【ぼくらとかれらをせんせいが】

結局僕らと彼らはあまりにも純で、センセイの平静さと少々の経験だけで引っ繰り返すのに十分だったんだ。


あの奇妙な客人──センセイ──を見つけたのは冬のことだったように思う。

冬であったとはっきり断言はできない。
そのころの僕らは──少なくとも僕は──今以上に外界に興味がなく、
ほらあなの温度は知るよしもない彼らの技術で保たれていたんだから。

センセイは普通なら入り込めないところで倒れていた。
僕が知る多くのヒト種との共通点をセンセイに見つけたので、おそらく人間だということは知れたけれど、
センセイはまったくの未知であるといってよかった。ぼくたちはこの後、仲を深めたけれど、ついにセンセイの未知は膨らむばかりだった。

僕は普通そういうものは、見捨てるか炉に投げ込むかのどちらかだったんだけれど、
不可思議な気紛れが僕をそうさせなかった。

僕はセンセイを寝所に引きずり、治療のためにハンマーをセンセイの頭へ振り下ろし、避けられた。
後にセンセイはこの瞬間が人生でもっとも危険だったといって、僕を咎めた。
いつものジョークかと僕は笑ったのだけれど、どうやらセンセイは本気であるようだった。
まったくもって大げさな話で、センセイの頭蓋骨は卵のようにやわらかいらしい。

斜め45度でハンマー振るえば大体の物事は解決する、
これは長年の経験から得た僕の帰納的真理であった。
僕の真理はセンセイに何度も否定されたけれど、こればかりは善き生徒ではいられなかった。
このときだってハンマーは外れはしたけれど、センセイを目覚めさせる目的は達成したんだから。

センセイと僕は最初言葉を共有することができなかった。
しかし、センセイの落ち着きと朗らかさは僕に安心を与えてくれた。
だから、僕はセンセイを僕の場所に住まわせることを決めたんだ。

細々とした行き違いは何度もあったけど、センセイは同じ間違いを犯すことはなかった。
センセイは十分な気遣いを持っていた。

センセイはただの居候ではいなかった。
家事を手伝い、聞いたこともないメロディーで僕たちを楽しませた。

いくばくかの時が流れ、センセイの歌を聞きに幾人もが毎日押し掛けるようになったころ、
センセイは僕たちの言葉を拙いながらも使えるようになっていた。

さらに時間を重ね僕たちは家族であり、センセイは僕よりも数段流暢に喋れるようになっていた。
センセイの語る言葉にはユーモアと未知が詰め込まれていて、多くの僕らの目を輝かせたんだ。


さて、いつのころからだっただろうか、僕達は僕達が不幸なのではないかという疑問を持ちはじめた。
センセイがそう指摘したわけではない。

その時の僕らは直接不幸かと聞かれたら迷わず首を振ったことだろう。
僕たちは先祖代々奉仕者として生きてきた。子々孫々と続くことは当たり前だった。
だから、僕たちが迫害されてるなんて思わず、それなりに幸せだと思い込んでいたんだ。
いま思えば理不尽なこともあった。
だけどそれに憤りを持つのは、転んだときに大地と落下の法則に憤るようなもので、不満を溜め込むことなんてなかったんだ。

しかし、センセイは僕達の固定観念を見事に崩してしまった。
センセイはたまに幸せな別世界を語った。
センセイはたまに彼らのジョークを作った。
センセイはたまに労働讃歌を歌った。
そのたびに、ぼくたちの中で何かが膨らんでいった。
次第に僕たちは夢を見るようになっていったんだ。

センセイの卵から孵った雛は僕達の頭に住み着き、この時まさにはばたこうとしていた。
僕たちはセンセイに僕たちの夢を語った。そして、センセイはニッコリと笑みを作ったんだ。
センセイは二つ返事で協力すると言った。

僕達は喜んだけれど、同時に戸惑いを持った。
あまりに無謀な挑戦であり、僕達は実行するつもりはなく、
ただセンセイと夢を語り合いたかっただけだったんだ。
僕達の疑問にセンセイは、赤色が好きだからさ、としか答えてくれなかった。
そして、センセイは僕達に理論を語った。
それは僕達の夢を僕達の目標に変えるものだった。
僕達の中に勇気の足りないものは、いつのまにかにいなくなっていた。

センセイは情報がすべてだといった。
情報を密にし、情報を広げ、情報を隠蔽する。
相反する多くのことを同時に確実にしなければならなかった。
僕たちの多くは善き奴隷であり続けていたので、すぐには直接の行動をとるわけにはいかなかった。

だからまず僕たちはまず歌を歌い、ジョークを交わし合うようにした。
センセイに指示された場所で決められたとおりにそれをやった。
センセイの手口は巧妙で的確だった。
みんながセンセイの作った勇ましい歌を歌うようになって、センセイの作ったジョークを多用するようになっていった。
僕たちみんなの酒場はセンセイに酔わないときはなかった。

僕たちはセンセイに従い組織を作った。
センセイは裏切りは避けられないものだと教えてくれた。
知り合いの知り合いがという縁で繋がれた網は、センセイの決めたルールに従って自ら広がっていった。
それは誰もが全容を把握出来ないもので、容易にちぎれ容易に回復するものだった。

組織にはいくつもの用心と罠があったけれど多くは無駄に終った。
僕たちは永いあいだ善き奴隷であり続け、
彼らは手足が勝手に動きだすことを心配するような強迫観念など持ち合わせていなかったんだ。
センセイは、なかなか血が流れないことを罠の一つではないかと疑い続けていたけれど、
それはそれとして次の行動を指示した。

僕らは彼らをさりげなく邪魔した。
その多くはどうでもいいようなことで、しかし重なりあい、彼らを確実に刺していった。
幾千年の徒労に、それは浸みていき、彼らに倦怠を植え付けていった。
センセイは他にも色々なことをやった。
それは僕たちの不満を見つけることで、彼らの不満を見つけることであった。
時に、不満を作り出すこともあった。
躊躇いもあったけれど、センセイに夢のためには犠牲も必要だと説得され、最後には納得した。

センセイの計画は確実だったけれどある時から明らかに遅延していた。
僕らも彼らもセンセイの思う以上に忍耐強かったんだ。
センセイは志半ばで皺びて亡くなってしまった。
それからは、センセイの残した書に従い僕らは活動していった。

結局、センセイの待ちわびた爆発と流血はセンセイが死んで何百年かを待つ必要があった。



※どうでもいいことですが、異世界を渡る際にタイムスリップも起きてます


  • じわじわ天秤の色と傾きが変わっていく様子と変革されていく集団。それでも僕らの純粋さが変わらなかったのが救いなのかそれとも? -- (名無しさん) 2014-02-02 18:57:25
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最終更新:2012年04月01日 19:59