【奥山さんと僕 煎の章】

思えば、当時の世界はどこか閉塞感があり鬱屈したものがあった。
20世紀の半ばに、アルバートが見つけてしまった呪いによって
人類はけして光より早く飛ぶ事が許されなかったし、
宇宙開発は過熱ぎみな時代を終え、スペースシャトルですら落ち、月で暮らす事すら夢物語となったのだ。
のちに地球側11門管理人の一人となるゴドルフィン卿は、
「人類が光の速度を超え、この深遠なる宇宙の果てまで、
 別世界まで探検の足を伸ばせるのならば、私は神にも悪魔にも魂を売ろう。出来ればYENで」
という名言を残している程だ。

そんな矢先、90年代に入った途端に歴史的大事件が起こる。
言うまでもなく、<向こう側>とを繋ぐ11門の開門である。
1991年1月16日。大ゲートオープン。
人類はアルバートの呪いを解く事なく、異世界へのチケットを手に入れたのだ。
開門当初は世界中で悲劇、喜劇のたぐいが続いた。
特に打撃を受けたのは合衆国である。
北米でのゲート開放日にそこから出現したのは、他国のそれとはまったく異質の、
それどころか、<向こう側>においても極めて異質の存在であったのだ。
ドラゴンである。

後の記録でISE‐01として記されているその『巨大生物』は、
全長およそ10km、影響範囲は実に400kmにも達したという。
ゲートから出現して一度太平洋へと飛行進路を取り、
合衆国海軍の誇る原子力空母を易々と轟沈させ、護衛艦隊も壊滅させている。
直後、飽きたとでも言わんばかりに門へと戻り、<向こう側>へと飛び去ったという。
合衆国が開門から二十余年を過ぎてなお、世界で唯一<向こう側>に
懐疑的な姿勢を崩さないのは、こうした事情もあるのである。
今も北米ゲートは、ゲートのみを狙撃できるよう主砲位置を固定された戦艦によって監視され続けている。
なお、当時の合衆国は酷く混乱をきたしていたのと、これらの状況を
自然災害で片付けて隠蔽しようとした影響もあってか、無数の都市伝説を生んだ。
日本のヒロシマで、巨人もドラゴンも撃破したというのがその最たるものだが、
これは言うまでもなくプロ野球の話である。
そんな中、1991年後半より異世界に渡り見聞を重ねるブームが生まれ、
十一門全てを制覇した者を畏敬の念を込めて『門覇者』と呼ぶに至る。
93年の第1次ブーム終焉時には、日本人で10人目の覇者が誕生した。
彼らの語る<向こう側>の話は大衆の関心を誘い、ゲート周辺の各地で、
交流を深めるための施設建造のムーブメントが起こるに至るのである。

「で、その記念すべき日本人10番目の覇者が私だったと言うワケなのよ。
 ちょっと子供が心配だったけど、みんな良く育ってくれたわ。
 その時にもう産まれていたのが勇人と勇矢でしょ。
 で、<向こう側>で仕込んで、勇陣に、勇旗ときて、勇馬を産んだのよね」
どこまで本当なのやら極めてアヤしい昔話を延々としつつも、
謎の豪快主婦こと僕の母親、犬塚愛は笑いながら本日5枚目の煎餅に手を伸ばす。
十津那高校剣道部の冬合宿を終えて、帰ってきてみたらこのノリだ。
僕、犬塚勇馬は母の異様にウキウキとした様子を、なかば呆れながら眺めていた。
少々大家族であるからか、ウチの居間はゆとりを持って作られている。
なので、同じく剣道部の川津と浮田、それと何故かついてきてしまったオーク娘の奥山さんに、
川津と一緒によく下校しているミズハミシマ移民の蛇人の蛇神さんが居間に揃っていた。
「それでミズハミシマにはどうでしたか?」
奥山さんが本日10枚目となる煎餅に手を伸ばし、パリパリと食べ始める。
一口サイズの薄焼き煎餅とは言え、食べるペースが早い。
「キレイな所よね。
 何て言うのかしらね。竜宮城?ん〜、もっとキレイだったわねぇ
 食べ物は大延の方が良かったかもしれないわね。
 そうだ!あのフラフラ長男を大延にでも修行に出せばいいんじゃないかしら?
 修行とか言って店を変えてはすぐトラブルに巻き込まれて料理勝負とかして、
 そんな不真面目な態度なら、いっそ<向こう側>で勉強すべきよね」
母親に好き勝手に人生の行く末を決まられている勇人兄も不憫なものだ。
それより、こんな話を延々と聞かされて、皆に申し訳無いな。
「あの、さ。ちょっと狭いんだけど、僕の部屋に行かないか?」
「あら、ちょっともう行っちゃうの?
 私もうちょっと奥山ちゃんとお話したいんだけど〜」

「お前の部屋、糞殺風景だな」
川津が言うが、自分でもそう思う。
「整頓されたお部屋ですね。川津君の部屋とは大違い」
蛇神さんが笑みを浮かべながら感想を述べた。
川津から聞いたところによれば、ゲート研究者として早くからこの地に来ていた川津家のすぐ隣の家に、
中学1年生の頃から留学生として下宿をしているのだという。
来た当初は『鱗がある』『首が伸びる』というだけで随分と人間に虐められていたようだが、
そのたびに川津が追い払っているうちに異常に懐かれたのだとか。
ただ、さすがに首を全開に伸ばして巻き付かれて顔を覗き込まれるのはちょっと怖い、とは同じく川津の話ではあるが。
艶のある黒髪と、牛乳瓶の底のような分厚いメガネが真面目な印象をもたせる。
事実、彼女は極めて真面目で大人しい性格をしている、と少なくとも僕は思っている。
加えて天才剣士の川津といつも一緒ときた。
<向こう側>の人を相手の無差別剣道になら、僕の無茶苦茶な剣筋でも太刀打ちできる。
けれども、人間相手のマトモな剣道なら、川津に勝てる気がしない。
リア充死ね、と何度思ったことか。

「しっかし、冷静に考えるとリア充死ねとしか言えないねホント」
浮田が浮かれた口調でそう言った。
「まったくだな。無差別部門の大将にして、『門覇者』の父母持ち。
 しかも自分の部屋が20畳だ?広すぎだろ。そりゃ殺風景にもなる」
川津はやや呆れた拍子で言った。
「お前らだって3年生を押しのけて、人間の部の団体メンバーじゃないか。
 死ねまで言われる筋合いじゃないぞ」
秋の終わりの選抜戦を皮切りに、合宿中に実施された複数回の剣道部内選抜戦。
僕は日本最強とまで言われた鮫人の王仁主将に競り勝ち、見事大将に。
川津は人間の部の先鋒、浮田は団体控えの座を射止めたのである。
今日集まっているのは、それのささやかな慰労会もかねているのだ。
「そんで犬塚はさ、ぶっちゃけ奥山ちゃんとどこまでいっちゃったの?」
浮田がニヤニヤしながら尋ねた。
川津と蛇神さんはその一言で表情をしかめた。当然だろう。
「すいぞくかんにいきましたよ?にちようびです」
奥山さんは質問の意図が読めていないようで、素でそう答えた。
手には、先ほど居間に置いてあった煎餅の入ったバスケットを持っている。
「ああ、瀬戸内ウルトラマリン水族館ね。
 確かにあそこはいいデートスポットだな・・・
 って、アタシが教えたんじゃないかー!」
浮田のノリツッコミ的な怒号が、20畳の部屋にこだました。

「慰労会にジュースだけってのも味気ないな。酒でも持ち込むか?」
何気なく川津がつぶやいた。
「いや、法律は守ろうぜよ。未成年は禁酒禁煙!まだまだ子供なのよね」
浮田が反論しているが、ニンゲン向けの法律を<向こう側>からの人たちに
どう適用するかは、まだ議論の決着がついていない分野でもある。
何にせよ、僕も川津も浮田も法律で飲めないが。
「こどもですが、おかあさんはわたしとおなじとしで、こどもをうみましたです」
「私のお母様も15歳で私を産んだと聞いています。
 もしかしたら、そういうところも<地球側>と<私たち>では違うかもしれませんね」
奥山さんと蛇神さんが「そんなもんだよね」といった風にミズハミシマの言葉で話し始めた。
対象外言語か方言なのか、翻訳の加護が上手く働いていない。
『私たちヤーマン氏族は早婚かもしれません。
 だいたい15歳と聞きますので。
 私も実家にいたならば、もしかしたらもうお嫁に行っていたかも。
 族長である父からは「いっそ婿殿を連れてくるくらいでも良い」と言われています。
 先んじて行動したがるのは、種族の良い面とは思いますけど。
 なかなか難しいですよね・・・そんな簡単に良い人なんて見つかりません』
『まーたまたー!勇馬くんがいるじゃないコノコノー!
 でも実際難しいよね。
 ママは気楽に「惚れた男の赤ん坊の一人や二人孕んできな」なんて言うけどさぁ
 あ、ママっていうのは下宿先でお世話になってる人の事ね。
 それはそうと、水族館は実際のところどうだった?
 アタシ今度の休みにテンちゃんと行こうかなって思ったんだけど』
「ちょっとー・・・さっきから二人だけで盛り上がんないでよ。
 何の話してんのさ?コイバナ?なんでアタシを抜かすかな」
浮田のクレームで、奥山さんと蛇神さんの会話は中断された。

「でさ、明日から普通に冬休みじゃん。
 各自でバイトしてお金貯めてさ、旅行に行こうよ。ね?ね?」
話題が2転3転するうちに、どうも旅行に行くことになったらしい。
大会が近いのに何を言っているのやら。
「奥山ちゃんと蛇神さんのバイトはアタシが一緒に探すからさ。
 男2人は自分で探しなさい。はい決まり」
確か<向こう側>の人たちは、生活エリアが限定されているからアルバイトを探すのも大変そうだ。
などと思いつつも、浮田の能天気なプランに魅力を感じてもいた。
問題は、そう都合良くバイトが見つかるかどうかだけの話だ。


  • 冒頭の怪獣映画の雰囲気と開門からの時代推移や設定に説得力がありました。まさかの人の息子だったというのは驚きました。しかし誰と誰とであっても友達と一緒に部屋の中でわいわいというのは和みます -- (名無しさん) 2013-08-10 19:55:02
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最終更新:2018年12月24日 00:49