【十津那学園前日譚】

「ポートアイランドを買い取りたい?」

 その突飛な提案に当時の神戸市長神部信一郎は驚きと疑いのないまぜになったような表情を見せたのは1996年1月の末の神戸市市長室でのことだった。

「そうです。非常識と思われるかもしれませんが、これはお互いにとって利益の大きな提案だと思っています」

 テーブルを挟んで神部と向かいあう形で腰をおろし、彼に向ってそう言葉をつづけたのはまだ20代と思しき若者、しかしその纏う雰囲気には若者特有の気負いや青臭さは微塵も感じられない。

「それは・・・」

 神部は言い淀み、その視線は市長室の窓からわずかに見えるポートアイランドへと向けられる。
 一年前、淡路島北部の海底を震源とした地震は死者6434名、全半壊戸数250万弱という極めて甚大な被害をこの街とその周辺に与え、特に神戸沖に浮かぶ人工島であるポートアイランドは震災による地盤沈下によって満潮時には全面積のおよそ9割近くが水没する状況となって全域避難地域となってしまっている。

「十津那グループさんには震災当初から仮設住宅の無償提供など被災者への物心両面での多大な支援をしていただき大変感謝しております。しかし、私にはどうしても突飛な提案としか・・・」

 神部の前に座る青年、彼は国内外にいくつもの関連企業を有する十津那グループの実質的な最高経営者である十津那十夜、神部が若者の言葉を戯言としないのは彼の背負う十津那グループという組織の大きさと影響力、その一端だけだとしても理解しているからにほかならない。

「あぁ、誤解されないでくださいね?何も難癖つけて買い叩くというわけじゃありませんから。この通り土地価格評価額などを参考にして・・・これくらいは用意できると言っておきましょう」

 そう言って十夜が提示した金額に神部は仰天する。

「な・・・・私をバカにしているんですか!?」
「え?いえいえ!そんなわけありませんよ」
「まぁまぁ、神部さん落ち着いて。この人は別に貴方を化かそうと思ってるわけじゃないよ、こういう人なんだ」

 そう割って入ったのは十夜の横に座る人物だった。

「・・・金井さん。貴方までグルになってるんじゃないでしょうね?貴方が私に会わせたい人がいると言うからこうして時間を取ったんですよ?」

 神部に金井と呼ばれた壮年の男性は政権与党の重鎮であり中四国に大きな影響力を持つ「瀬戸内の狸」と度々揶揄される大物政治家だった。

「私は被災者支援とこれからの復興政策に苦慮しとるあんたを助けたいと思っとるだけだよ。さっきの提示額を考えてみたまえ、あの水没したポートアイランドをそんな額で他に誰が買ってくれる?それだけの財源があればどれだけの被災者が助かるだろうね」
「たしかに・・・そうですが・・・」

 その言葉に神部の眉間の皺が濃くなる。一年経って震災当初の地獄のような状況は切り抜けたものの、未だに神戸市内には解体されないまま残された被災建物は無数にあり、市議会と県議会では今後の復興策とその予算の捻出をどうするかで喧々諤々となっている状況が続いている。

「しかし、ポートアイランド内のポートピアランドなど民間が経営を行っているわけで・・・」
「あ、そっちのほうはもう話がついてるんですよ」
「・・・は?」
「ポートアイランド内の民間業者と入居者にはすでに個別に補償の話がまとまっているんです。それで最後にこちらに来させてもらったというわけでして」
「そういうことだ神部さん、後はアンタがこの話を市議会に出してくれればいい、そういう流れということだよ」

 クククと含み笑いをしながら金井が言い、そう言われた神部はそれをそれこそ目の前に座っている二人が狸と狐にしか見えなくなり、自分はまさに化かされているようにしか思えなかった。
 そこからは神部もあっけにとられるほどトントン拍子に事が進んだ
 神戸市議会に神部が市長権限で『ポートアイランド復興案』を緊急提案として提出、これを驚くべき速さで神戸市議会は可決し、続く兵庫県議会と兵庫県知事もこれを追認、一カ月とかからずに地盤沈下したポートアイランドの再建のための業者選定が一般公共入札によって行われ、十津那グループの関連企業がこれを受注することとなった。


「対外交渉お疲れ様でした」

 どことも知れない一室に入室した十夜に既に部屋の中に居た何者かが声をかける。

「いやぁ、割と楽なもんでしたよ。これもあなた方のおかげ・・・ですかね?」
「さぁ、それはどうでしょ?」

 流暢な日本語を話す黒いスーツにサングラス姿の男性、最初に会った時は未確認飛行物体に関する情報を隠匿しているとされる有名なアメリカの都市伝説を思い出して噴き出しそうになったことを彼は思い返す。

「まぁ、こっちも深くは詮索しない約束ですからね。お互いそれぞれメリットがあっての事業、これからも良きパートナーとしてお願いしたいですね」
「えぇ、こちらもそれを望んでいます。これからもよろしく」

 そう言って彼は手を差し出し十夜も同じようにして握手を交わす。

「我々は足掛かりを、あなた方はかつての恩に報いるために」
「えぇ、今はそれで十分でしょ」


 それから6年後の2002年4月、ポートアイランドに初等部から大学までを内在した十津那学園と呼ばれる私立学校が開校する。

「さて諸君、まずは入学おめでとう。見ての通り君たちは記念すべき二つの世界をまたぐ最初の世代となるが、私が君たちに望むのは柔軟な思考だ。頭の固い大人ではできないことやれないことが君たちにはできると私は信じて疑わない、だからこそ君たちは望み求めたまえ、それにこの学園は協力を惜しまないだろう」

 十津那学園の大講堂で行われた十津那学園の開講式と入学式を兼ねた式典、日本人の少年少女、そして外国人留学生、それらに混ざった明らかに人ではない姿をしながら十津那学園の生徒が着用する制服を身に付けた様々な外見の者達、それらを前にして十津那学園理事長である十津那十夜はそう短く演説し、それに対して万雷の拍手が起こり、日本における最初の異世界間民間交流のモデルケースとして十津那学園は動き始めることとなる。


  • 現実味と空想が上手く混ざり合っててとてもイレゲっぽい。震災で家半壊したけど不思議と落ち込むよりも前向きだったなーあの頃 -- (名無しさん) 2015-04-07 00:45:13
  • 異世界と密かに通じている企業や財閥とかイイネ! -- (名無しさん) 2015-04-07 06:01:36
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最終更新:2015年04月07日 04:46