夜が照らす私の個室で、妻である葵の到着を待つ。
大事な話がある、と彼女には伝えてある。私は自分の余命とこれからのことについて彼女に話すつもりだ。
彼女を待つ間、石造りの部屋がただただ冷たい印象を私に与えていた。
「ごめんねとしくん、お仕事遅くなっちゃった」
ノックもせずに部屋に入ってくる彼女は遅刻に対する謝罪をする。
しかし『大事な話』に対する催促はない。
いつもの調子で「それで、お話ってなに?」と気楽に聞いてくれた方がありがたかったのだが、彼女は私に真っ直ぐな視線を向けるだけだ。
場をわきまえることを無意識で行える彼女に、少し苦い思いを感じながらも惚れ直す。
そうして私は、今置かれている状況をぽつぽつと語った。
「私はとしくんに一緒にいて欲しいけど、サミュラ様の力を奪って他人のこれからの死生を奪うのが嫌だっていうのなら強要しないよ。
としくんが思うようにしたほうがいいと思うなっ」
私を見つめる彼女の栗色の瞳は、きっと私の本心まで見抜いている。
いっそ一緒に死ぬことを選んでくれた方が気が楽だったかもしれない。
後ろ向きな私の心に自己嫌悪を覚えると同時に、これからの生き方、いや死に方を決めた。
~~~
葵との会話を終え、彼女が眠った後で『食事』のために貴族用の大食堂へと向かう。
他人の生気を奪う感覚には辟易するが、私が停止しないためには必要な処置だ。
『食事』を終えて、城内を歩いていると、見知らぬ人影に声をかけられた。
「お前だな?ハーズリーディング領で初めての人間種アンデットってーのは。思ったよりも冴えない顔してんだな」
馴れ馴れしい口調で話かけてくる小柄な人物。顔はネズミのようだが、背中から生えている羽がチグハグな印象を与える。
「はじめまして。貴族階級としてハーズリーディング領のアンデットになったニジカワです」
「ニジカワ?変わった名前だ。ヒヒッ」
他人の神経を逆撫ですることだけが目的であるような笑い声をあげながら、彼は私の肩を叩いてくる。
「オレは普段はハーズリーディング領第三城にいるんだが、今日は親父殿への用事でこっちに来てんだ。
ここじゃズコードって名で通ってる。気軽に呼んでくれ」
「それなら私のこともトシアキと呼んでください」
私が差し伸べた手を、彼も握り返してくれた。
グッと握られた手に力を感じる。
「敬語はやめよーや。オレもお前も同じ貴族階級。力の差はあるにしても、二人は平等のはずだろ?」
新入りは古参に対して礼儀を尽くすのが私の国での作法なのだが、彼は気に食わないようだ。
私がもう一度敬語で喋り続けると、握られた右手が破壊されるような予感さえあった。
「わかった。私も好きで敬語を話しているわけではないからね」
「それはオレにも分かる。今日もピュゼロの野郎が、領主様には敬語を使え、ってうるさくってな」
私はピュゼロ卿から感じた殺気にも似た威圧感のことを思い出す。
もし彼が同じような殺気を受けてなお、卿のことを野郎呼ばわりしているのならば、彼は余程の鈍感ものか、それとも相当な実力者か。
「ズコードは領主様に何の用事が?」
「いや、親父殿への用事自体は大したことじゃない。
わざわざ第一城を訪れた理由はニジカワ、お前の顔を見物するためだ」
地球人は異世界人からすれば未だに珍しい存在なのかもしれないが、わざわざ第三城からここまで来るほどの価値が私にあるとは思えなかった。
ズコードを私をジロジロと見回すと、値踏みしたようにヒヒッと笑った。
「お前、まだ動き続けたいのか?」
私はまだ彼女と、葵と一緒にいたい。
生を肯定する滾るような感覚が確かに私の内側に確かに存在する。
しかしその感覚に反比例するかのような、死んだ自分の体の静かさが私に停止を直視させる。
「オレは立場上直接的にはお前の協力は出来ねーけどな。ヒントくらいならくれてやってもいいぞ」
心のどこかで諦めていた、生き続けるという選択肢。それを選択するための道が思ってもみないところから飛び込んでくる。
疑問に思うのは、彼にどれほどのメリットがあるのかということ。
読心貴族ハーズリーディングの敷地内で裏切りの言葉を口にする事は自殺行為に思えた。
「そのかわりと言ちゃなんだが。お前の嫁さん。オレにくれ」
瞬間、私の思考は停止した。
視界は真っ赤に染まっていって、体中が熱い。身体だけが沸騰して、心だけがぽっかり空いている。
耳から聞こえるのは、自分の呼吸音だけ。思い切り歯を噛み締めて、あとは体が勝手に動いてくれた。
全身全霊をのせた私の拳は、ズゴード目掛けて飛んでいく。
ゴンッと、鈍い音がなる。しかし、私の拳はズコードには届いていない。
ズコードは軽い身のこなしで拳を避け、私の頭を壁に叩きつけた。
「オイオイ。もっと思慮深く行動しろトシアキ。
相手との力量差すら理解できないようじゃ死神の力を集めるなんて到底無理だぞ?」
自分の無力を情けなく思う。だから私は反対したのだ。
妻を本気で幸せにしたかったのなら、私はこの世界へ来るべきではなかった。この世界に留まるべきではなかったのだ。
悔しさや後悔を怒りに変えて、頭を壁に叩きつけられたままズコードを睨む。
「そんなに睨むな。お前の嫁さんが欲しいってのは冗談だ。
大体毛も生えてないようなつるつる女なんて、気持ち悪くて俺の趣味じゃねーしな。ヒヒッ」
軽々しい言動のせいで、ズコードの言葉には全く信頼が持てない。
ズコードが「今までの言葉全てが嘘だ」と言えば、本当にそうなのではないかと思わせてしまう飄々とした物言いは、ひたすらに私の神経を逆撫でする。
「それなら一体何が目的だ!ズコード」
私は思わず声を張り上げたが、怒りに身を任せるのは得策ではないことは分かっている。
体は冷静さを取り戻そうと深い呼吸を繰り返す。
「目的ってー程のものはねーんだけどな。色んな奴に恩を売っておくのが俺のやり方だ。
俺はコウモリの生き方に誇りをもって生きてんだ」
「恩を売りたいのなら、冗談でも二度と葵のことを口にするな。私のたった一つの逆鱗だ」
「知らずの内に他人の逆鱗に触れるのも俺の才能だ。
以降は気を付けるけど、逆撫でしない保証はねーよ。ヒヒッ」
ズコードと友好関係を築くことはとても困難に思えたが、嫌いな人間でも自分の利益になるのなら丁重に扱うのが大人の対応だろう。
心を落ち着けて、突破口への切り口へと手を伸ばす。
「ヒントについて、話を戻してもいいか?」
「そうだな。そーだ。元々俺はその話をするためにやって来たんだった」
そういって彼は口端が吊り上げて言った。
「ヒントは全部で3つ。
一つ目、領主ダン=ハーズリーディングは、読心術が無ければただの獅子人。
二つ目、お前には三ヶ月の『余命』がある。
三つ目はお前が『異世界人』ってこと。
以上が攻略のヒント。上手に使えるかはお前次第だ」
正解を知っている優越感を含む微笑をたたえてズコードが言う。
その表情は出来の悪い生徒を虐める優等生のようだった。
「全く参考にならないヒントをありがとうズコード。
私への告げ口が領主にバレて、君が領主から手痛い仕置きをうけることを願っているよ」
ズコードの葵に対する質の悪い冗談の報復として、ささやかな呪いの言葉を紡いだ。
「ヒヒッ。オレは領主にもいい顔してるから大丈夫なんだよ。
大体親父殿は自分の配下の殆どが、自分に対して不満不義を抱いていることを読心してる。
それでも最終的には自分側に付くとわかっている奴だけを、アンデットとして残してんのさ」
そうしてズコードは付け加えて言った。
「そういう意味では、お前は唯一の例外ってーわけだ」
後書き
メリッサ書くの忘れてた。
- 後に続く形ですがスラヴィアンとしての自覚と葛藤やとしくん本来の心根の現れ方とかが面白いですね。思わず全力で攻撃に出た時は熱くなりました -- (名無しさん) 2013-04-26 17:57:41
-
最終更新:2011年10月17日 12:10