「キャハハ! ハニートラップにモロハマリとかチョーウケるんですけど!」
蜘蛛人であるコヨリ・コモリは鋏角で蟻人の腕を解体しながら、器用に腹部を震わせながら大きく笑った。
コヨリの棲家は
マセ・バズークの岩場に跨る地下トンネルである。周囲は集めて繁殖させたヒカリコケが密植し、一定の明るさで室内を照らしている。
このコケは手入れが大変でなのだが、
「ガーデニングとかイケてない? デキるオンナぽくね?」
という理由で生来不精なコヨリが懇切丁寧に育てている。本人は気がついてないが、意外に植物への愛情は深い方である。
そんなコヨリもひとたび本能に従えば、情け容赦無い無類の狩人である。孤立した蟻人や蜂人を積極的に捕獲し、巣に持ち帰ると直ぐ様、自分の演算領域に直結して貪欲に情報を漁る。
ヒカリゴケに照らされる比較的新しい蟲人たちや、今はコケに埋もれて輪郭しか見えない犠牲者も溢れている。
食い散らかされた食物とその殻、まとまりのなりコヨリの糸や乱雑に積み上がる犠牲者たちで足の踏み場もない。コヨリはピンセットのような足で動き回るので問題ないが、慣れぬ個体が紛れ込めばたちまち足を引っ掛けるだろう。
どこか地球の引きこもりや片付けられない人の部屋を連想させるような住居だ。
しかし、侮っては行けない。
この住居は彼女なりに最適化された空間だ。
さきほどハニートラップに引っかかった情報侵入者は、壁に並ぶ一つの蟻人を乗っ取ろうとしていた。
その蟻人は脛節から先が全て無く、既に乗っ取られた後ろ足が不気味に振動して転節もグリグリと回っている。
乗っ取りを行う場合、自然防壁のある頭部から攻めるのはリスキーである。なのでまずは神経節(ノード)から攻めるのが上策だ。神経節(ノード)は身体の各所に点在し、基本的な動作を脳のかわりに制御し、時には考えるより早く状況に反射するための器官である。
よって乗っ取るのも容易く、防壁の何度もかなり低い。
しかしコヨリはその乗っ取り易さを「警報」として利用していた。乗っ取られた神経節が各部位に不自然な命令を下す。それがそのまま警報となるのだ。
「アタシってマジ、情報捕食のパイオニア? 乗っ取りコードからプロトコル貰いまくりじゃん!」
コヨリは情報の波に飲まれながらも、水を得た魚のように嬉々として大量のプロトコルに身を投じる。既に温まっている拡張領域たちが、コヨリの興奮に感応してギチギチと外骨格を軋ませる。
既に近くのコロニーの演算領域に深く潜り込んだコヨリは、各所のポートにダミーの侵入者を配置し、時には偽物の迎撃者まで用意して敵の演算に負荷をかける。
やがて深遠部にたどり着いたコヨリは、操る糸から手を離して激しく自らの胸を揉み下した。
「ああ……、ヤッバい。チョーキモチイイ」
コヨリは情報の渦に性的興奮を覚える。
蟻人たちなどとは違い、蓄積に満足や達成を感じない。肉体を捕食する事は命を飲み込む事であり、情報を飲み込む事は相手の種を飲み込む事である。
「ああぁん、出ちゃうぅ!」
糸を幾つも切断しながら、コヨリは身を振り乱した。
コヨリは激しく痙攣し、蟻人の演算領域に自らの情報を圧縮した『卵』を産み付ける。
「……誰か見つけて……。私の卵」
相手は誰でもいい。この圧縮された自分の「分身」に情報の波を浴びせる事に、この上ない性的興奮を覚える者ならば。
蟻人の深い演算領域にわざわざ潜り込み、情報の分身を放出する別個体がこのマセ・バズークにいるのかも知らないが……
コヨリは演算領域に卵を生む。
- 自由行動できることが健摂的になっている蟲人ってレアケースなんですかね?! -- (名無しさん) 2013-07-17 06:06:52
- ダークだけど何とも魅力的 -- (名無しさん) 2013-11-22 23:31:03
- 善悪を廃した利を求める衝突はマセバズークならではでしょうか。そうしたいからそうするという徹底ぶりが爽快 -- (名無しさん) 2013-12-07 18:07:02
最終更新:2013年01月01日 18:28