バレンタイン当日、十津那学園の学舎の屋上。
吹き荒ぶ寒風にただ一人立つ
ドワーフがいた。
肩に担がれた巨大な鎚を握る手には力が漲り、瞳は血走り、一目で異常なのは見て取れた。
「往くのか、鉄槌番長」
彼の頭上より声を掛けたのは鷲人。
「止めてくれるな、飛行番長」
飛行番長と呼ばれた男は静かに鉄槌番長の横に降り立ち、首を横に振る。
「止めるとでも思ったか。俺も共に飛ばせてくれ」
「…そうか。それは頼もしい!」
二人の眼下、ピロティには幸せそうに、仲むつまじそうに肩を寄せ合うカップル達があふれている。
「あのような惰弱の者は我が鎚にて鍛え直してやるわ」
「俺たちを仲間外れにしたことを空の上で後悔させてやる」
二人の殺気が漲り、まさに飛び降りんとした時だった。
「ちょーっと待つニャー!」
「あいや待たれぃ!」
屋上の扉を駆け込んで二人を制止したのは猫人と蛸人。
「お、お前らは!」
「商人番長に忍者番長ではないか!」
「鉄槌の、飛行の、オヌシらあの群にケンカを挑もうというわけであるめぇ〜かい?」
「やめとくニャ。ウチの商品の大事な買い手なんだニャ。だから止めるニャ!」
「ん、んん〜?商人の、おめぇさん今年は在庫がハケねぇハケねぇって嘆いてたじゃあねぇか?」
「それはそれ!これはこれニャ!買い手がないと商売は出来ないニャ!……ん?そう言えば絆創膏も在庫がダブついてたニャ…」
途端に商人番長は胸元から電卓を取り出し、帳簿とピロティの様子と三人を見比べて…
「前言撤回ニャ!騒ぎを起こして医療系を売り抜けするニャ!」
「商人のォ!なんと見事な変わり身の早さよォ!及ばすながらこの忍者番長、あ!及ばずながら力を貸すぜぇ〜ぃ!」
突然の方針転換に鉄槌と飛行は呆気に取られた。
「…どうすんの鉄槌番長」
「商人番長はともかく、忍者番長は戦力になる。このままでいいだろう」
「お金の力を知らないからそんなことが言えるのニャ」
「いやいや意見の一致たぁ嬉しいじゃあねぇ〜か?早速カタメのサカズキうを〜」
「余計な事しなくてもいいだろ」
「粋ってのがわかっちゃいねぇなぁ飛行のォ」
四人が四人でわちゃわちゃし始めたその時だった。
突如、背後の給水タンクからバックライトが差し込み、どこからか豪奢なオーケストラサウンドが鳴り響く。
「ナンセーンス★恋人たちを引き裂こうなんてキミたちは…じ!つ!に!ナンセンス♪!」
せり出すリフトにのって現れたのは美形のダークエルフ。
「ぬぬ!貴様はぁ!」
「イケメン番長!」
「そう☆ミ人はボクを十津那十大番長筆頭♪イケメン番長と呼ぶのさッ★」
いちいちうざったいポーズとボイスでキメるこの男に鉄槌と飛行は若干引いていた。
『いつから貴方が筆頭になられたのですかな?ハハハハハ…』
どこからか不気味な声が響く。
「だ、誰だい!?ボクのゴージャスでビューティフルなオンステージを邪魔するのは!」
途端、狼狽するイケメン番長の乗るリフトが煙となって消えうせた。
「オゥ★シット!」
もんどりうって転げ落ちるイケメン番長。
そして煙は彼の頭の上に集まり破裂音と共に狸人の姿に変わる。
「フハハハッ、わたくしの変化にも気付かないとは素晴らしい筆頭でございますな?」
「キ、キミは★!?」
「変幻番長ニャー!」
「わたくしだけではありませんよ?ほら」
変幻番長が手にした杖で出入り口を指し示すと踊り込んできたのは和装の赤鬼と竹槍マフラーと日章旗を背負う
ケンタウロス。
「一角番長に爆走番長もだと!?」
「筆頭には強さのみに非ず。技量、人格、器、兼ね備えた者が撰ばれるべきでござろう」
「『筆頭(ヘッド)』は俺っちだべ、夜露四苦ゥ!」
「一角の!爆走の!相変わらずの強気よなぁ!」
が、
(アイウォンチュー♪アイニージュー♪)
そんな爆走番長のケータイから某アイドルグループのメール着信メロディーが鳴り響く。
「爆走番長、大事な時はマナーモードにするでござる」
「う、うっせー!サシっぺは神だっぺ!『ド真ん中(センター)』確実だがや!」
「お前の推しメンなど知らんでござる。早く出るか切るかしろ」
(スッチャカチャラリラ チャンチャン パフ♪)
今度は一角番長のケータイが鳴る。
「あー!お前こそマナーモードにしてねーべ!てか笑○って!マジプゲラッチョだべ!」
「五月蝿い!しばし待て!」
だがメールが届いたのは二人だけではなかった。
その場にいた八人の番長全員にだった。
「このタイミングで一斉メールを飛ばすやつなんてあいつだけだな、鉄槌番長」
「ああ、こいつは…ネット番長だ!」
イロモノに押され最早存在感を失いかけていた飛行番長と鉄槌番長が自分のケータイを確認する。
新着メールが、二件。
『今時族語とかwwww腹イタスwwww』
『あとプゲラッチョとかお前が使うなし!!!!1!!』
「こそこそ覗き見たぁいい趣味だなぁ、ネットの!」
忍者番長が入口扉に潜む影に気づき、隠し針を抜き放つ。
小さな身体でタブレット型モジュールを庇うように転がり出てきたのは猫背のアラクネだ。
「お、おお、お前らみんななにしてんの?バら、バレ、バレンタインにしっと団とかwwwwテラ腹イタスwwww」
「これで九人ですな?ということは?」
変幻番長が全員に目配せする。
あと一人で十人、すなわち校内の派閥を越えて恐れられている彼らが勢揃いするということは
これより血で血を洗う大喧嘩になるだろう。
「あっれー?ボクの勝ち組☆キラメキ♪†クライマックス†にはヤラレ役が一人足りなくなーい?どこにいるのさ、ヨロイ番長ーゥ!」
「うかつに呼んじゃダメニャ!?」
「空気読むっぺ!?」
「オレ、ココニイル」
イケメン番長の呼び掛けに返事がピロティの反対側から地響きとともに返ってきた。
校舎も越える巨体が立ち上がり、鉄槌番長たちのいる屋上にぬっと動甲冑の頭頂部が現れた。
「オレ、ヨロイ番長。オレ、一番強イ」
イケメン番長以外の全員の身に殺気が漲る。
まさに一触即発のこの状況、もはやバレンタインだチョコだと恨み妬みをばらまいている場合ではないのだ。
「イケメン番長、オレ呼ンダ理由、ナニ?」
「それがねぇ……あれ☆ミ何だっけ?忘れちゃったや♪テへペロ!」
「「「「「「「「おいおいおいおい!!」」」」」」」」
「お前がいらぬことを言うからだろう!」と鉄槌
「だから続々とみんなが集まってきたのニャ!」と商人
「そうだべ!俺っちこのあと集会があるんだべ!」と爆走
「そ、そ、そこは族語使わないんだね、キャラ崩壊乙(´д`)」とネット
「ネットの、話がそれているぜてやんでぃ!」と忍者
「ともかくお前が呼んだのは確かでござる」と一角
「まあわたくしは誰がなにを言い出そうが構いませんが、些か浅慮だったかと?」と変幻
「そもそも俺と鉄槌番長はやんなきゃいけない事があって、って何だったっけ…」と飛行
「「「「「「「お前もかい!!!」」」」」」」
この飛行番長は腐っても鳥人である。
鳥人ということは即ち鳥頭であり、このド忘れもむべなるかな。
「なあ鉄槌番長、俺らなにしようとしてたんだ?」
「あー…もういいや、何かやる気殺がれたから…」
さすがの鉄槌番長も疲れ果てた。一瞬で。
「ダイジョウブカ?鉄槌番長?」
「あんまりよくはないな…」
「ナラ、ミンナ、コレ、クウ」
空気を震わせ屋上に差し出されたヨロイ番長の巨大な手の中には
「こ、こぉれはぁ…チョコではねぇ〜かぁ!」
「片平ガイッテタ、今日、大事ナ人ニチョコ送ル日。ダカラ、オレミンナニ送ル」
「友チョコニャ?」
「オレ、オオキイ。オオキスギル。周リコワガル。デモミンナ違ウ。相手シテクレタ。ダカラ、チョコ送リタイ」
「なんて感☆動☆的☆!そうだこの話を映画にしよう♪主役はもちろんこの☆!ボク☆!」
「いやはやこれは意外な展開ですな?」
「これでゼロ回避!あ!あっぱれー!」
「ヨロイがチョロすぎる件について」
「ネット番長、お前だって喜んでいるでござろう」
「うぅ泣かせるっぺー!ヨロイ番長ー!」
ヨロイ番長の言葉にある者は素直にある者は強がりながらもチョコを受け取っていく。
「あー、これはこれでいいんだかがよ、やっぱ思い出せないことが引っかかるんだよなあ」
そんな中、飛行番長はまださっきのことをひきずっていた。
「んー…チョコ…屋上…なんかもうちょっとで出てきそうでー…あーモヤモヤする!」
「いいから忘れてチョコを食おうじゃないか」
「でもよぉ鉄槌番長、何か釈然としねぇんだよ」
いくらなだめても食い下がる。
仕方ない、と鉄槌番長は嘆息をついて飛行番長に耳うちする。
「ゼロ回避のためにこっそり買いに行こうという相談だったのだ。こうなってはもう必要ないが」
「おお、そうだったのか!」
嘘は嘘でも必要ならば仕方ないのだ。
「あ、でも待てよ。俺らはヨロイ番長から貰ってるけど、ヨロイ番長は一個も貰ってないことになるな」
「は?」
「善は急げだ。一っ飛びして買ってくるぜ!」
言うが早いが飛行番長は翼を広げて飛び立っていく。
そんな彼を見送る鉄槌番長には二つ、心配事があった。
今から購買に行っても売り切れは必至ということと
また鳥頭を発動して迷子になるだろうということだった。
…案の定、後者が的中下のは言うまでもない。