【草原を歩こう】

天に青、地に緑。ただ二色が地平線の果てまで続く。
まごうことなき絶景であり、ちょっとした絶望でもあった。
なぜなら絶賛迷子中だからである。

「……ま、町はどこだ、くそったれめ」

ずいぶん歩いたが辿りつく気配はない。
今更戻れる距離でもない。
疲労が溜まりすぎた足は、重いのか軽いのかもわからない。
靴の中で疲労の熱が絡みつき、焼けるようだった。
なぜ隣町というものがこれほどに遠いのか。
なぜ俺はこんなところを歩いてるのか。
なぜ俺は旅に出てしまったのか。

くそったれ、と呟き草原に倒れ込んだ。いったん休憩としよう。
背に草はチクチクと刺さるが、暖かい心地よさが勝る。
そのまま足だけで、靴も靴下も脱ぐ。
裸足に涼しい風が吹いた。
熱と共に疲労も吹き飛ばされていくようだった。
ああ、だんだん眠くなってきたぞ。

背に腹に日と大地の暖かさがあり、余分な熱は風が吹き飛ばしていく。
耳に聞こえるのは草のさざめく音ばかりであり、
眼に入るのは青空ばかりだ。
と、一瞬暗くなり、また明るくなる。
大きく高速であるもの、竜が通り過ぎたのだ。
あんなふうに飛べたら楽なんだが。まったくもって不公平である。
落ちればいいのに。くそったれが。
ああ、なんとダルいことか。
というか眠い。マジ眠い。暖かい。眠ろう。

まどろんでいると地響きが聞こえてきた。
俺のリラックスタイムを邪魔するとは不届き千万。
無礼者はどこぞと探せば、緑色の巨人だ。
足音が無駄にでかくて困る。
くそったれ。滅べ。地に沈め。
イライラしながら念じていると、巨人は草原と同化するように消えた。
おお、やった。もしかして俺は超能力者なんじゃなかろうか。

また、まどろんでいると騒音が聞こえてきた。
ちょうど眠れるところだったというに、迷惑千万失礼極まりない奴だ。
とっとと失せろと念じるが、届かず。
近づき、近づき、そいつは俺の近くで急停止。
うひょう、と声を上げた。うるさい奴である。

「あ、あっぶねえ。危うく踏みつぶすとこだ。あんたこんなとこで何してんだ」

首を傾け見てみれば、声の主はケンタウロスの青年であることが分かった。
帽子をかぶり、簡素な服を着ている。服は赤色の地に黒の文様があるものだ。
馬の背には多く荷物を背負っている。働き者で結構なことだくそったれ。

「うるせー。見りゃわかんだろ。寝てんだよ、俺は。」

「なあ、後少し南にいけば町なんだから、宿で寝る方がいいんじゃないか」

「いいんだよ。大草原を敷いて、掛け布団は大空。
 これほどの贅沢があるだろうか、いやない。あるわけがない。
 どうだ? わかったか? そうかわかったか。わかったら、とっとと行け。俺は寝る」

「はあ…。お前がいいならそれでいいんだけどよ。じゃあな」

そういうとケンタウロスは足音を響かせ去って行った。去るときまでうるさいやつだ。
あんなに荷物を背負って元気に駆けられるとは。
なんと妬ましいことか。転べ。

ケンタウロスがいなくなったおかげで静寂は取り戻せた。
これでゆっくり眠ることができる。
何が"少し南に町がある"だよ。
宿の布団より、草原の布団のほうがよっぽど………?
ん? 近くに町? あれ?
一気に覚醒。起き上がり叫ぶ。

「ちょっと待ったー!!」

が、時既に遅し。
ケンタウロスの影は米粒よりも小さく、声は届かない。

「あっれー!?もしかして千載一遇のチャンス逃したのか俺!?
 しかも!しかもだ!よくよく思い返したらすごいもの見た気がするぞ!!
 カメラ!カメラはどこだ!!
 って、もう遅いわっ!くそったれ!!」

ひとしきり叫べば、もう眠気も疲労も吹っ飛んでいた。
待て、待て。落ち着くんだ俺。過ぎたことは仕方がないさ。ポジティブに行こう。
近くに町があると奴は言った。
奴が走っていった方向もわかる。
問題ない。旅路を急ごう。もはや俺を阻むものは何もない。
意気揚々と俺は一歩を踏み出し、



そして日が暮れた。
水筒から乱暴に水を飲み、口をぬぐう。

「くそったれ。何が少しだバカ野郎」

移動速度に随分と差があったのか、未だ町は姿を見せない。
それにしても遠すぎやしないか。
もしかしたら、見当違いの方向に進んでるのかも?
ああ、そうだそうだ。くそったれ。
俺は草原に立ちつくす。夜風がやけに冷たい。
もうだめだ。俺は歩けない。
一度立ち止まれば進めなくなるのは分かっていた。
だが、進んだとして辿り着けるか?
無理だ。
そもそも目印もなく真っ直ぐ歩けるわけなんてないんだ。
不安と苛立たしさに泣きそうだ。
何が悪いと言えば俺だ。何が苛つくといえば俺だ。
体力のない俺の、くそったれ。
知恵のない俺の、くそったれ。
準備のない俺の、くそったれ。
意地張るしかできない俺は、くそったれだ。
そしてなによりも、意地すら張れない俺が一番のくそったれだ。
ああ、くそったれ。
下向きがちの頭を、無理矢理に空へ向ける。
空には満点の星海。
無駄にキラキラ輝いて腹立たしい。
知識も地図もない俺にとっては何の役にも立たない。
ブラックホールにことごとく飲まれてしまえ。
どうにも出来ないやるせなさに、わめきたくなった。
そして、吐き出す。

「南はどっちだバカヤロー!!」

叫びは虚しく。意味は無い。ただ夜空に吸い込まれるだけ。
――というわけでもなかった。

【……まっすぐ】

星が瞬く。

【……そのまま、すすんでいいよ】

意思が響く。
耳元に囁かれたようでもあり、手紙を渡されたようでもあり、抱きしめられたようでもあった。
聴覚に響く、視覚に響く、触覚に響く。
嗅覚に、味覚に、温感に、予感に、共感に、郷愁に、響く。
"直進していい"という雰囲気が、届いたのだ。

「――そうか。こっちでいいのか」

何故か、一歩を踏み出せていた。
何故か、進める足から躊躇いが消えていた。
まっすぐ、まっすぐ、ひたすらまっすぐに進む。
孤独だが恐れはない。

【……みてるよ】

いや、そうか、孤独でもないのか。
歩き、歩き、歩き、いつしか町明かりが見えてきていた。
やればできるじゃないか、くそったれな俺よ。
夜空を仰ぐと、幾千万の星の一つが強く輝いたような気がした。
あの星々の一つ一つが瞬くたびに、誰かが導かれているのだろうか。


  • 投げやりながらもどこか愛嬌のあるふてくされ具合が面白い歩く人。異種族との接触や好機にも気が回らないのに再度歩き出せる力は出るちぐはぐさも面白いですね。それにしても星の導きとそれがあるということの安心感が伝わってきました。星神が国をあげて崇め奉対象になるのも納得できます -- (名無しさん) 2013-07-07 19:09:56
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最終更新:2013年07月07日 19:06