「ペリーさん!ペリーさん!私宛の荷物が届いていませんか?」
ニシューネン市南西区、駅舎より降り立った
ノーム少女ラニは真っ先にここニッツー鳥人運輸に走り込んだ。
「なんだラニちゃんじゃないか久しぶりだな。 荷物、か。帳簿にゃ載ってないけどな…おい、誰か、本店留めでラニちゃんの荷物を知らないか?」
ニッツー店長ペリー=カーンが慌ただしく人の行き交う荷捌き場に声をかけたが、皆一様に首を横に振った。
「まだ到着してないみたいだな。 暫くニシューネンにいるってんなら荷が着き次第フタバ亭に報せるよ。それとも別に宿を取ってるのかい?」
「うーん、到着してないのは残念です。 暫くはフタバ亭で働くつもりなのでお報せ待ってます」
旅
ノームで店舗運営スーパーアドバイザーのラニ。久しぶりのニシューネン市への帰還になるが、ゆっくりと町の変化を見ることなく一直線に酒場フタバ亭へと向かう。
「ラニ嬢は何事もなく運送屋から移動を開始。警護を移譲する」
南西区で最も高所である大劇場広告塔の屋根上、季節柄の寒風を防ぐために羽織っていた獣革を脱いだ和鎧装の狗人がさくさくと帰り支度を済ませると徐に狼煙を焚き上げた。
「あい分かった」
北東区、フォーリン学舎の鐘響塔の屋根上で温石を抱えていた和装の狗人は狼煙を確認するやすぐさま火縄銃を構える。
「フタバ亭の大事とあれば矢張りラニ嬢も戻ってくるのは必然。ここからは先は無防備になったフタバ亭を狙う輩も出てくるやも知れぬ。拙者達が守護ってみせますぞ~!」
鼻息荒く意気込んだ狗人が狼煙を焚けば、ニシューネン市の各方区より色とりどりの狼煙が上がった。
「贈り物はないけどいきなり帰ったら皆驚くだろうな~。うん、何だか私の方がどきどきしてきちゃった」
フタバ亭に到着したラニは、よしと気を発し諸手で勢いよく扉を開く。
「おっひさしぶりでーっす!女将さん、出産おめで ───
ブッシャ!!
店内に入るや否やラニの顔に降りかかる鮮血。
「鉄血の噴出はこれで二度目だよ!早目に赤子を引っ張り出さないと取り返しがつかなくなるよ!気張りな!」
店内は勢揃いしたフタバ亭の面々と星教会の神父シスター、他数名が大慌てで走り回りひっきりなしに声を上げている。
「あ、あれれっ??」
おおわらわを前にしてただただ立ち尽くしているラニに向けて懐かしい声が飛んでくる。
「おっ、ラニじゃんか!ちょっとこっち来て布巾を洗うの手伝えよ!」
カウンターの前、タライで多くの布巾を一心不乱に洗っては絞る鬼人の少女シィ。
全く懐かしぶる素振りも見せずにラニを呼び込むシィに従いいそいそと腕をまくって一緒にタライの前にしゃがみ込むラニ。
「ねぇねぇシィちゃん」
「あんだよ!手ぇ止めんなよ!」
「あのさあのさ、女将さんって出産したんじゃなかったの?」
「何言ってんだ?!今その出産の真っ最中なんだろ!朝方急に産気づいてそっから昼の今までずっとだぞ!」
「うぇっ?!私が聞いた風の噂だと『出産終わった』って言ってたんだけどぉ!?」
異世界各地、風の吹くところであればそこは風精霊の通り道。遠方の様子などを風精霊を通して確認するのは情報を重要視する者にとっては当たり前の手段である。
だがしかし、あくまで精霊は精霊であり人の世の常識などに疎いことが多く、特に風精霊は気まぐれであり余程訓練を施されていなければ確実正確な情報は得られないのである。
「おいキソジ!産湯は人肌の温度って言ってるだろ?これじゃ赤子が火傷しちまうよ!」
鉄腕義手の老狗人シスター、ニシューネン市の星教会を仕切る強面である。
「へいへいすいません。すぐにあっため直しますよっと」
『やーいヨッシーおこられたー』
『火加減も知らない火精霊のせいでもあるのですよ?』
『なんだとー!』
「おいおいやめろやめろ。腕鎧の中で喧嘩なんぞされたら火加減どころの話じゃなくなる」
大鍋にリビングメイル腕を押し当て加熱している人間の偉丈夫、木曽路。加熱担当の火精霊クリカとリビングメイルのトモエは絶賛不協和音中である。
「まぁ赤ん坊が産まれるまでに適温になってりゃいいか」
「おっお前、だっだっ大丈夫か?何かして欲しいことはないか?」
テーブルをいくつか並べてシーツを被せた簡易ベッドの上で寝転がるナマラの傍で巨漢の
オーガが一人でおろおろと右往左往している。
「…アナタ、落ち着いてくれるだけでいいわ。うっ!くっ!」
「あんたが慌ててどうすんだい。いつもみたいにでんと構えて手を握ってりゃいいんだよ!」
出産呼吸を整える運動と並行して周囲に指示を出す鉄腕シスターの顔がいよいよ険しくなってくる。
それは出産が間近に迫っていることの予兆でもあった。
フタバ亭出産イベント前編。 後編に続く
最終更新:2018年12月15日 23:16