私はアフリカ探検隊の一員であり、ここはザイール奥地の密林のはずだった。
しかしいつのまにかに密林は消え失せている。熱気は去り肌寒い。
幻覚でも見てるのだろうかと自分を疑ったが、意識は明朗。とりあえず、私は散策を始めた。
そしていくばくも経たない内に納屋を発見する。
人がいるという一瞬の安堵、しかしすぐに奇怪さへの恐怖が私を襲った。
この辺りに─ここがザイールの奥地と地続きだとすれば─人は住んでいないはずだ。
怯えを持ち、だが私は納屋へと近いていく。
恐怖よりも人工物に頼る心と好奇とに天秤が傾いたのだ。
ザイールという魔境への探検隊に参加した時点より、私の天秤はそういうものだった。
近づき見てみると納屋はどこか奇妙なものだった。
アフリカ原住民の創造物は我々西洋人には思いもよらぬ物であるのは知っている。
だがこれはそんな生易しいものでは──恐ろしい妄想が脳裏をよぎった。しかし所詮妄想だと振り払う。
急き立てられるかのように納屋の戸を開け放ち、ランタンで照らす。
そこには奇々怪々な品物が数多く。
ああ、私は驚愕に倒れそうに、しかし、沸き上がる使命感に体を立て直した。
私たちは科学の灯火によりあまねく闇をはらわなければならないのだ。
私は紙とペンとを取出し、スケッチに勤めた。
まず目に入ったのは壁に掛けられた一枚布だ。一見してまがまがしさと美しさに声を奪われた。
原色をふんだんに、色鮮やかであり、精緻なとあるパターンで布はうめつくされていた。
その文様には私の、いや、私達の誰もが知りようがない哲学が息づいていた。
調査はさらに続く。
私は様々なものをスケッチし、余白に所感と推察を付け加えた。
用途のまるでわからぬものも多かったが、一見して明らかなものもまたあった。
その多くは鍬や斧などの農具である。
刃に鉄が使われており、しかも驚くほどに高い製鉄技術─アフリカにも関わらず西洋を凌駕するほどのもの!─を確認できた。
しかし、真に奇妙で驚嘆すべきことは別にあった。
そのどれもが小さすぎるのだ!
使用者の予想される大きさは3フィート。まるで子供だ。
困惑する私に不可思議な歌声が届いた。私は慌ててランタンの火を隠す。
聞いたこともない言語。犬の唸りの混じるような、形容しがたい、人には到底だせないような歌声。
笛か何かに違いない、そう自分に言い聞かせ精神の安定を図る。
邪悪な音楽はまだ遠く、辺りは暗い。
私は恐る恐る戸を開き、身を低く移動し始めた。
そのまま悪魔めいた音楽に背を向け逃げ出していたらいいものを、
私はつい好奇に負け振り向いてしまった─この選択を私は生涯にわたり後悔し続けることになる。
それは地獄そのもの現出。悪魔の催す祭典。
火、または光そのもの、あるいは闇が、狂おしく理解不可能に動きまわる。
そして名状しがたい灯りによって伸びた影は、並ぶ悪魔の姿を明らかにさせる。
半人半馬の怪物に人狼どもだ!
私はこらえきれずに絶叫し、いずこかへ駆け出した。
どこへ走ったのか、どれだけ走ったのかは分からない。
しかし、いつしか、懐かしき熱気と心配そうな仲間たちの視線が、倒れた私を包んでいた。
私は単なる疲労のせいだと誤魔化し、ついぞ仲間に事実を語らなかった。
あのような狂気じみた、悪夢めいた出来事は余人に漏らすべきではないからだ。
そう、まさに悪夢のようだった。しかし夢ではない。
大量のスケッチたちが夢であることを否定する。
加えて、服やリュックに僅かに残された証拠品、ザイールではあり得ない植物や獣毛─知人の研究者によると─。
異教の神々、古老の伝える昔話、バカげた迷信、恐るべき妄想が私の頭を駆け巡る。
エジプトの壁画の獣面持つ神々、古いギリシア人が語った伝説、墓場につきものの幻想、暗い森の怪物。
苔むしカビ生え朽ちたとばかり思いこんでいた奴らは、暗黒大陸に生きていた。
我らが聖天に焼き尽くせない邪悪は、我らが叡知に駆逐できない邪悪は、存在していたのだ。
私達は立ち入るべきではなかった、探るべきではない秘密だった。
ああ、私の半生が単なる悪夢であることを、私が単に発狂しているだけのことを祈る。
- ザイールで人狼ということで思わずどこかの大魔境が脳裏をよぎりました。今までもこうやって誰にも知られず異世界に渡った人はいると思うのですがそれから彼らがどうなったのかを思うと複雑ですね。しかしひょっとするとそこは異世界ではなく地球上で異種族が住んでいる場所だという可能性も? -- (名無しさん) 2013-10-06 18:14:17
- やっぱりバウワンコ思い出しちゃうなー。イストモスの火祭りに遭遇した? -- (名無しさん) 2013-11-19 00:25:44
- 大ゲートが開いてからのコンゴゲート周辺の経過はどうだったんだろう。人がそんなにいばい場所なだけに -- (名無しさん) 2017-03-18 07:06:47
- 先入観や異世界異種族という概念の薄い人の思考というような感じで微笑ましい。場所によっては人間と遭遇する前に異種族が地球にやってくる可能性もあったのね -- (名無しさん) 2018-01-07 09:34:26
最終更新:2013年10月06日 18:05