【キホーデン紙篇】

 風精霊が運んできた、届けるはずだった手紙の数々。西イストモスから西へ、未踏破領域に探索冒険へ向かい未だ帰ってこないキホーデン男爵の報告書。
 “キホーデン紙篇”と呼ばれる紙集は真偽詳細は兎も角、生の未踏破報告書として異世界と地球の研究者から注目されている。

西イストモスでも西方に位置する辺境領の一つを治めるケンタウロスのキホーデンは物心つく頃から西に広がるイストモスと未踏破を分け遮る“黒い帯”を見て育つ。
許可ない者の立ち入りを禁じられているその森に常に興味を惹かれていたキホーデンは十分な蓄えと領地統治権の返上が叶うや否や、
従者筆頭の狗人サパンと城憑きの風精霊ナテロンを供に探索具一式を持ち未踏破到達を目指し黒い帯越えに挑んだのである。
それから都度まちまちではあるが日をあけて領地境界にある果ての監視所にキホーデンからの手紙が風精霊によって運ばれるようになる。
「我が語りサパンが書す」という一文で始まる手紙は現在保存されているだけで五百数通にも及ぶまでになる。
高地ケンタウロス族の出であるキホーデンは荒れ地や森林などの移動が得意であり、そう大きくはない体躯も合わせて洞窟や谷間を抜けて西へ西へと進んでいったのが手紙の内容からも察することができるという。
数々の報告の中でも研究者達が注目したのは「大気や水などの違い」である。
黒い帯でも陽光の届かなくなる“森の窟”と呼ばれる天井樹が茂る一帯から徐々に空気の質が変化しているという。
変化が最初に現れたのは風精霊ナテロンの力が増したことである。
「風の囁き、歌が強くなった気がする」というナテロンは増した風力により森を越えて手紙を運ぶ分身を生み出せるほどになり、窮地で置き去りにした荷物の回収もこなす様になった。
「流れる小川の水を煮沸し水筒に入れたが、その重さは明らかに倍ほどである」と書かれている“重量のある水”。
「慣れるまでに週を要した」と言われる“重い空気”は吸うだけで肺に負担がかかり行動を制限するほどで、研究者達はこれを“大気含有成分の濃いもの”と仮説付けている。
未踏破に生息する動植物と遭遇することも多かった一行であったが、普段目にするそれらよりも強靭かつ巨大な種が多いという報告がある。
未踏破に生息する生物のあらゆるは自身を維持するのに、そういった“濃い自然”を必要とするのではないかと目されており
未踏破にあるとされている過酷な自然淘汰自然循環の世界から抜けてこちら側に生物がやってこないのは生命維持に必要な自然の濃さがないからなのではと仮説が立っている。
「肉を諦めた我らは木の実を集め調理したがとんでもなく灰汁が強く抜くのに難儀した。しかし熱湯で長く灰汁抜きしたにも関わらずその味は舌が疲れるほどに濃い」という報告からも察するように
未踏破には数段濃い栄養バランスが成り立っているのではないかと言われている。
森を抜けた先には大草原が広がっており、手紙の届く頻度はここから明らかに少なくなり間隔も空くようになっていく。
風精霊も監視所まで到着できずに力を失い途中で消失することも多く、監視所と黒い帯との間や黒い帯に入ってすぐ周辺で発見された手紙の数々は届けきれなかったものだろうとされている。
「強い毛細運動を行う草が起こす波に乗って彷徨う鋼の廃船」「草原の中に突如現れる堅牢な石砦とその中で生存を続ける見たこともない種族」「ドラゴンですら小鳥の如く狩られる凶暴極まる空」
少ない報告の中にも目を引くものは多いが、研究者の間では「ホラ話や幻覚、妄想の類ではないか」という声もある。
そんなキホーデンの紙篇の最後のページと言われる一文は次の通りである
 我が語りを書き記すサパンが調子を悪くし砦で養生しているので自身で記す
 荒れ狂う曇天を冠する灰色の山脈より現れ攻めてくる獰猛な異形を討滅すべく我は出陣する
 長らく世話になった砦の皆の一大反攻作戦であり、騎士の心がこれに参加せねばと心を囃した
 未踏破は未だ広大であり、この戦いが終われば我はまた西へと探索の旅へ出ようと思っている

西イストモスは基本的に未踏破領域への立ち入りは禁止しているが、キホーデン紙篇の研究からいくつかの規模での調査派遣が計画に挙がっている。
国力、特に食糧事情が整備途中であるために西イストモス単独では立ち消えになるかと思われていたが他国、地球からの支援援助もあってか
近々出発が予定されるまで進んでいる。

  • アビスかな?グルメ界かな?とか思ってみたり。こういう真偽不明の先達の報告ってワクワクするなぁ -- (名無しさん) 2017-09-23 18:30:09
  • 未踏破を越えてこない理由があるとそれっぽくなるな -- (名無しさん) 2017-09-24 01:24:34
  • デンさんは死んだんじゃなくて未踏破のもっと遠くへ旅立ったと思いたい -- (名無しさん) 2017-09-24 16:35:03
  • 濃度の違いで世界に境界線があるというのは分かりやすいし越えるのが難しいのも想像できる -- (名無しさん) 2017-12-08 20:22:24
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最終更新:2017年09月23日 20:33