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【パイレーツ オブ ドニードニー】

 どこまでも続く空の蒼と有給を湛え揺蕩う海の藍、二つの蒼/藍の交わる水平線の真っただ中を水面に漂う木の葉のように一隻の帆船がぷーかりぷかり。
本日も波は穏やか風も無し。酒樽酒瓶が雑多に転がる甲板に寝そべって、燦々と降り注ぐ太陽の光を一身に浴びて日光浴としゃれ込む男達。
ふと、その中の一人がその屈強な体躯に似つかわしくないか細い声でこう呟いた。
 「み、水……」

 Q.遭難ですか?
 A.そうなんです。




―パイレーツ オブ ドニードニー―




 その日、私はとある港町の波止場で途方に暮れていた。
 「んーむ、困ったなー…」
 理由は単純にして明快で記事の取材に夢中になるあまり予定してた定期船に乗り損ねたのだ。
ここがもし地球なら、そして普段なら次の定期船の到着を待ってそれに乗り込めばよいのだが、今回はそう悠長にはいけない事情がある。
まず今回私が乗り損ねた定期便が多くて月に1つか2つという本数の少ない特別な便であったこと。
次にお金の問題。現在のさびしい懐事情では次の便を待ってこの町に逗留するほどの余裕はなく、かと言って飛竜便(飛行機あるいは高級なタクシーと思ってくれればいい)を使うにはこれまたお足が全く足りてない。
そして最後に、これが特に切実かつ深刻な問題なのだが、近いのだ。締切が。原稿の。
 読者の皆様は冒険者といえば自由気ままな職業というイメージがあるかもしれないが、現実の冒険者稼業はそう甘いものではない。
路銀の調達に始まり日々の食糧や安心して休める寝床の確保、もしもの時の自衛手段。有り余る自由と引き換えに課せられた自己責任とゆー名の重荷は、社会という枠組みに守られた一般職の非ではない。特に私のような雇われ冒険者なら猶更のことである。
 そんな感じで、我が冒険者人生最大のピンチを前に頭を抱えてあーだのうーだの唸っていると、
 「おーい、そこの旅の人―!困ってんなら相談乗るぜー?」
 私の背中にはちきれんばかりの元気を乗せた声が投げつけられた。
振り向けば私のいる場所から少し後方に今しがた到着したばかりであろう巨大な帆船とその上で手を振る人々の姿。まさしく渡りに船である。
こうして私は海賊船サーペンテイル号に乗り込み、彼らの旅路に同道することとなったのだった。

 海賊、と書くと聞こえが悪いかもしれないが要は海の自警団である。外洋を行く商船の護衛や通商ルートを阻む魔物の排除、新しい航路の探索などが彼らの主な商いだ。
まぁ依頼人が契約を反故にして約束した報酬を払わなかったり仁義を通さぬ外道のやからであったのなら、その名の通り力づくで積み荷を強奪して問答無用で簀巻きにして海に放り込む、文字通りの海賊行為に勤しむのだけれど。
 海賊団サーペンテイルと海賊船サーペンテイル号。かつて一味を立ち上げた先代首領が誰もが恐れる海の怪物海竜シーサーペントと一騎討ちを演じ、死闘の果てに打倒してその身を焼いて食ったというなんとも豪快な逸話を持つ海賊団。
 その一味である彼らもその逸話に違わぬ豪放で気のいい人々だった。
彼らは遠い異界からの客人である私のために大切な食料を切り崩してささやかながら宴を開いてくれた。
心のこもった料理を肴に彼らのこれまでの航海を、盃をあおりながら大げさな尾ひれ背びれの付いた愉快な冒険譚を語ってくれた。
食べて飲んで食べて飲んで酔っ払って肩を組んで豪快な舟歌を合唱した。楽しい。実に楽しいひと時だった。
 そして、食糧が、尽きた。
今からおよそ1週間ほど前のことである。

 コンコン、と控えめなノック音が私の意識を現実へと引き戻す。
力なく開かれたぼやけた視界が徐々に明瞭さを取り戻し、ここしばらくですっかり見慣れた船室の天井を映し出す。
 「どうぞ。鍵は開いてますよ」
 そう応えるとわずかに船室のドアが開かれ、その隙間からひょっこりと訪問者が顔をのぞかせた。
日焼けと呼ぶにはあまりにも赤すぎる赤銅色の肌、夏雲を思わせる真っ白なバンダナから零れ落ちる麦わら色の髪とその髪をかき分け額からにょきりと伸びた2本角。常ならば活力に満ちてキラキラと輝く青藍色の瞳を僅かに曇らせて。
瑞々しい若木を思わせるほっそりした肢体と微かに膨らんだ胸元が、この訪問者が少女であることを告げていた。
 オーガ(鬼族)。この異界の7つの海を支配する海洋国家にして海賊国家ドニードニー、その盟主たる一族だ。
 「ん。オヤジ達さ、やっと元気になったよ。旅人さんがくれた水のお蔭だ」
 「そうですか。よかったですねお嬢」
 久しぶりの良いニュースである。私が嬉し気に答えると目の前のお嬢と呼ばれたオーガの少女も、
 「ん。まぁね」
 少しだけ、はにかんだ様に笑い返した。ちなみに私がお嬢と呼んだ事からわかるように、彼女はこの海賊団の船長つまりは2代目サーペンテイル首領の一人娘である。
 「それにしても全くウチのバカオヤジは!旅人さんにまでこーんなに迷惑かけて!全く天下のドニードニーの海の漢が恥ずかしいッたらありゃしないよ!」
 安心したのもつかの間、今度は正に火を噴かんばかりの剣幕でまくしたてる少女に私も苦笑いが毀れる。
さて、ここでこれまでに何があったのか読者の皆様にもかいつまんで説明しておこう。
 まず、先ほども述べたとおり食糧が尽きた。だが百戦錬磨の海の漢たちは慌てなかった。
 「あー水が無ぇ?おいおい水なら俺っちらの周りにあるじゃねぇか!たっぷりとよォう!」
 「でもよーかしらー、海の水ってのは塩っ辛いですぜ?」
 「バッカおめぇ、水が塩っ辛いなら砂糖で甘くしちまえばいいんだよ!」
 「ヒューッ!さすがお頭だァ!俺らと違って学がおありだぜー!」
 「よーしテメェラ!砂糖壺は持ったな?OKOK!ンじゃ行くぞ!ヒャッハ―水だー!」
 「「「ヒャッハ―!」」」
 結果は語るまでもないだろう。重篤な脱水症状に陥ったお頭を含めたバカ数名は現在船底にスっ転がされて喉の渇きにあえいでいる。
私も彼らを助けるためにとっておいた最後の水を使ってしまった。全く持って頭が痛い。
事の些末を思い出して苦い顔で頭を押さえていると、
 「やっぱ怒ってるよな……」
部屋の出口に背を預けて顔を俯かせたまま少女が小さな声で呟いた。
 「お嬢?」
 「だってさ、波止場で出会ったあん時にウチが声かけなきゃさ、旅人さんもこんな危険な目に会うこともなかったんだし……。ごめんな。せっかくウチらの良いところいっぱい知ってもらおうと頑張ったのに、こんなことになっちゃってさ……」
 言い終わらぬうちから悔しさと恥ずかしさからか少女の声は段々と滲んでいった。
どうやら私の様子を見て私が立腹しているものと勘違いしたようだ。謝罪の気持ちはありがたい、がそれは大きな見当違いである。
こちとら危険は百も承知だ。それでも冒険者というこの職業を選び門を超えて飛び込んで来たのは、その危険と天秤にかけて有り余るほどにこの世界がこの世界に生きる人々が、この世界を形作り彩る息づくもの全てが魅力あふれる素晴らしいものだったからである。その旅路の果てに路傍に屍をさらすことになろうが、後悔なんてしてやるものか。
それにしても「鬼の目にも涙」と言うがこの程度のことで泣くなんて、鬼の癖になんて可愛らしい人なのだろう。
とは言え、さすがにこのままみんなで仲良く地球人とオーガの干乾しになるのは御免こうむる。
私は最後の手段をとるべく荷物を纏め甲板に向かうことにした。部屋を出る間際に未だ沈んでる少女の頭に優しく手を乗せる。ビクリ、と少女の体が震える。
私はそのまま癖のある彼女の髪をバンダナごとくしゃくしゃと撫で回す。
 「ンにゃッ!?」
 そうして、未だ真っ赤になって目を白黒させる少女を尻目に甲板へと向かった。

 甲板に出た私は力なく寝そべる船員たちやそこかしこにちらかる食器やその他の間に適当なスペースを確保してさっそく作業に取り掛かった。
まず取り出したのは荷物袋の中に常備しているポケットティッシュ。それを数枚取り出し丸めて適当なサイズの団子を作る。
次にさらにティッシュをもう1枚取り出すとそれで先ほどの団子を包み、包み口をこれまた常備している繕い用の糸で縛った。
最後に仕上げにペンで団子の頭に顔を書けば……、そうてるてる坊主の完成である。
 「なぁ……、あの地球人の大将は何やってんだ?」
 「わっかんね。呪いかなんか始めるのかや?」
 興味をひかれたのか黙々と作業してる私の周りにはいつの間にかオーガの人だかりができていた。
ちょうどいいので彼らにも制作をお願いすることにする。私のティッシュだけでは足りないので材料は適当な端切れで。
メインマストの帆を切ろうとした一人が他の仲間に遠くで殴られていた。
 しばらくして十分なてるてる坊主が集まったので作戦は第二段階へと進行。私は皆に作ってもらったてるてる坊主を船の至る所に吊るし始める。
ただし、通常とは逆。頭を逆さまにして、だ。
そんな私の奇態を遠巻きに眺めていた一団の中で誰かが叫んだ。
 「お、オラァ聞いたことあるだァ!チキュー人はカガクつー魔法使って鉄の船を海に浮かべたり鉄の鳥で空を飛ぶって!」
 「おいおい、じゃああの人形は…俺たちか!?俺たち皆魔法の生贄にされて吊るされて縛り首になるんか!」
「う、嘘だよな!?ウチの知ってる旅人さんはそんなことする鬼じゃないよな!?なァそうだよな!?」
 酷い誤解だ。そもそも鬼はそちらの方だろうに。と、
 「ウォォォォー!大将早まらんでくれー!」
 大きな音を立てて勢いよく船室へと続く扉が開き、中から周りのオーガたちより一回り大きい髭もじゃの大鬼が転がり出てきた。件のこの船の船長である。
 「大将のお怒りはもっともだ!だが子分たちや俺ッちの可愛い娘にゃ何の罪もねぇ!どうか!どうか!この老いぼれのタマ一つで事を収めちゃくんねぇか!」
 「「「ウォォオォオー!お頭(オヤジ)―!」」」
 想像していただきたい。身の丈2mは余裕で超えるムキムキマッチョの男たちが抱き合い滝のような涙を流して泣き叫ぶ光景を。人、それを地獄絵図と呼ぶ。
 「あーもう!静かにしてください!誰も生贄にしないし誰も死なせません!てかドン引きされて集まってくれなかったらどうすんですか!」
 全くホント鬼のくせしてなんて可愛らしい人たちだ。やがて作業の手を休めることなくそう考えていた私の耳にざわりと、
 (ねェなニシてㇽの?ネぇネェ?)
 人ならざる者の笹鳴くような声が響いた。来た。精霊である。
それはこの世界を形作る最も小さき者たち。意志を持つ法則、現象生命体とも呼べる存在だ。
 「てるてる坊主ですよ。てるてるぼーずーてるぼーずー♪」
 (あHAハ!へンなウタ!オも白ーイ!)
 いささか調子っ外れな私の歌声に目の前に集まった精霊たちから笑いがこぼれる。
通常の視覚では捉えられぬ神秘的なその姿、私の心の目に映るそれはこの海と同じ深いブルーの空飛ぶクラゲに似ていた。
かつて11の扉が開かれ2つの世界の交流が始まった時、この異世界の神々は来る新たなる客人に、爪も牙も持たぬか弱き地球の人々に一つの贈り物を授けた。
それは精霊との高い交信能力。彼の小さき者たちと言葉を交わし心を通わしその力を借りる術を。
 「っとこれで完成っと」
 私は吊るし終わったてるてる坊主にシュッと一吹き。ポケットから取り出した虫除けスプレーを振りかける。ふわりと微かにツンとくる清涼な香りが周囲を包み込む。
 さぁここからが本番だ。
 (ワぁEかオリ!すてキスてき!)
(ほんとうダ!スてきナカおりだネ!)
 笹鳴きだった声は今やごうごうとした風の音になっていた。
私は今度は集まってくれた彼らに向かってスプレーを振りかける。その途端、それまで重々しいまでの紺碧色だった彼らの体は一瞬で軽やかなエメラルドグリーンと鮮やかなオレンジ色に染め上がった。
 (イイな!eナ!つギハぼく!)
 (ダメダメ!こンどはワタシ!)
 (じゅんばン!ジュんバんー!)
 「か、頭ぁさっきまでそよ風ひとつ吹かない凪だったのに今はやけに風が騒いでねぇですかい?」
 「大将だ!大将が魔法を使ってやがるんだ!オメーら!大将の邪魔にならねーよう大人しくしとけ!」
 (キレい!かわいイ!イイにおい!こンなのはじメテ!)
 「だってこれ地球の道具ですし。こんな素敵なドレスを着てる人はこの世界にはいませんよ。どうです?空の上のお友達に見せびらかしてきては?」
 嬉しそうにクルクルと躍る精霊たちに私がそう囁く。と、
 「きゃぁッ!?」「うぉッ!?」
 豪ッ!と船を揺るがすほどの突風が巻き起こり辺り一帯に暗雲が立ち込めた。
さてここで科学の時間だ。地表の熱で温められた空気は上昇気流となって空へと昇る。上った空気は気温の低い上空で冷やされ凝固し液体となり、重力に従って地表へと戻る。つまり、
 「あ、雨だ―!」
 「い、容れ物持って来い!鍋でもバケツでもかまわねぇ!とにかくありったけ持って来い!」
「お、オイらたち助かるんだ―!バンザーイ!」
活発化した精霊の活動によってもたらされた滝のような大粒のスコールが、勢いよく甲板に降り注いだ。
誰もが待ち望んだ天からの恵みに誰もが子供のように大喜びして手を取ってはしゃぐ。びしょびしょになりながら笑顔を浮かべる最中で、私は再び精霊を鼓舞する。
 「さぁてまだまだスプレーは山ほどありますよ!今度は陸の皆に見せびらかしに行こうじゃないか!」
 (さんセー!サンせー!)
 (キレいにナッたみンナでビックリさせてヤろー!)
 *1
 「か、風だ!オラァ極潰しども!マストを張れ!働かネェ奴は海に蹴落とすぞ!」
 「「「イエッサー!!!」」」
 慌ただしい熱気に包まれながら帆に風を孕み海賊船サーペンテイル号が勢いよく走りだす。
 「アハハハハハッ!旅人さん!アンタってばサイコーだ!ウチらのヒーローだよ!」
 「うわッ!?お嬢ちょっ危なッ倒れる!ンギュッ!?」
 ドニードニーの海と同じ限りなく澄んで青く輝く瞳をキラキラと煌めかせて、ドニードニーを照らす太陽のような明るい満面の微笑みを浮かべて、子鬼の少女は力いっぱい目の前の素敵な旅人に抱き着いた。

 後日、やたらと爽やかな香りを放つオーガの一団がとある港町に現れ、ちょっとした騒ぎになったことをここに記しておく。



  • 雇われ冒険者言いえて妙。行き当たりばったりな海賊を救った非科学と科学の合わせ技はお見事! -- (名無しさん) 2015-01-02 19:21:15
  • 異種族にはない発想って人間の強みだな。フローラルのオーガ笑った。お嬢かわかわ -- (名無しさん) 2015-01-03 20:43:24
  • 窮地だと思わせない陽気な海賊が楽しい。精霊が地球では魔法と思われるように科学の知識は異世界では魔法と思われそう -- (名無しさん) 2015-01-05 22:00:05
  • 砂糖を加えて海水を飲むところでひょっこりひょうたん島のドン・ガバチョを思い出す俺は間違いなくオッサン。衛星アニメ劇場とかでよく見てたなぁ・・・ -- (名無しさん) 2015-01-05 22:54:01
  • 異世界にも異世界ならではのゲン担ぎとかおまじないみたいなのはありそう -- (名無しさん) 2015-11-06 22:52:54
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最終更新:2015年01月02日 19:11

*1 (イエ―ッ!!!