『おいっす』
「………?」
『おいーっす』
「………………はい?」
『おいーーーっす!!』
「………おいっす」
『よし』
ある山の麓に男と怪物はいた。
その山は大して高くはないが、周囲は平野が続き、
平野の自然は豊かでそこそこ個性にあふれ、中々の眺望を持っているとの評判だ。
この辺りの情報を思い返しつつ、なんでこんなのが存在するんだろう、と男は悩んでいた。
男の悩みの種は横にいる怪物だ。
マンモスと蛇とムカデとをテク刀に合体させたうえに、触手を生やした姿をしている。
この怪物だが座って休んでいる男の横に唐突に現れ、無駄話を延々と続けている。
驚くタイミングも、逃げるタイミングも失った男は、ただ相づちを繰り返すばかり。
『というわけなんだよ。困るよなー』
「…そうっすねー」
『ところでよ、この姿はどうだ?』
「……はあ、どうって、どういうことっすか」
『かっこいいかどうかに決まってんだろ?』
「…カッコイイんじゃないっすかね」
『そうだろ!雄々しいよな!』
「…そうっすね」
『まあそんなことより、喋りすぎて喉渇いたわ。喉なんて面倒だから創ってないんだけどな!くはは!』
「…えっと、これ飲みます?」
『おう、ありがとよ』
差し出された水筒を、鼻を伸ばしてとろうとし、そこで止まる。
瞬きの間に、怪物は筋肉質の女に変化する。怪物は戦神の化身であったのだ。
しかし、男は気付かない。男は戦神の姿を知らなかったのだ。
もちろん驚きもない、姿が変化するなんて精霊で慣れっこなのだから。
『ヒトと楽しむときは、やっぱヒトの姿だよな』
「そうっすねー。俺も安心出来ますよー」
『それにしても、美味いじゃないか。礼に何かしてやろうか?』
「いやいや、こんくらいでお礼なんていいっす」
『んー、そうかそうか。そういえば、お前はこんなところで何してるんだ』
「あの山を登りに行くんすよ」
『山登りっつうのはヒトには大変なんだよな』
「そうっすねー」
『よし。手伝ってやろうじゃないか』
「別にいいですって。……?、!?」
女がよっこらせと山を片手で持ち上げ、軽々と投げ飛ばした。
山は冗談のように形を保ちながら、木々をこぼしつつ、空の向こうへ飛んでいく。
『これで楽に向こうにいけるな』
「な、んだこれ?」
『この俺がまったくの厚意で動くことなんて珍しいんだ。運がいいなあお前』
「あ、あわわわわ」
と、ひたすら狼狽する男に、さらなる恐怖が追加されるる
突然に、怨々と、地が大気が唸りだしたのだ。
「こんどはなんだあ!?」
『あの山の地精が怒り出したんだよ。いやーまったく短気で結構!結構!くくっ、かははははははは!!』
「短気って!なにが!?」
遠く投げ飛ばされたはずの山は、空中に停止していた。まるで宙に縫い止められたかのように。
そして、山は自らを崩し、急激に集合し一つの形をとった。
竜である。最強の獣の姿は憤怒の表現に違いない。
「やべー!マジやべー!」
轟々と音にならない響きに辺り一帯が震えた。逃げようとした男が転倒する。
咆吼と共に、土竜の肉体が泡立ち、幾億もの槍が生まれ、降り注ぐ。
降りながら凝縮硬化、土色の槍は白色透明に。
降りながら加圧加速、赤熱して発光する。
明赤の豪雨が降る。
突如現れた光源に地は赤々と染め上げられている。
一帯のものは必死、誰が雨を避けられようか。
「ぎゃー!なにこれ!?俺関係なくね!」
全力で走り逃げる男と対照に、女は楽しそうに笑った。
女は弾幕の前に飛び出し、そして姿がぶれる、同時に爆音。音響におどろき男はまた転倒。
「俺死んだー!!……って、あっれ?まだ生きてる!?」
女が幾万もの槍を一つ一つ殴り飛ばし、打ち返す。
まさに神技。だがこれは戯れに過ぎない。
神の姿は変幻自在、ヒトの女よりも適した姿はいくらでもあるのだから。縛りプレイというものだろうか。
「うお!?なんだかわからんが雨が防がれてる!!」
拳の雨は、槍の雨と拮抗し、やがて優勢に転じる。
しばしのあと、結晶の雨はことごとく土竜へと逆流していく結果におわった。
「うひょー!死ぬかと思ったー!!」
かのように見えたが。
『ありゃりゃ、失敗したわ。こりゃ俺の負けだわな』
「はひ?」
ほんの少しの打漏らしが戦神を過ぎ、地へと降る。
不幸にも男の元へとまっすぐに。
あわれ、男の命は露と消えたかと、しかしその刹那、男の手刀ひらめき、硬質な音が連続し、晶槍はキラキラと砕け散った。
「???」
恐る恐る男は、自分の手を見てみるが何の変哲もない。
試しに木の幹に手刀を突き立ててみる男だが、当然のように突き指。男は悶絶した。
『戦いの勝利者に祝福を。さあさあ、貴様は何を望む?』
『……失せろ』
『あいよ、わかったぜ』
女の姿が跡形もなく消える。
そして土竜は形を崩し、単なる土石流となって、地響きと共にどこかへ移動していった。嫌な思い出ができたからだろうか。
ようやく手の痛みから復帰した男が周りを見渡せば何もない。
女も、土竜も、土竜の元になった山も。
「どうすんだこれ。……どうしようもないか」
そう言って踵を返す。
男の目的は山の頂上からの景色だったのだ。
- 神は気まぐれで自由奔放というのはよく語られていますが特に戦神は他者と関わるハプニングが多いと思います。山そのものも意に介さない豪放さは魅力と感じるか迷惑と感じるかは分かれるかも知れませんけ。男が「頂上からの景色を見たい」と最初に言っていたとしてもとんでもないことが起こっていたような気もします -- (名無しさん) 2013-08-01 20:04:38
- いかにも神っぽくいかにも戦神っぽい。奔放さが痛快 -- (名無しさん) 2013-12-09 23:09:36
最終更新:2013年08月01日 19:55