【待て、これは〔禁則事項です〕の罠だ!】

 ある日――
 蟻人のいくかのコロニーへ、地球のとある財団から贈り物が届いた。
 それは地球側の貨幣であった。
「これで地球の好きな物を買いなさい(意訳)」
 と、送り主からメッセージが添えられてた。

 これを重く見たアンティネア・コロニーの女王は、演算領域の一部を利用していくつかのシミュレートを行い、更に対応策を検討した。
 演算領域に放り込まれたデータが捏ねくり回され、以下の結果を弾き出す。
 贈り物の貯蓄が五。運用が二。追加交渉が二。そして最後に「これは罠である」とする「一」。

 単純多数決ならば、貯蓄が選ばれた事だろう。しかし、リスクを考慮するならばたった十%の意見を注視しなくてはいけない。
 さらにその結果を算出した演算領域は一つの特徴があった。
 すべて鹵獲した非生産型蟲人の外部演算領域から弾き出された結果である。つまり、コロニーの一室に手足をもぎられ押し込められた狩人たち……タニト・ゼルガと呼ばれる演算領域は、一斉に警告を発してきた。

 女王アンティネアを代表とするコロニーは、蟻人としては一般的な共同消費の社会形態を成している。 一部が集積し、一部が生産し、一部が貯蓄し、一部が管理する。そして全て消費する。
 こういった閉じた社会システムが、外部からの資本を受け入れて「はいそうですか」などと安易に共同消費の形を歪める訳がない。
 ましてアンティネアは、積極的に他演算領域を鹵獲して組み込む性質を持ち、騙し合いには長けては居ないが慣れている。
 蟻人の姿をしながら、演算領域の構築方式は蜘蛛人ではないかと疑われるほどだ。もしも視覚データなどにすれば、アンティネアの個人演算領域と蜘蛛人のそれは似ている事だろう。
 奇種ともいえるアンティネアは、この贈り物を無駄にせず、さらに利用する手を思いつく。

 それは……。



「あいよ。平野水にモ○ッコヨーグルで百万円」
 店主であるしわがれた老婆は簡単な計算を、大幅な桁数で間違えた。

 と、ナピエルコウスカ0481は理解したが、後ろに控えるナピエルコウスカ7777は真に受けて百万円を差し出そうとした。
「おやおや、本当に百万円出したのはアンタが二人目だよ。ひゃっひゃっひゃっ……」
 老婆は蟻人たちに丁寧に説明した。
 慣例的に日本の下町で雑菓子もしくは駄菓子を商う店主は、ひと桁を万単位として諧謔する。ナピエルコウスカ0481はそうデータを書き加えた。
 この慣例を共有したナピエルコウスカ・ナンバーたちは、近くにいる者から駄菓子屋に集まった。彼らは店主の数字を使ったジョークを体験すると、満足しながら実験として買った駄菓子を味わった。
 特に店主が百万という単位に軒並みならない思い入れを持っている……と、ナピエルコウスカ0481はデータを追加で書き加える。さらに数々の駄菓子を謀らずも購入した蟻人たちは、互いに少しずつ味見しながらそのデータも共有する。

 ある程度の平均化も終わり、今日も有益であったと満足しつつ蟻人たちは駄菓子屋を後にした。

「わあ、すっげー。でっけーアリだー」
 駄菓子屋に駆け込んできた小学生たちが、おっかなびっくり蟻人の隊列を後ろから眺めた。
「マジでこの店にくるんだ。後でもっと早くこようぜー」
 少年たちの声を背に、蟻人たちは乱れぬ隊列を披露しながら日本での仮住まいへ向かう。
 そこは纏めて借り上げたアパートである。
 大家は「こんなところでも借り手が居てよかった」と何故かむせび泣いたが、その理由を蟻人たちは理解出来ない。
 二百年前に刑場だったからなんだというのだろう? それが先日判明したから何が変わるというのか?
 彼らはまことに合理的である。

 帰宅すると特に何もしない留守番役が出迎えた。
 彼らと本日のデータを共有し、大雑把なバックアップと最適化を任せた。
 遅れて肉体労働担当ナピエルコウスカ・ナンバーたちが帰宅した。

 彼らは「日雇い」という業種を経験している。主に労働担当だ。
 土木作業はお手の物なので、現場監督からもっと人手を寄越せないかと相談されたが、コロニーではその提案を外部演算たちがストップをかけているらしい。

 何故か交友関係が増えるのが労働担当だが、どうも消費より労働の方が社交性を必要とするらしい。ほとんどを身内で仕事をしてきた蟻人に取って貴重な体験である。
 労働担当のデータも受け取り、最適化のため留守番ナピエルコウスカたちは一時処理落ちする。
 その間に、消費担当者たちは労働担当者たちに多めに買いすぎた駄菓子の味見をさせた。
 なるべく実体験は多い方がいい。生の一次データは情報量が多めなので、バックアップで共有するのは不効率だからだ。一個人で最適化した方がよい。
 多少の個性が生まれようと、いざとなればバックアップから並列化して個を上書き出来るのだから問題ない。
 多様性が必要なときは利用し、画一性が必要となれば取り替える。
 まことに合理的だが殺伐としている。

 最後に学習組が帰宅した。
 学帽をかぶったりランドセルを背負ったりして一番異質である。
 もっとも多いデータだが面白みの少ないそれらを留守番役が受け取り、最適化が終了すれば彼らの一日は終わる。



「ねぇ、パパぁ。夏休みの自由研究は蟻さんの観察にするね」
 アパートの隣。一般的な日本人家庭の女の子が、窓からアパートを覗きながら言った。

 老婆心ながら『蟻人』と但し書きをしないと、きっと先生もパパも混乱するだろう。


  • 一体いくらのおやつ代を持参していたのかが気になる一団。 “蟲人には冗談が通じない”という部分と人とのやり取りがなんとも微笑ましい。 しかし糖分に満ちた地球は蟲人達の思考回路に変異を起こすまでに至るのかどうか気になった -- (名無しさん) 2012-04-07 01:53:19
  • まるでスパコンの様な種族とか思ったけどそもそも金で取引する概念がないと金の意味も知らないのか。未知に対して罠と思ってもしかたがないか -- (名無しさん) 2013-07-19 22:39:54
  • 今まで触れたことのないものやシステムに直面した時にものを言うのはやはり対応力でしょうか。蟲人も交流を交えて変化が起こっていけば面白そうですね -- (名無しさん) 2014-01-01 18:01:34
  • 本気で金を稼ごうとしたら蟲人って地球だと労働力から抜け出ないけどやばいな -- (名無しさん) 2014-08-27 02:49:05
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最終更新:2013年08月11日 10:45