憂鬱ですわ。ええ、そうですとも。まったくもって憂鬱です。
自己紹介もないまま愚痴をこぼしてしまったこと、深くお詫びいたしますわ。わたくし、日向向日葵と申します。ひまわりのような明るい娘に育って欲しいとお父様が命名してくださった、愛着ある名前ですの。
私立十津那学園といふところがありますわ。わたくし、そこな女学生ですの。この学園、<こちら側>と<あちら側>の友好を深める事を目的として開校されまして、異世界の人々と地球人間の共生を目指しているのです。共生を目指しているわけですから<こちら側>のことを学ぶと同時に、わたくし自身についても地球の皆様に知っていただけなければなりません。ですからこの学園では、自己紹介ついでに、自分自身の出生、種族についても一言添えるのが常ですの。わたくし、それが憂鬱ですわ。
双方が歩み寄らなければ共生への道などは開けません。少なくとも私はそう思います。ですから憂鬱を押し殺し、自らの事情をお話しますわ。実はわたくし『吸血鬼』ですの。
<むこう>の方なら、「あぁ、そうかい」と流してくれるのですが、<こちら>の方はそうはいきません。開口一番は大抵こうですわ。「太陽の下だけど、平気なの?」初めは、<こちら>の方々が心配そうにわたくしの顔を覗き込むのが不思議でなりませんでした。「もちろん、平気ですわ」と答えると、疑るような顔になるのです。どうやら<こちら>の世界では『吸血鬼』は元来、太陽の下を歩けないのですってね。驚愕しましたわ。
そも、わたくしの故国でいう『吸血鬼』とは、血液のやり取りにより精霊力や生命力をやり取りする神通力をもった鬼のことなのです。『血鬼』とだけ呼ぶトコロもありましたわね。しかしどうにも、こちらの方には伝わりにくいようですわ。私の故国では死霊国の吸血姫の方がマイノリティーでしたのに、こちらでは逆のようですわね。一般の方々は、吸血鬼と聞けば、血により眷属を増やす悪魔を想像するのです。なぜなのかしら。あんな恐ろしいもの、関わらない方が懸命でしょうにね。
わたくしの憂鬱はこれだけでは終わりません。<こちら>の方に種族を明かした後に、わたくしの名前を紹介すると、多くの人が笑いを堪えているような顔をするのですわ。ひ ま わ り、こんなに綺麗な言葉ですのに。太陽を連想させる名は吸血鬼には不似合いなのですってね。<こちら>の世界のために改名することも許されているようですが、そんなこと天が許しても、わたくし自身が許せませんわ。こちらの方は無礼ですのね。人の名を笑うなど、ありえないことでしょうに。ニホン人は礼儀正しいと染野森のオジサマが言っておりましたが、彼を信用したのが間違いでしたわ。
×××
桜も散り果てた4月。出会いの季節、春。
卒業生を送り出し、新入生を迎え入れる十津那学園。「より多くの種族、多くの人交じり合うため」という校訓に沿って、毎年クラス替えのある十津那学園においては、初々しい新入生たちよりも在校生たちの方が、幾分かそわそわとして落ち着きない。憧れのあの子と同じクラスになれるだろうか、親しい友人と離れ離れにならないだろうか、などなど。既存の友好関係があるためである。
十津那学園の始業式は入学式の二日前に執り行われる。今日は入学式の二日前、つまり始業式の日である。始業式が入学式の二日前に行われるのは、新入生を迎え入れる前に既学生たちの心構えをつくるためだと言われているが、事実無根である。
建前と形式悪のみで形成されている始業式について語るべきことはない。語るべきはその後、新しいクラスになって初めてクラスメイト達が一同に会すLHR、通称ホームルームである。学活って言うトコもあるよね?小学生までなのかな?格好を付けたがるのは、高校生達の性だろうか。横文字がカッコイイと思うセンスは小学生のようでもある。
ためになることなどあり得ない始業式が終われば、在校生たちはそれぞれ割り振られたクラスへと征く。
二人しかいない1年H組の教室で、教室の窓際一番後ろの主人公席に座る一つの影がある。窓から外の陽気を見下ろしながら、LHRの開始を迎えようとしている女生徒は、名を日向向日葵という。白色のきめ細かい肌も、今日は少し張り合いがない。いつもなら流れる宝石のような艶を携えている髪も、どこか曇っている。心機一転の新学期のは少々不釣合いな佇まいだ。
向日葵の隣に座っているもう一人の人物は、のぺー、だとか、ぬぺーといった形容詞の似あう男子生徒である。清潔感を感じる外見だが、抜けている。もうなにもかもが抜けている。魂さえ込められていないようである。春風が吹けば、そのまま吹き飛ばされていしまいそうだ。幸い、今は風が凪いでいるので、そういった心配は無用である。
<<<キーン、コーン、カーン、コーン>>>
LHRの始まりを告げるチャイムが鳴る。しかし、一向に他のクラスメイトたちはやって来ない。疑問に思った男子生徒が、声を発する。
「初めまして、向日葵さん。僕は朽葉っていいます。一応、人間です。それにしてもみんな遅い、ね。教室、間違えているのかな」
朽葉少年の声は、外見通り、のぺー、というか、ぬぺー、といった質だった。期待を裏切らない男である。朽葉少年は空気のように存在感のない人物なので、話しかけられた向日葵はいきなりの声に少し驚いている。
「ご丁寧に、どうも。わたくし、日向向日葵と申します。種族は、、、」
「知ってるよ、向日葵さんは鬼なんでしょ?可愛い角が生えてるし」
「吸、血、鬼、ですわ。それに、異世界には鬼以外にも角が生えている種族も少なくありません。偏った知識だけで物を語るのはあまり関心いたしませんわ」
<こちら側>の人々が『吸血鬼』という言葉を前にすると、一歩引き下がるということを向日葵は知っていた。知っていて、さらに怒気を含ませ声を発した。彼女は、兎角、偏見の嫌いな人物である。決め付けで話し掛けたような朽葉少年の言は、彼女の逆鱗に抵触した。付き合いきれない、と向日葵は感じたのだ。
「鬼って言ったのは、君のこと知っていたからなんです。でも、気に障ったみたいですね。ごめんなさい、向日葵さん」
朽葉少年は誰が見ても落胆している様子になった。外見自体は整っているため、ぬぺー、という効果音の代わりに、落胆が浮かべば、なるほど母性本能を擽るような人物となる。子犬のような胡桃色の前髪が、顔へと掛かり影を作った。
向日葵は外見に釣られるような女学生ではないが、初対面の相手に謂れのない暴言まがいの言葉を吐いてしまったことから心が痛み、彼へと向き直った。この少年は、少なくとも見定めるくらいの価値はある人物であると評したわけである。
「わたくしこそ、初対面の方にいきなり皮肉を言ったことをお詫びしますわ。ごめんなさい」
「向日葵さんが謝ること、ないよ。だけど、機嫌が直ったのなら、嬉しい。これから一年、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。えーっと、朽葉君?」
「くるみ、でいいですよ。朽葉胡桃がフルネームなんだ。親しい人は、大体そう呼ぶ」
「分かりましたわ、胡桃君。では、わたしくしのことは、向日葵とお呼びくださ…って初めからそう呼んでいましたわね。あまりに空気感のない喋り方と声でしたから、全く気になりませんでしたわ」
「君を呼ぶなら、向日葵以外に考えられなかったから。図々しいかも、って考えたんだけど」
「いえ、長く他人から向日葵と呼ばれなかったものですから、少し新鮮で嬉しいくらいですわ」
向日葵が言って、今日はじめての暖かな春風が吹いた。
「そっか。それなら、いいんだ」
二人っきりの教室で、このようにして二人は、出会った。事実は少し違う。正しくは再会であるのだが、この場でそれを知るのは朽葉のみである。
<<<ピン、ポン、パン、ポーン>>>
<<<2年H組、朽葉胡桃、日向向日葵、LHRが始まっています。至急、教室へと戻りなさい>>>
朽葉と日向。両名ともに、1年生の教室へと紛れ込むという大ボケをかましていたようである。朽葉はともかく、日向がミスをするとは珍しい。春の陽気の仕業である。だって春ですよ。そういうこともありますよ。みなまじゃ言えない季節ですよ。
×××
朽葉色の回想
1年生の夏の頃だった。毎日のように大合唱を奏でるセミたちが、嫌に静かな日和だったのを覚えている。その日、僕は死にかけていた。どうして死にかけたのか、詳しくは知らない。ただ、僕は死の淵に瀕していた。異世界では、死は少女の形をしているという。少しだけ期待したけれど、僕達の世界はやっぱり違う。死は、絶対的なまでに死で、それ以外でない。
医者はもう助からないと言った。母親は泣いていた。父は無言だったけれど、険しい顔をしている。妹は、さっき部屋から出ていった。体中に包帯を巻いて、人間でなくなったかのような姿の僕を、見ていられなかったのだろう。僕は死にかけのくせに、意識だけははっきりとしていたから、家族の状態がはっきりを分かった。絶望は無かった。「まぁ、そうだろうな」と納得するばかりだった。情けないと思うかもしれないが、こういうことは分かってしまうものだ。どのような人物でも、引き際ぐらいは心得ているものだから。しかし、意識だけは残っていて嬉しかった。未練がましいのも、また人間。心配する両親に見守れて逝けるというのは、とても幸福なことだと思ったからだ。
病院に染野森の叔父さんがやって来た。小さなころからお世話になっている人だったから、最後に会えて嬉しかった。年中忙しいと走り回っているくせに、こういうときは必ず駆けつけてくれるから、憎たらしい。叔父さんが医者と話しをしていた。難しい話で、僕には上手に理解出来なかった。
「はい、そのようです。きっと・・・・の仕業です。症状から見て間違いあり…せん。異…界の・・・・・が・・・」
「気にせんでいい。この件、私の預けてくれんか。胡桃を治すための・・・・を連れて・・・た。こいつならきっと・・・」
叔父さんに連れられてきたのは、僕と同い年くらいの、一本角の異世界人だった。同じ学校へと通っている娘だ。確か、名を日向向日葵という。ちらほら、名と顔を聞く機会があった。「なぜ彼女がここに?」と思った。後で聞いた話だと、染野森の叔父さんの知り合いの娘だという。よくよく謎な友好関係の叔父である。
染野森の叔父さんに連れてこられた彼女が、憂鬱と共に医者に自己紹介をして、自分の能力について話していたことを覚えている。
そして彼女は、億劫そうに、僕の首元に噛み付いた。
×××
向日葵色の憂鬱
憂鬱ですわ。ええ、そうなのです。今、とても憂鬱ですの。
2ヶ月前の始業式、一人の男の子と出会いました。朽葉胡桃といふ名の少年です。薄い朽葉色の髪の毛をした、物腰の柔らかい人物でしたわ。ひまわり、とわたくしの名を素直に呼んでくれた、数少ないニホン人でした。纏う空気が染野森のオジサマに少し似ている気がしますわね。だから、という訳でも無いのですけれど、わたくし彼とお友達になりましたの。お昼にお食事を共にしたり、互いに勉強を教え合うくらいの、ごく当たり前のお友達ですわ。
付き合いの内、気が付きましたわ。普段のぺーっと、そして、ぬぺーっとしている彼ですが、意外と気配りやさんですのよ。何も目に映していないような顔をしていますが、細かい所までよく見ているようです。こと気遣いについては、わたくし負けなしと思っていましたが、所詮井の中の蛙だったようですわね。増々の精進を誓いましたわ。
そんな彼ですが、わたくしが「胡桃」と呼ぶと、まるで犬みたいに嬉しそうにこちらに振り返りますの。ですが、彼に可愛いという表現は似合いませんね。のぺー、というか、ぬぺー、とし過ぎています。そこがまた可愛い、ですって?あなたの目は節穴ですわね。
「胡桃、よろしければ放課後、火乃先生のところへ一緒に課題を提出しに行きましょう?」
「僕も、提出に行こうと思っていたところなんだ」
「あら、そう。それは大変よろしいわ」
放課後、約束通り胡桃と共に課題を提出しに火乃先生の元へと行きましたわ。提出ついでに、火乃先生を交えて三人で軽いお話をした後、彼と一緒に下校しましたの。友達ですから、当然ですわね。下卑た勘ぐりを入れる輩も居るようですが、そのようなことありません。疚しいことなど一つとしてないですわ。彼のお家に招待されたこともなければ、彼をわたくしのお屋敷に招待したこともありません。まして、手を繋ぎ合ったり去り際に抱きあうことすらありません。彼とは友達として、いつも一緒に居るだけなのです。二度言います。疚しいことなど、ないのです。
まったくもって、憂鬱ですわ。
- 言葉遣いが徹底しててキャラとなりが分かりやすいな。やっぱりラブコメと学校との相性はバツグン -- (名無しさん) 2013-04-12 22:47:44
- 空気の様に向日葵の側にいる胡桃というのは噛まれた繋がりなのか二人して教室を間違えるほどの運命的な偶然なのかが気になりました。二人の始まりからこの先どうなるか楽しみですね -- (名無しさん) 2013-08-01 20:35:25
- まるで本当に向日葵が追想と日常の中で思いを吐露している素晴らしい。最後の「憂鬱ですわ。」の向こう側の向日葵の表情は微笑だと思った -- (名無しさん) 2014-01-31 23:24:29
- 変化の度合いがとってもわむ -- (名無しさん) 2014-05-03 02:14:17
- 異種族が気になって気になって目で追いかけるようになるっていいな -- (名無しさん) 2014-12-26 20:18:41
最終更新:2013年04月12日 22:44