逆さまに墜落した浮遊島で無数の口を開く魔境、大迷宮。
墜落した後も尚、島ごと地に沈み続けているそれに入ろうとするものは
ハピカトルの力を知らない者、知った者。
命知らずを魅了してやまないハピカトルの落とし物を求め立ち入った者に風神の力は容赦なく分け隔てなく無造作に降り注ぐ。
何事も起きずに外に出れた者は幸せ者である。
神の力に侵されず外に出れた者は運が良い者である。
ではそれ以外の者は一体どのようなことになってしまうのか?神の力によって人はどのように変異してしまうのか?
「いやホントなんだってんだよこの迷宮は!」息も絶え絶えで全身傷と汗まみれの猫人少年は悪態をつく。
「よもや生還できるとは思ってはいませ…いえ、見事試練を乗り越えられまして御立派でございます」少年の頭の上でくるくる飛ぶ小さな人影がしれっと言いのける。
「どうやら人のまま脱出できたみたいだな。御立派御立派」先ほどまで鷲人であった今は鷹人の迷宮の案内人は感心する。
入り口にいきなり現れた少年は「試練試練」と愚痴りながら踏み込んですぐにいきなり穴が開いて五層あたりまでまっさかさまに落っこちた。
危険察知に長けている猫人の髭が常時ビンビンに伸びっぱなしという異常事態に早急に入り口に戻ろうとする。
虹色に輝く水の壁は強酸性で触れることもできず仕方なく通路に従い進んだのだが、どうやら上に戻っているつもりが下に降りていたという。流石混沌空間。
途中、脚を抱え微動だにせず聞き取れない言葉を発し続ける七面鳥人と遭遇するが何を言ってもゆすっても変化がない。
そうしていると奥より近付く異様な気配。無数の手足に禍々しい刃物を振り回す人とも獣とも言えないものが襲い掛かってくる。
慌てて七面鳥人を動かそうとしたが無数の手足は迷いなく一直線に少年に向かってきたのだ。
武器はなく迂闊に飛び掛かれば何が起こるか分からない。即座に判断した結果一目散に逃走を決め込んだ。
壁を床を天井を兎に角前に前に走っていると空気の匂いが変わったのに気付く。
陽光の気配を感じた少年は外が近いと全神経を集中し駆け走り、遂に入ってきたのと同じ入り口へとたどり着いたのである。
が、そんな少年の前にうごめく黒い塊が現れる。
不思議と敵意は感じなかった塊は少し入り口へと進んだかと思うとゆっくり踵を返し迷宮へと戻ってくる。
少年とすれ違う塊はひと間動きを止めて何か物悲しい鳴き声を発し奥へとゆっくり這いずって行った。
そして無事少年は再び陽の光を浴びたのであった。
「そりゃあ全部『人』だったものだな。迷宮の中で一度ハピカトルの力にあてられると最後、人は人でいられなくなるのさ」先ほどは確か鷹人だった鳩人が空を見上げて語る。
「心が溶けたそこに分けの分からないものが注ぎ込まれてひたすら風の騒めきを発し続けるんだ。変質した体は時が停まったように何も変わらずそのまんま。
人としての器を神の力が溶かし変異した人とは呼べない異形。もう二度と戻ることはできない人の姿に憎しみか渇望か執着の念で人を追いかけ回す。
迷宮の恐ろしさに気付き外に出ようとするも神の雨にさらされたが最後、肉体は溶けて塊になる。それでも外に出ようと歩を進めるが、それらの全てが入り口までやってきては己の姿に絶望し迷宮へと戻っていく」
まるで見てきたかのように真実味を帯びて語る口調は哀愁の色があった。
「落とし物の一つでも持って帰っていたら大金が入ったかも知れないのに残念だったな」鳩人は鷲人になっており、からからと笑った。
「いや、いい勉強になったよ。やっぱ命って大切なもんだなって実感した」少年は何度も深く頷く。
「無事に脱出できた記念だ、特別にスタンプを二つ押してやろうか」「いや、一個でいいよ。ズルはいけねぇや」
猫人の少年は頭上でくるくる飛ぶ小さな人影と何か言い合いながら迷宮を後にした。
かと思ったらすぐに光の柱に包まれて消えた。
「何とも忙しい少年だ」
ディエル君シェア in 墜ちた迷宮
- 揺るがない不規則不確定要素ハピカトルの力は人には扱いきれないもん -- (名無しさん) 2017-07-15 19:35:50
最終更新:2017年07月15日 03:06