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【その風斯く語りけり】

大延国のとある街のとある街角、どこからともなくその声は聞こえてくる。

大延国皇帝クウリには男女合わせて40人もの子供たちがいる
これをもってクウリを好色皇などと呼ぶ愚かな輩もいるが長き延の歴代皇帝の中には200人を超える子を成した者もおり、また統計的に見ても平均よりやや多い程度でその評価には当たらないとする学者が圧倒的多数である。
そもそも歴代の延国皇帝が多くの子を成すのにはそれなりの理由がある、決して色欲に溺れた結果などという情けない話ではない
そのことについては後ほどしっかりと説明するとして、まずは宮中の仕組みについて少し説明しておこう
大都の北に位置する皇帝の御座所、その中でも許された一部の者以外立ち入ることの許されぬ皇帝の生活の場である離宮、そのさらに奥には皇帝の人霊合わせた多くの妻たちが暮らす女人の宮と女霊の宮と呼ばれる二つの宮からなる後宮がある

延国の代々の皇帝はこの後宮の主となる慣わしがあり、女人の宮には延各地の有力者の娘や特別な理由によって選ばれた女性が皇帝と交わり子を成すことを目的として暮らし、対して女霊の宮には歴代皇帝が苦心砕身して契った多くの精霊たちが皇帝とその子を見守り戯れることを目的として暮らしている。
この二つの宮の存在によって延という国は支えられていると言っても過言ではないというのが延国知識人の一貫した共通認識と言っていいだろう。
ではこの後宮がいかにして形作られ、その存在がどうして延国にとって重要な存在なのか、そのことについて少し歴史を紐解いて語ることにしよう
かつては四方を蛮族怪異の脅威に晒され、それを防ぐことも青息吐息であった一介の小国が、いかにして今日の大国になったかといえば、それは延国皇帝の揺ぎ無い威厳と武力によるものが大きい

遥か昔、神呼びの宴で流離う獣神金羅をこの地に留まると契らせ後に延国初代皇帝となった男リホウは類稀な精霊と人の心をつかむ術を心得た流浪の歌人であった
彼の周りには常に彼の歌に心奪われた無数の精霊が集っていたと言われ、その多くは今も女霊の宮に住み彼の子孫たちに力を貸し与えている
神と数多の精霊両方と契ったことで強大な力を得た皇帝により、多くの脅威に晒されていた延は次第に安定し、やがては大国となる基礎を築けるまでに至った。
こうして延は金羅の加護を受け、精霊の信任を得る皇帝という存在を柱とする政の形を継承することが国是となり、そのためにはいかに初代皇帝の血統を絶やさず、またさらなる優れた血とするかが重大な関心事となった。
結果考え出されたのが、皇帝は出来る限り多くの素養ある女人との間に多くの子を作り、その中からより多くの精霊の信任を得た者を次代の皇帝とするというもの
延国の繁栄のためには皇帝はより多く霊的に優れた子を成すことが求められたわけだ
さて、先ほど後宮の説明で女人の宮には特別な理由で選ばれた女性がいると説明したが、その特別な理由とは女霊の宮に暮らす精霊に自分に代わって皇帝と交わり子を成してほしいと望まれ、それを承諾した女性たちのことを指す
皇帝を愛しながらも子を成すことができない精霊は、その慰めとして自分が気に入った者に自分の代わりに子を産んでほしいと望むことがある
こうして精霊に選ばれた女性はかなりの確立で精霊と相性の良い素質を持った子を成すことが長い歴史の中でわかっている
こうした長年のたゆまぬ様々な者達の働きと、何より皇帝その人の努力によって後宮は今日に至り、次代の優れた御世継ぎが御生誕し末永く延国の繁栄は約束されるというわけだ
よって先程も述べたように延国皇帝にとって子作りとは延という国体の維持にとって必要不可欠不可分な国事行事であり、その事に触れて色欲に溺れたなどとぬかす不埒者は即刻捕えて斬首にすべきと私は考えるわけだ

さて、ざっとかいつまんで説明したところで今度は延の歴代皇帝について話をしようか
延の皇帝は皇祖リホウから数えて100代以上にもなるがその全てを語るために、朝鳴き鳥が鳴き出すよりも早くから起きて夕食の匂いに腹の虫が大合唱するのも我慢して語ったとしても1年以上はかかるだろう
もちろんそんなことをするほど私は暇を持て余しているわけでもないし、そんなことを語ってやる義理も恩義もないわけだからここは私の独断と偏見において幾人かの歴代皇帝について話をしよう

さて、それでは最初は誰にすべきかと考えて私が真っ先に頭に浮かぶのはいつも決まっている
私と浅からぬ縁のある皇帝から語り始めるとしよう
第36代皇帝であり白王を冠したリメイは稀な女帝であった。
リメイの終生の助言者となった宮中学者オウショウの手記「宮中散事」の中には「若いころの陛下は常に腹を膨らませながらも溌剌と王の務めをこなし、また子達と戯れた」などという記述がよく出てくる。
リメイは50歳で没するまでの生涯に20人の子を成したと記録され、15歳で帝位に就いてからの20年間は毎年のように懐妊し常に乳と腹が張っていたと記録されている
晩年は多産から体を壊し床に伏せることとなったが彼女の子達は皆よく出来ており、よく彼女を労わり支え、結果として彼女は幸せそうな笑顔を浮かべて息を引き取ったとされる。
歴代皇帝の中にはリメイの他にも女帝は何人もいるが、リメイほど多くの子を成した女帝は他におらず、また彼女の子達は次の皇帝となる第三子リキュウを筆頭として、この時代の延の文化的経済的な発展に大きく寄与したことから理想の母親像として尊敬され、また彼女の遺骸が安置された廟は子宝の加護があるとして今も多くの参拝者が後を絶たない
私の母もそれまで子宝に恵まれずこの廟を訪れたところたちどころに懐妊し、そして私がこの世に生を受けたわけである。

さて、リメイは素晴らしい女帝であったが彼女の間逆のような女帝もまた長い延国皇帝史には残念ながら存在する。
第12代皇帝シャオは延を崩壊寸前にまで追いやった愚かな皇帝とする国史学者の評価の多い女帝である。
シャオは20歳で12代皇帝として即位し延史史上初めて帝位に就いた女性である。
しかし、帝位に就いてからの彼女は、次々にそれまでの過去の皇帝達の苦労と成果によって整えられた規律を廃止したり作り変えたりしはじめる。
その最たるものが二つの宮の廃止であり、それはすなわち皇帝の最大の国事行為である子作りの否定に他ならなかった。
あろうことかシャオは延国皇帝の最大の務めである世継ぎを成すという行為を否定してしまったのだ。
子作りも皇帝としての職務も放棄し、昼夜を問わず最愛の火精シュクユと淫蕩に耽る毎日
皇帝の威厳と権威の失墜により延の規律と風紀は大きく乱れ、折も重なり南方からは蛮族の襲撃が苛烈となり延は経済的軍事的に窮地に追い込まれることとなる。
この窮地を救うこととなったのはシャオの腹違いの兄であり皇帝指名においてシャオに惜しくも敗れる結果となり南方において軍を率い将として戦っていたロハンであった。
彼は妹の堕落をこのまま見過ごせば延の未来は無いと悟り、自らの軍を率いて大都へと向かうとそのまま離宮を占拠し、皇帝であるシャオに罷免状を突きつけたのだ。
延の長い歴史を紐解いても極めて稀なこの罷免状とは、延の守護神たる獣神金羅に嘆願し、その理解を得ることで成立する世にも稀なる物であり、これを突きつけられた皇帝は突きつけし者と一騎打ちをし、敗れれば延国皇帝の権威は失われ、勝てば再びその地位は揺ぎ無いものと認められるというものである。
そして、結果から言えばこの一騎打ちによってシャオはロハンに破れ皇帝としての地位を失い、勝ったロハンは仮の皇帝として乱れた延を正し、後に正当なる第13代皇帝となった後も南方討伐に尽力し延の安定と拡大に寄与し15人の子を成し65歳で没したと伝えられる
一方、一騎打ちで敗れた後のシャオの行方は定かではなく、延を追放された、延を騒がせた罪人として処断されたなど諸説あるが、そのいずれも明確な証拠を有するものではない
歴史的に見れば暗君という評価を下す者も多いシャオであるが、不器用に一途な愛を貫いた女性という側面から延劇の題材として今も根強い人気を誇る
しかし、彼女という存在が後に23代にも渡って女性皇帝の即位に暗い影を落とし妨げたという意味では私は擁護できない悪であると考える。

さて、それではここでちょと風変わりだが、しかし延の者なら誰でもその偉業を知らぬ者は居ないという皇帝の話をしよう。
第45代皇帝であり玄王を冠したコウヒは本当に風変わりな皇帝であった。
彼はそもそも次期皇帝指名にも名前が上がることもなく普通であればそのまま誰の記憶にも歴史書にも名前が残ることなく無明の闇の中に溶けて消えるそんな運命であってもおかしくないような者だったと私は不敬を承知の上で考える
しかし、彼は南蛮の暴虐吹き荒れる時代に突然その名前を現し、南方の果てに神の御業のごとき長大な壁を築いて混沌とした時代に安定をもたらした。
その業績から彼は玄王の名を冠すこととなり、やがて次期皇帝指名にも名が上がることとなるわけだが、いかに玄王の名を冠す者と言っても次期皇帝を誰にするかを決めるのは後宮の精霊達である。
しかし、ここでそれまで誰も予想だにしていなかったことが起った。
後宮の闇の精霊達が揃ってコウヒを推挙したのだ
後宮の精霊達の中で最も支持を得ることが難しいとされる闇の精霊達、その全てが揃ってコウヒを支持したことで次期皇帝指名の争いは彼が皇帝となることで終局することになる
しかし、この結末は後に生きる歴史家である我々としてはむしろ当然の結果とさえ思える
なぜならコウヒの出生はまさに次期皇帝となるためにあつらえられたようなものだからだ。
コウヒの母は名をコウユウと言い、後宮の闇の精霊の中でも最も力ある者として知られるコクキに強く望まれ後宮に入った娘であった。
後宮に入ってしばらく後にコウユウは先代皇帝と交わりコウヒを身篭り産むこととなるが、身体の弱かったコウユウはコウヒを産んですぐに命を落としてしまう
母亡き後のコウヒは本来であれば後宮で働く女官が乳母となり育てられるはずだったが、コウヒはすぐさまコクキをはじめとする闇の精霊達によって連れ出され彼らが暮らす後宮の奥深くで彼らの手によって育てられることになる
闇の精霊達によって育てられたコウヒは極度に物静かに育つこととなり、世間的には彼はどの精霊からも後見を受けてないとされたが、その実はコクキをはじめとした全ての闇の精霊から過保護なまでの庇護を受けて育っていたのである。
皇帝となったコウヒは延の政は腹違いの二人の兄妹に任せ、自身は異国の書物の翻訳や学術書の編纂に没頭し延学術の中興の祖となったことはあまり知られていない
また彼はその生涯にたった一人のとても明るい性格のセイレンという女性とだけ交わり7人の子を成したが、その全ては彼とは似ても似つかない快活で豪胆に育ったのはまったく不思議としか言いようのないことである。

さて、それでは今度はこの皇帝の話をしようか

とあるキッカケで出会った風鬼の話はまだまだ続くようだが続きはまた別の機会にすることにしよう


  • 女帝や愚皇含めて初代皇帝からの系譜が勢いだけじゃなくしっかり練られているのには驚くばかり。 ただ余りにも精霊と多く深く結びつき、ともすれば精霊が人より上位であるかの様な事例も感じられる大延国は、人主体で精霊は使役するべき存在と捉える者からすれば異端と思えてしまうかも? -- (名無しさん) 2013-07-23 20:10:05
  • 大延国で皇帝ともなるとやっぱりスケールが違いますね。力や資質や精霊などと太平の世でありながらも常人には入ることも厳しい世界があるという説得力がありました -- (名無しさん) 2013-12-01 17:16:48
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最終更新:2013年07月23日 20:05