「彼は十二分に努力している。むしろし過ぎているとさえ感じる。 数字の上で見ても
ノームという種族以上の成果を出しているのは明らかだろう」
商品倉庫の一角、ミーティングの最中に龍人が冷静に発言する。
「体に鱗が生えてる人は言うことが違うねぇ」
「アメリカから人材交流でやってきて数週間で一番の仕事量を出してるからなぁ。いやほんと体が大きく力持ちってのは羨ましいもんだ」
荷の指示を確認し運搬。チェックを行い完了。そしてまた指示を確認する。
「彼は自身の非力さも小さな体躯も理解している。 その上で出来得る限りの効率化と研鑽を進めて作業に従事している。
それは私でも教えを請いたくなるような発想と研究と思索の質の高さだ。
もし私が貴女と同じ上司の立場であれば、ここの作業ではないもっと彼を活かせる作業に就かせるが」
倉庫課長の女性が苦々しい表情をすると、顔のしわが数本増える。
「いやいやそれにしても兄ちゃんもうちょっとオブラートに包んで言うとかさぁ」
「まぁ正直なとこ誰も思ってても言わなかったことなんだけどもだ」
はち切れんばかりの作業服の張りを整え大きく鼻で息を吹く。
「申し訳ないが私の故郷では“嘘”は禁忌とされている。 私は心の赴くままにしか生きられない」
言葉尻に圧力を増す龍人の膝元ではノームの青年が困った様相で右往左往している。
「ここで働き出してまだ一ヶ月も経っていないのだが一つ思う処がある。 課長、貴女は青年に何か言いたいことがあるのではないか?」
一瞬にして場の空気が凍りつく。
四十路に足を踏み入るのも間近の課長の表情も凍り付いているが、何故か肌は紅潮している。
「え、えー… それってやっぱりあれですかぁ。よく小学校であるような気になる子をナントカという…」
「そういや課長って青年に注意する時はやたら時間かけるよね…」
さらに凍度の増す場だったが、課長がなりふり構わず机をひっくり返して逃げたためにお開きとなった。
「うむ。少し言い過ぎたかも知れない」
「課長も課長でちゃんと良い所はあるんですけど…」
ノームのその一言を聞いて龍人は目を丸くして驚く。
「なんと、それは私には見えなかった。 うむ、種族の違いか意識の違いか、実に興味深い」
── 数週間後
「こらアオ!龍人さんの角は人参じゃないんだから、かじったらダメでしょ!」
六甲山系の中腹にある牧場。のどかな草原でバケツを脇に抱えながら手紙を読んでいた龍人の角を咥えたのは六脚の青い馬。
「すみませんすみません。アオったら日本にやってきてから人参がすっかり大好物になっちゃって… 龍人さんの橙の角を人参と勘違いしたみたいで」
馬に跨るジャージ姿の少女が何度も平謝りする。
「私の角は馬にかじられたくらいで微塵も欠けたりすることはない。気になされるな」
「ありがとうございます。ホラ、アオも謝って!」
青馬の首を両手で抑えると申し訳なさ程度に会釈した後に小さく鼻息を吐く。
来月結婚することになりました。
龍人さんが進言した後から課長ともよく話すようになってお互いをよく理解できたからだと思います。
龍人さんも新しい職場で頑張って下さい。
「うむ。交流大いに結構であるな。 私達としても見習わなければならぬ」
龍人は蒼天を見上げる。 世界の違う故郷へと思いを馳せて。
「アオ、もうちょっとで時間が来ちゃうからあと一周走ろ! いつも走ってる砂浜じゃない草原は楽しいでしょ?」
馬耳と尾が二三度揺れると力強い蹴り脚が萌える草香をまき上げた。 六脚が目まぐるしく駆ければあっという間に丘陵の向こうへと走っていく。
「姿が違えども心は通じ合う…か。 他者に似て歩み寄ってもまだまだ分からぬことだらけの私が滑稽ではないか」
自虐にも思える言葉と共に牙を光らせて苦笑した龍人であったが、その表情はとても柔らかかった。
- 人間の職場に異種族が本格参入してきたら主に肉体労働でバランスが崩れそうな -- (名無しさん) 2015-08-12 02:08:18
最終更新:2015年08月08日 03:36