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【昼飯時の鐘が鳴る】

ここは延のどこかの都市の飯華街。
昼を告げる鐘が町を覆えば、ざわざわと動きを増していく。

店々真っ赤に漆喰飾って、タレや何やらの焦げた匂い漂わせ、
威勢のよい声が響く響く、
つられて俺の腹まで鳴りそうだけれど、
さて、何を食べようか>


金も腹の容積にも限界があるわけで、
残念なことにアレもコレもというわけにはいかないし、
せっかく異世界くんだりまで来てしまったんだから、厳選してみたいと思うのが人情で、
鼻をひくつかせ、
  狼人がウチの店が美味いと高く吠え、
きょろきょろと歩いて、
  喇叭の音がまた響き、
しかし中々コレだというものには出会えない、
  植木が踊るのは樹獣だからで、
あの饅頭の美味そうな匂いであること、
  獣人の少年少女が駆け抜けて、
ほくほくとして、あの赤い飾りはなんだろう、
  精霊がいくつも飛びかっていて、
しかし饅頭は昼飯らしくない、
  狐人の団体さんが冗談を交わしながら歩き、
あの魚料理も捨てがたいなあ、
  火線が走り、
巻いた葉はなんの香草だろうか、
  虎人の店員が手招きし、
コゥとした香がなんともいえないが、
  熱と色が喧噪で、
港町でもないし魚という気分でもないか、
  狐人の舞踏家たちが光と闇とで踊り描く、
おお、あの麺の打ちようとあったら、さすが異世界、奇妙奇天烈マカ不思議、
  鳥人が頭上で歌いはじめて、
だけど麺より米が食いたいんだよなぁ。
  狸人の芸人が腹太鼓、
むむむ……。


困った。食えば美味いだろうが、なんとなく食う気になれない。
積みゲーを眺めている気分だ。
ああ、うだうだと歩いているうちに店が疎らになってきてしまった。
しかし、いまさら踵を返すのも決まりが悪い。
いや、誰も見ていないのだけれども、
よし、このまま前に。
いや、いっそ路地に入ってしまおう。
名店は隠れたところにあるもんだ。

そんなこんなでしばらく歩いているが、名店どころか屋台すら見えない。
ああ、昼の一つの鐘がなった。
俺は、いったいどこへ進んでいるのだろうか。
辺りは明らかに寂れた様相で、
きーきーと黒い小動物が泣いていて、
風に木板が鳴いていて、
なんだか、俺まで泣きたくなってきて、
そこで鳴いたのは腹の音で、
別の意味で泣きたくなって
昼の二つの鐘の声に至り、
なんでもいいから食べようと、
思ったその鼻先くすぐるのは腹を掴むいい匂い、
どこだ、
と探せば、
見つけたそれは民家じみた雑然で、
のれんを認めるまで店とは見えず、
くぐればバリバリと床にこびりついた油だった。

躊躇いに足を止めていると、店主から声が届いた。

「座るか、去るかにしてくんなぁよ。
 立ち止まられちゃあ困るねぇ」

客らしきは俺以外いない。
混雑以上に無人は人を躊躇わせるが、
出るのもいまさらであり、
カウンター席を嫌がった俺は奥まった席に座る、
細長い顔を持つのは、きっと狐人で、
煙が見えない煙管をくわえて鍋を掻き混ぜていた。

その店主がまた口を開いて、
「何、食うかい?」
「何があるんですか?」
「クズ煮さあ」
「……じゃあ、それで」

空の大椀と匙とが渡された。

店主の煙管には溝のパターンがあり、
それで鍋をふちから擦ると、
痺れて出す音は流麗で、反響が水面に同心円を描いて、スープがどろりと鎌首持ち上げ、
水の精の力が
働いている、
ぎゆんと飛んで眼前の大椀に琥珀色が収まり、じわっと香を乗せた湯気昇らせ、
唾液を誘い、
匙で掬えば煮込まれたとろみに、
赤々と光がやわらかに照り返り、舌に乗せれば崩れた旨味が絡み付き、
ぷるぷるとした肉味の何かが弾けて、
煮込まれ切った野菜がほどける。

「……うまいな!」
「ほぅ、そいつァ運のいいこったよ、噛み締めなぁ」
「この厚手のイクラじみたの美味いじゃないですか。
 これの名前、なんて言うんでしょう?」
「さァ?クズ煮はクズ煮でね。
 あたしゃ一々覚えちゃおらんよ」
「はぁ、これがクズ…」
「クズに紛れ込むも、たまたま調和とるもあるってだけさぁね
 言ったろう?運のいいこった、ってね」

汁を啜り、
匙をおけばカランと鳴って、
勘定を頼むと、
指が二本立ち、
銅二枚をチャリンと鳴らして、
暖簾をくぐっていった。


後日、訪れるとひどくまずかった。
何かの間違いかと思って再び訪れるとやはり美味くはない。
何度も何度も通いつめて、十回に一度の確率で美味いことを知った。


  • 賑やかな様子が目に浮かぶ。そこから一転裏通りの…というコテコテですが異世界風に上手く仕上げられていました。クズ煮と言うのは毎回材料が違うからでしょうか -- (名無しさん) 2014-02-09 18:19:08
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最終更新:2012年03月30日 22:52