【冠王の回想】

ティターンたちは暗い地下を掘り、そこに帝国を築いた。
帝国は巨大で、地下の底の底の底まで伸びていた。
闇を好んだわけではない。地下が心地よかったわけでもない。
ただ彼らは、地の奥底の大火で剣を鍛える鍛冶神、彼らの親の近くに侍りたかったのだ。
ティターンたちは地下を掘った。
固い岩盤、地下水脈、地精霊の暴走、あらゆる犠牲を厭わずに。
深く深くどこまでも。

帝国の最深部、マグマの熱さがヒシヒシと伝わるほどに深い。
宮殿と呼ばれるそこに彼はいた。
彼の姿は、壮大壮麗華麗を極めている。
いくつも並ぶ角は雄々しく、飾り付けられた数々の宝石は煌びやかである。
それは外見だけのものではない。
角はティターンへ命令を発する送信機であり、宝石は思考機関であった。
玉座に座す彼は冠王と呼ばれていた。



冠王は苛立っていた。
幾百の記録結晶を一瞬で読み込んでは、砕きたくなる思いを必死にこらえる。
ここ百年、まったくといっていいほど研究は進んでいない。
同族の無能にも、自らの無能にも憤りが隠せない。


こんなときは、マグマの熱に身を任せるのが一番だと冠王は思った。
まるで、父に抱かれるかのような暖かさを感じるのだ。
冠王は目を閉じ過去を回想する。

同族、ティターンの製造まで至ったときを。
あのときは本当に嬉しかった。
ついに父に並べたかと思った。
兄弟たちと笑い合い歌い合い、いつまでも祭りをつづけていた。
残念なことに、父は現れてはくれなかったのだが、褒めてはくれなかったのだが。
しかし、もう少しだと思った。

遙か過去を思い返す。
父と共に在ったときを。
父はいつも笑っていた。我らを成長させていた。
さまざまな機能を父は思いつき、我らを改造していった。
あのときは幸せであったなあ。


冠王の回想を打ち破るように足音が響いた。
重重しいその足音の主は鎚王であった。

冠王は不機嫌そうに声を発した。

「鎚王よ。報告に来たか。しかし遅い、遅いぞ。貴様だけが研究にたいして未だ報告をあげておらぬ。
 どうだ?何か進展はあったか」

鎚王は一呼吸おき、重重しく答える。

「……報告はない」

「かまわん。進展がないことを今更咎める気はない。誰も同じことよ。我でさえな」

鎚王は一歩踏み込み、強く声を発す。

「…違う。兄弟よ、聞け。
 進展がないゆえに報告がないわけではない。私はやめたのだ。この、不毛な挑戦を」

冠王は一瞬動きを止めた。
あまりにも予想外のことであったからだ。
そしすぐに激高した。思考結晶が一斉にうなりをあげた。
勢い任せに立ち上がる。
その動きで大気が大きく揺れた。

「き、貴様!貴様!貴様!!なにを言っておるのだ!!
 父への愛を忘れたかッ!!!」

「違うわッ!私が父への敬愛を忘れたことなどない!」

二人の巨声に地下が揺れる。
パラパラと埃が落ち、家具に罅が入り、どこからから悲鳴が上がった。

「ならば!何故だ!何故なのだ!
 あの日々を取り戻したくはないのかっ!兄弟よ!」

「失ったものは戻らない!兄弟、お前も気付いているだろう!
 こんなことをしても無駄だということに!」

「未来を見ろ!積み重ねだ!
 いつか!いつか!父の感心が得られるほどのものを創ってみせる!
 時をかければ、水滴も岩を穿つのだ!!無駄ではない!!」

「無駄だ!話が違う!塵をかき集めても天には届かん!
 届いたしても!父が見てくれるわけではない!
 多くの結晶を持ちお前が、わからないはずがないだろう!
 父は新たな子で楽しんでおられる!あの小さき者どもで!
 我らは!我らは父から…「言うな!」……!」

「言うな!言うな!黙れッ!」

そして、沈黙が包んだ。
思考結晶の振動が鎮まった頃、鎚王は静かに声を発した。

「……とにかく、私はもう着いてはいけない。
 さらばだ兄弟よ。お前の幸運を祈ろう」

言って踵を返し、鎚王は去って行った。
残るは打ちひしがれた様子の冠王のみ。
冠王は呻き、嘆き、そして沈黙した。
しばらくして、瞳を鈍く輝かせながら顔をあげる。

「……我は、我だけは諦めぬ。絶対に、絶対にだ……。
 なんとしても。何をしても。きっと、きっと父へと辿り着こう……!」


これが帝国の圧政の始まりであり、崩壊の始まりであった。

  • 地下の国で隔離されていても力と意思を持つ者同士ではしっかり目標ができていないとうまがあわなくなるのは必然なのでしょうか -- (名無しさん) 2013-05-18 17:21:10
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最終更新:2013年03月30日 13:05