【クナイくんは忍び(?)である】

もう12月なのに転校生が来るという。
しかも異世界の、マセバからだとクラスの皆は面白がって噂をしている。
そろそろ期末試験もあるのに、ヒマなのね…。
加えて私は個人的な理由で参考書とにらめっこしてるから正直どうだっていいんだけど…この喧騒はやりづらい。

「はいお前らー席つけー」
チャイムと共に前扉から担任が入ってきた。
嘉永文久(よしなが・ふみひさ)先生、通称「ゲンコツセンセー」だ。
担当は日本史で片腕が動甲冑で……ってそんな話はどうでもいいや。
廃材置き場に住み着いてる野良犬にでも食わせておこう。
「知っての通り、今日からこのクラスに仲間が増える。入ってきなさい」
言って扉に目をやるが誰も現れない。
代わりにとまどうゲンコツセンセーの頭上、天井のパネルの一枚が外れ、埃煙と共に何かが降ってきた。
その何かは着地するや否や大声でこう名乗った。
「皆の衆、お初にお目にかかり候!某は認識の字(あざな)をC-B971号、人呼んで忍クナイと申す者なり!以後お見知りおきを願うで御座る!」
蜂人特有の黄色と黒のストライプに忍装束、何より目を引く赤くて長いマフラーと目深に巻いた手拭い。
クラスメートは唖然とし、ゲンコツセンセーはひっくりかえっていた。
これが日本人と門の向こうの人が交わる十津那でもとりわけ色物な彼との邂逅だった。

「あ、あ、なんだ。いいか、971君は……」
平静を取り戻して、ついでに言うとズレた眼鏡をかけ直してゲンコツセンセが転校生の紹介を始めた。
曰く、今年の四月に転入してくる予定だったが道に迷っているうちにこんな時期になってしまったことだとか
彼の捜索に門自が動いただとか、先月の地震で福島あたりの集落を見回っていた地域の方が偶然見つけただとか、そんな感じだった…と思う。
思うというのも私もゲンコツセンセ同様、平静になるために参考書に意識を強く向けていたから、ほぼ聞き流していたためだ。
「じゃあ971君の席は……瀬能の隣、窓の方で」
「承知!…ちなみに瀬能殿とは?」
「お前の前の席の生徒だよ。瀬能鞘香(せのう・さやか)、資格マニアだ」
……はい?

…参考書のせいで隙を突かれた。
まさかあの変人、私の近くに来るなんて……。

それからと言うもの彼は私に質問責めをしてきた。
「シカクとは刺客のことでごさろうか?」とか、「その多くの兵法書は如何なる術が示されておるのですか?」とか
「なにゆえ級友の方々と距離を取っておいでなのですか?」とか「良ければ昼餉を共にと思うておりまするが……」とか…

って最後のは何?!単なる…デ、デ、デデデ…デートの誘いなのか!?
落ち着け私。
冷静になれ私。
すれ違い様に「良き薫りで御座候、瀬能殿は香道の心得もあるとは感服次第なり!」とか言われても…
蜂人の中にはフェロモンで相手を認識…………しているとかいないとか………
私以外のクラスメートは第一印象から彼を避けている者が多いけど…
彼は、クナイくんは私を私として認識してくれてると言っても過言じゃないのかもしれない……
あ、いや、言い過ぎた。

………ちょっと試してみよう。

「あのね、クナイくん。ちょっとお願いがあるんだけど」
いつものように放課後、図書室で自習している私につきまとってきた彼に切り出してみた。
「私ね、次の週末に大事な試験があるの」
手元にあったマセバ語管理プログラム翻訳検定準二級の教本を差し出す。
この試験の難易度はかなり高い。
「あの…貴方……蟲人でしょ?」
どれだけ頑張っても今の私では合格は厳しいだろう。
「だから…」
私を合格に導いてほしい、可能なら陰から力を貸してほしい。
そう言おうと唾を飲み込んだ時だった。
「ならぬことはならぬのです」
「……へ?」
いつものテンションの高いクナイくんとは違う低い声音に私は一瞬面食らった。
「什の掟に御座る。四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ。拙者が修練を重ねた地…会津に古くより伝わると我が師より教わりました」
「それって…」
「故にお力添えは出来ず……申し訳ない!」
彼はやたら時代がかった作法で私に向かって座り直すと頭を下げ去っていった。

私は何を期待していたのだろう。

相手は高々出会って数日の異世界人だ。

そもそも私は彼に何をさせようとしていた?

真っ直ぐな彼がカンニングに協力するとでも思っていたのか?

とたんに情けなくなって、涙が溢れてきた。






だが、どれだけ泣いても、悔やんでも、試験の日はやってくるのだ。



……やれるだけの事はした。
泣き腫らした後の残る顔で試験会場を出ようとした。



人だかりがあった。

会場の入り口前の階段下に受験者や通行人が集まっている。

人の渦の中央には黄・黒・赤のストライプの、見慣れた姿の蜂人が正座し、試験会場の建物に頭を深々と下げていた。
クナイくんだ。
思わず息が漏れた。
その小さな吐息に反応して彼は顔を上げる。
そして目が合った。
「瀬能殿!」
「…何してんのよ……」
声をかけてしまった、いや、声が出てしまった。
「健闘を祈願し、拝しておりました!」
「何でそんなことを!」
「悩み苦しむ者を放っておいておけましょうか!」
「だったら…!」
次の言葉が出て来なかった。私の中に色々な感情が渦巻いていた。
「……どうせ、周りみたいに、私を変なやつと、思って、るんでしょう…?」
「…虚言を言う事はなりませぬ」
「何よ、それ…」
「什の掟の三に候。拙者も、瀬能殿も、なりませぬ」
あんなに真摯に見つめられたのは生まれて初めてだった。
こらえきれずまた溢れだした涙はどことなく暖かく感じた。


それから私たちは場所を移して色々な話をした。
私が小学生の時、英検準二級に合格して家族がよろこんでくれた事。
その期待にもっと答えたかったのが始まりだったこと。
いつしか周りの喜びより、合格して資格を得ることが目的となってしまったこと。
クナイくんが極度の方向音痴であること。
そのせいで遙か東北にまで迷い込んでしまったこと。
彼を助けた人物はヤマサキという名で、クナイくんは師匠と呼んでいて、その人が忍法と什の掟を授けたこと。


半月後。
合否発表の日が来た。
山之上校の大図書館前の掲示板には布がかけられている。
あの向こうに……と思うと動悸の激しさが増してくる。
「きききききっと瀬能殿ならだだだだだだっ、大丈夫に候」
「……そんなに焦られても困るじゃない」
「焦ってなどおりませぬ!ただ緊張はしておりまする!」
「感染するから、お願いだから落ち着いて」
とは言ったけど私も元々緊張している。
自分を宥め、クナイくんをたしなめているうちに幕が解かれた。


「表紙なんスけど、これとかどうスか?」
三宮のとある出版社。
『一発大逆転!ゼロから始めるマセバ語管理プログラム翻訳検定指南書』の出版に向けて会議が行われていた。
一人の年若い編集者が同席者に示した一枚の写真。

そこには喜ぶクナイと嬉し涙を流しながら彼に飛びつこうとした鞘香の、正にその瞬間が収められていた。





余談の壱
「そう言えば天井から出てきたのは何でなの?」
「迷っておりました!」
「…ああ、なるほど」
「ちなみに屋根裏より敵を奇襲する会津忍法・天井下りを使用し、何とか脱出できた次第に御座る!……(以下、会津忍法蘊蓄が続くが時間の都合により省略)

余談の弐
「ぱそこんで何を調べておるのですか」
「いつもアンタが口にしてる什の掟なんだけど」
「そのような事、からくりエレキテルの箱に聞かずとも拙者に尋ねていただければ…」
「そうじゃなくて」

『七、戸外で婦人と言葉を交えてはなり ませぬ』

「私、婦人じゃないの?」
「婦人とは何で御座ろう?」
「……そこからか」

お題
  • すれ違い
  • 資格試験
  • 一発大逆転


  • すっきりまとまっていて読後感も爽やか。これまでの交流の生んだ関係とこれから積み上げていくのだろう関係が見えた -- (名無しさん) 2014-12-01 03:15:11
  • 迷子になったが忍びながらあちこち歩き回ってたのが想像できる。蟲人は素直というか感化されやすい種族なんだろうな -- (名無しさん) 2014-12-06 06:22:35
  • 蟲人って影響されやすい一面あるけど真面目なのはかわんないんだよね -- (名無しさん) 2015-05-19 23:53:19
  • 蟲人って順応力が高すぎて逆に影響を受けやすすぎるとかあるんかね -- (名無しさん) 2016-12-23 22:25:20
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最終更新:2014年12月01日 03:07