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【戦神と炎龍と鬼神と】

 その日、西方大陸中央部に位置するルビニ火山が突如として火を噴き、各所から噴出した夥しい噴煙と燃え盛る溶岩が火山周辺を灼熱の地獄絵図へと変貌させた。
 ルビニ火山にはこの山の名の由来となった一体の龍が火口を住処としていた。
 その龍の名は炎龍ルビニ、火の属性を有する「古き巨人」と並んで神々に次ぐ存在と言われる「古き龍」の一体である。
 その咆哮ひとつで火山を爆発させるとも、その吐息はあらゆるものを焼きつくすと言われる最強の炎龍。
 その世界において頂きに位置するはずの存在、それが今は荒れ狂う溶岩の海と化したルビニ火山の火口で怒りの咆哮を上げて何者かと戦っている。

「どうした!最強の龍とはこんなものか!もっと怒れ!もっとオレを楽しませてみせろ!」

 巨大なルビニの体躯に対してあまりにも小さく思える襲撃者は、そんなこと歯牙にもかけず対するルビニを挑発する。
 視覚的に見れば圧倒的と思えるルビニはその実まったく逆の立場にあった。
 あらゆるものを焼き尽くし溶かすとされる炎の吐息は襲撃者の腕の一振りで跡かたも無く掻き消され、あらゆるものを引き裂き噛み砕くとされる爪と牙もその相手に対してはまったく意味を成さない。
 自分のテリトリーでありながら圧倒的な力の差を小さき襲撃者に感じ、それでもなお燃え盛る業火のごとき憤怒で攻撃を繰り出している。

『許さぬ・・・許さぬぞ・・・』

 ルビニは怒りと悲しみがない交ぜになった咆哮を上げ、あらゆるものを焼きつくす炎の吐息であたり一帯を焼き尽くす。

「何が許さぬだ?お前の住処を荒らしたことか?それともソレか?」

 そう言って襲撃者は手に持った槍とも斧ともつかぬ獲物の穂先をルビニの憤怒の根源へと向ける。
 そこには無惨な姿を晒す幾つもの龍の骸があった。それらはルビニほどではないが立派な体躯をしていたと思われるが、その多くは引き裂かれ叩きつぶされ原型をとどめてはいない。
 それは数刻前まで確かに生きていたはずのルビニの妻であり仔達のなれの果てだった。

「暇つぶしに来てみれば目当てのお前がいなかったんでな。お前が帰ってくるまでの暇つぶしでもと思ったが、これがまったく話にならねぇ!最初にメスの龍の首を刎ねてガキどもを挑発してみたが、それでも弱っちくてまいったぜ!全然暇つぶしにもならなくてお前が帰ってこなかったらどうしようかと思ってたくらいだからな?」

 襲撃者は肩をすくめてヤレヤレという表情をしながら、まるでつまらない興業でも見たかのような口調で話す。
 そのすべてがルビニの中の憎悪をさらに強く駆り立てる。

『そんなことでわが妻と仔らを・・・』
「あぁ、殺したぞ?容赦なく切り裂いて引き裂いて潰してやった!そのほうがお前と面白おかしく戦えると思ったんでなッ!」
『戦神ウルサ!たとえ神と言えどそんな無法が許されると思うかッ!』
「あぁ、許される!オレが許す!オレこそが法だ!秩序だ!運命だ!この地上にある全ての命はオレの欲求を満たすための玩具だ!奪う権利も壊す権利も全てこの手の中にあるッ!」

 唯我独尊、傲岸不遜、傍若無人、そうした言葉がいくらあっても足りないと思えるほどの身勝手さ、しかし、その身勝手さを強引に押し通すだけの力を持った存在、それがこの世界でも上から数えたほうが早いと言える強者である炎龍ルビニの前に存在する。

「お前のような神を認めるものかッ!」

 ルビニの咆哮と共に巨大な火球がウルサへと放たれる。それはルビニの渾身の一撃であり、今ある全ての力を紅蓮の炎の姿へと変えたもの、その巨大な火球は比較すればあまりにも小さなウルサへと向かい、地上に出現した太陽のような巨大な炎の塊がウルサを焼き尽くさんと眼前へと迫る。

「だからどうしたッ!」

 ウルサが怒声と共に空中のルビニに向けて戦斧を振る、その瞬間ピシリとガラスがひび割れるような音が辺りに響き、一拍の後にウルサへと放たれた大火球が真一文字に切り裂かれ爆発四散、その次の瞬間にはルビニの左腕と翼がズルリと信じられないほどの鋭利さで切り離される。

『な・・・ッ!?』

 全てを込めた渾身の一撃をあっけないほど簡単に打ち消され、その余波で深手を負わされたということに理解が追いつかず、ルビニはそのまま空中で大きくバランスを崩して溶岩の海へと墜落する。

「もらったああああああああッ!」

 片翼を失いバランスを崩して墜落する炎龍ルビニに、トドメを刺そうと空中を蹴って跳躍した戦神の戦斧がその巨体を断ち割らんと振り下ろされる。

「ウルサ、おやめなさい」

 その瞬間、周囲にこの場に不似合いとさえ思える穏やかな声が響き、今まさにルビニを両断せんとしていたウルサの凶刃が軌道を大きく逸れて空を斬る。

「なんだ?今度はお前がオレの相手でもしてくれるのか?なぁアグール?」

 荒れ狂う溶岩の海の中に突き出した岩の上に降り立ち声の主の名を呼ぶウルサ、その視線の先には大きな力に受け止められたように空中に浮かぶ意識を失ったルビニとウルサの間に突如として姿を現した第三者の姿があった。
 赤銅色の肌に長く艶やかな白銀の髪、額からは淡い光を宿す長い二本の角を生やし、三対の腕を持つ美しき女性、その者の名は鬼神アグール、調和を愛する慈愛深き女神である。

「ウルサ、私は前にもあなたに言ったはずです。私はあなたとは戦わない、と。しかし、あなたの行いが目に余るものならば私があなたを止めると。だからこうして私はあなたを止めに来ました」

 ウルサへと投げかけられるその声は穏やかさに満ちている。しかしその奥底には揺るがぬ決して折れることも曲がることもない信念があるとわかる。

「テメェの話は説教臭ェッ!うだうだ言うくらいならオレと戦えッ!」

 イラついた表情で戦斧を突き出して声を上げるウルサ、アグールは穏やかな表情で眼を閉じたまま、しかしその意識がウルサへと向けられているということを当のウルサ本人が強く感じた瞬間、ウルサの手の中にあった戦斧がなんの前触れもなくガラスのように砕け散る。

「あなたは私には勝てない。それはあなた自身が一番わかっていることでしょう。だからこそあなたはこうやって力を求めて暴れている。それによって起きる多くの出来事の原因が私にあることをとても悲しく思います」

 六本の腕のうちの一つがいつの間にか握っていた三又の武具を虚空へとかき消しながら、アグールは深い悲しみの感情を込めた言葉をウルサへと投げかける。

「チッ・・・興が殺がれた。ようやく姿を現したと思えば戦うつもりは無いと言いやがる。期待した玩具はとんだガラクタだしよ、ハッ!ここにはもう用は無ェッ!」

 ウルサがそう吐き捨てるように叫んだ次の瞬間、ドンと言う強烈な音と共にウルサの姿は天界との境界近くまで跳ね上がり、そのまま遥か彼方へと消えていった。

「ウルサ・・・」

 その姿を追うようにウルサの消えた方角に顔を向けながらアグールは小さくその名を呟く。

『ウルサ・・・絶対に許さん・・・絶対にィ・・・ッ!!』

 その背後では意識を取り戻したルビニが呻くように声を絞り出すが、その眼からは理性は失われ、代わりにウルサへの復讐と狂気だけが渦巻いていた。
 この日、戦神ウルサの暴虐によって眷属を殺された炎龍ルビニは狂龍となり、その日を境にルビニ火山は絶えず火柱を噴き上げ生き物を近づけぬ山となり果てた。

 そして、この時ウルサを止めたアグールまた、その後に幾度となくウルサに戦いを挑まれ、戦いを挑む度に力を増すウルサと争いを望まぬ気質故に長い年月の間に自らの力を削られ力を失っていくアグールの優劣はやがて逆転し、アグールはウルサに敗れてウルサに隷属する存在となるが、それはさらに長い年月の後の出来事である。


  • 戦いたいときー無性に戦いたいときーのウルサは無茶苦茶に見えてどうやったら戦いが激しくなるか理解してそうでウルサ以外にとって迷惑な嵐でしかねぇ -- (名無しさん) 2015-04-15 02:05:03
  • 古き~のくだりがいいな想像が膨らむ -- (名無しさん) 2015-04-15 20:32:21
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最終更新:2015年04月15日 21:48