ソレに音は届かない。
たが命が壊れる時だけ、ソレの静寂にザッとした雑音が届く。
なんともそれが美しくて堪らない。
ソレは光を寄せ付けない。
だが命が壊れる時だけ、ソレの暗闇にパッした虫が飛ぶような光が舞う。
なんともそれが暖かくて堪らない。
ただのノイズに過ぎない音と光。
そしてソレには何より個がない。
だが自らにへばりつく幾つも多が壊れた時だけ、ソレの個がフッと浮かび上がる。
それがソレに取って全ての世界だった。
自傷行為で自分の多を壊し、それが掻き鳴らすノイズに満足していたソレの意識はやがて外へと向かう。
手近の何かを壊す。
ザッとノイズが耳を突く。
前の何かに這いよって壊す。
パッと小さなノイズが目の前を横切る。
多くの人が住まう街を握り潰す。
フッと世界に自分だけしかいない感覚を覚える。
それを何度も繰り返し、少しだけソレははっきりとした自我を獲得し始めた。
初めてそこで他の存在を知覚し始めた。しかし、未だノイズだけだ。
「ほう、俺様好みの世界と思ったら先客がいたかい?」
ソレの前にうず高く積もった瓦礫が喋り始めた。
壊れているモノは壊せない。ソレは壊したくて壊したくて仕方なかった。
破壊されたモノを破壊したら、どんな音が鳴るのだろう。どんな光が見えるのだろう。そして自らはいったいどんな個になれるのだろう。
「なんだい。俺様好みのいい男と思ったらまだ会話どころか自我すら曖昧か。しかし惚れ惚れするほどぐちゃぐちゃだ。重畳重畳」
瓦礫はヤケに人間味があった。ソレはそんな事に気がつきもしないが、今まで壊してきたモノたちとそっくりな概念の癖に、姿は似ても似つかぬ。いや、まったく不自然な事に壊れた身体に収まって、まともな精神を保っていた。
壊したい。その音を、その光を!
壊せぬモノが無くなれば、ソレは初めてソレで無くなるのではないか!
ソレはソレで無くなる時。初めて自分の未来を思い描いた。
「俺とお前は兄弟みたいだな……。いや、せいぜいイトコか? そうイヤな面をなさんな。俺様はお前の事を愛してるぜ。そうだ。名前をやろう」
名前?
「そうだ。自分の名前は壊せないぜ。名前を貰うかい? イリがイリとかイリはイリだとか面倒だろ?」
ソレは悩んだ。名前を貰えばソレというモノではなくなる。
だが、それを望んでいたのにいざとなると震えて何もできない。
瓦礫の主にはなんと見えるか。傍若無人を繰り返したソレが、逡巡する姿はなんとも滑稽であった。
しかし、瓦礫の主は優しい。
ソレの怯えを感じ取った
「じゃあ名前はおあずけだ。代わりにお前の戯称をふれて廻るぜ。そうだな……雑音の王様ってところだな。本当の名前はおいおい誰からか奪えばいいさ」
瓦礫はそこまで言って笑った。
「悪い悪い。壊せないモノがお前の中にあったらお前さんは狂ってしまうだろうな」
優しい瓦礫にアイデアが浮かぶ。
「雑音の王様。せいぜい、ノイズを喰らってのた打ち回れ。なんとも俺様には素晴らしい世界が出来上がりそうだぜ。ぜーんぶぶっ壊したら、その後俺様が瓦礫を美味しく頂きました」
壊れた言葉を最後に残し、瓦礫の山は崩れ去った。
もう何も話さない。動かない。
ソレは少し残念そうだった。
初めて雑音以外の音が聞こえたのに、十分に心に触れる存在があったのに。
もっと瓦礫が増えれば、瓦礫の主がまた来てくれるのだろうか?
乙女が王子様を夢見るようなバカらしい発想。
ノイズを集めるのが楽しくなったソレは止まらない。
ソレは壊れているモノを以外なら何でも壊す。
ちょっとの音と光のために。
- 純粋な破壊欲だけの塊と確固たる意識を持つ瓦礫との邂逅はお互いの成り立ちの違いもあってか不思議な感じがしました。その出会いが塊にどんな変化を与えたのかという先が気になりますね -- (名無しさん) 2013-04-24 18:23:37
- 善悪の観念を超えた本能と純粋な欲が強大な力を持つとどうなるか?世界の崩壊が真っ先に浮かんだが自身が存在する世界を壊してはどうしようもない。優しい何かが現れて変化を促したのも必然のよう -- (名無しさん) 2017-01-17 19:24:38
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最終更新:2012年04月29日 00:32