酷過ぎるようだ。文明のような物が全く育っていない。
私が最初に出会った翼人(地球人のような外見で背中に鳥の羽根を生やした種族をこう呼ぶ事にした)は人語を解し人間並みの高い知性を見せたものの、町も村も持たず各々がバラバラに暮らしているだけだと言っていた。
人間は社会性動物と言われているが、さながら彼等は非社会性動物と言った所か。
だが詳しく聞いていると彼らも全くの無文明と言う訳ではないらしく、かつて遥か太古の昔、この地にまだ神が居て異世界が今のような姿になる前には彼等にも文明があったそうだ。
やがて神が居なくなり、彼らともう一つの種族は統率者を失い互いに合い争うようになった。
その結果文明を失い、また文明を捨てる事でお互いに折り合いをつける事が出来るようになったと言うのである。
翼人達には掟――と言うより戒律のような物が存在し、彼等はそれに従って生活しているようだ。
それは居なくなった神が彼らに教えた事だったと言う。
一方、もう一つの種族は神の戒律を捨て自分達で決めた掟に従って生きているらしい。
私はもう一方の種族についても詳しく聞こうと思ったが、彼はそれ以上の事を教えてはくれなかった。
それより私が驚いたのは、私が最後何気なく質問して事に答えた彼の回答だった。
「君は誰に昔の事を教わったんだい?」
「何を言っているのですか。昔の事など自分が知っていなければ知る良しもないでしょう」
「? つまりどうやって知ったと?」
「実際に見て聞いて生きてきたのだから知っていて当たり前ではないですか」
私は驚愕した。もし今の言葉を信じるなら彼等は太古の昔から老いる事もなく生き続けて来た事になる。
一体彼は今何歳なのだろう。数千歳?数万歳?そんな長寿の生き物が存在し得るのだろうか。
私がその質問を彼にぶつけようとした時、彼は私との会話に飽きたのか姿を消してしまった。
空へと舞い上がり太陽の光に目が眩んだと思った瞬間、彼の姿は消えていたのだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。私は諦めて再び荒野を再び歩き出した。
夜になり私は丘の上の木の根元にテントを張った。
焚火を焚いたのは暖を取り食料を調理する為だけではない。寝ている間獣を寄せ付けない為だ。と言っても異世界の、しかも未踏破地帯の動物にも火を恐がる習性がある保障などなかったが。
それでも無いよりは良いだろうと思い私は火を使ったのだ。だがそれが後であのようなモノを呼び寄せてしまう事になるとは、この時まだ知る由もなかったのである。
私がテントで寝ていると、ある時ふと何かを感じて目が覚めてしまった。薄目を開けてテントの中から火の方を見るとまだ点いている。
安心して目を上に戻した時、私はその光景に思わず叫び声を上げて飛び起きてしまった。
「うわああああぁぁぁっぁあ! な、何だお前っ!?」
「……」
テントの入り口を半分ほど開けて、人のような者がテント内に入ろうとしていたのだ。
「そこで何をしている!? 出て行け! ほら出ていけ!!」
「……」
私はすぐさま枕元に忍ばせてあったナイフを取り出しその相手へと向ける。だが相手は顔色一つ変えずその場でただじっとこちらの様子を窺っているだけだ。
「出て行けと言ったのが聞こえないのか!」
私は得体の知れない恐怖と眠りを妨げられた怒りでつい乱暴に相手を突き飛ばした。すると相手は驚くほどあっさりと簡単に倒れてしまったのである。
「許して……何でも……する……から」
そこで初めて相手が口を開いた。その声を聞いて私は始めて相手が女だった事に気がついた。
「食べ物が……欲しい……の。何でも……するから……」
尻餅をついた体勢のままの女はワンピースのような服を着ており、スカートの裾をはだけさせ健康的な太ももを見せている。
焚火に照らされその肌が妙に艶かしく感じられて、私は女が簡単に倒せた事もあってすっかり油断しきっていたのだろう。モジモジと誘うような動きをする女に私は近づいていった。
「何でもするのか? 例えばこんな事でも……」
「あっ、……」
私は女の太ももに手を這わせた。
女は私の行動にピクリと反応し身を震わせていたが拒絶の意思は示さない。私がそれをOKと捉え一段と奥へと手を進めると……。
ガブリ
「ぎゃあああああ! 手が! 手がぁぁぁあ!?」
その途端手に走った強烈な痛み。手を噛まれた感覚とその傷口に何か劇薬をかけられた様な感覚がほぼ同時に襲ってきて、私は反射的に手を抜こうと試みた。だが。
「痛たたたたたたっ!! 痛ぇ! 抜けないーーーー!!」
手に刺さった牙が返しのようになっており用意には抜けないのだ。動かせば動かすほど傷口が広がってゆくのだ。
そして俺が顔を上げるとそこには信じられない光景が広がっていた。
スカートと思っていたものが広がり触手のように蠢いている。中心には足の生えた器官がありがあり、その真ん中に丸く牙だらけの口が開いており私の手はそこに食われていたのだ。
「キシャーーーーーーーー!!」
足の上には黄色い瞳に横長の瞳孔が特徴的な二つの目がある。そう、この生物はタコだったのだ。人に擬態する地上性のタコなのだ。私はタコの化け物に食べられそうになっているのだ。
「止めろこの化け物ーーーっ!! うわあーーーーー!」
手だけではない。腕、いや上半身を覆おうとするスカートのような足に私は生命の危機を感じ、持っていたナイフで無我夢中で切りつけた。
「キュァーーーーーーー!?」
やがてタコの化け物は奇声を発しながら逃げていった。気がついてみるとテントの中は化け物の白い血でべチャべチャになっていた。私は助かったのだ。
「何だ今の化け物は……まるで神に見放された生物だ……」
私は化け物の牙と消化液で傷付きただれた手を水で洗いながら、改めてこの未踏破地帯が普通の人間が住める場所でない事を実感したのだった。
- タコの誘う言葉が本物なのか男の幻聴なのかが気になった。実は高度な知能を持つタコ? -- (名無しさん) 2014-10-11 22:56:02
- 噛まれたところの描写からよく生存できたと思った -- (名無しさん) 2014-10-14 23:37:00
- 旅人が人間だったから人間女性のトラップだったのかこれが他の種族だとどうなるのか興味がわく生物だ -- (名無しさん) 2014-10-18 03:59:56
- 分かっておったのにのぅ!「こんなところにこんな美女がいるわきゃねぇ」と -- (名無しさん) 2014-10-24 03:03:46
最終更新:2014年10月11日 13:46