【覇砂の序章】


 それは、はるか、はるかむかしのおはなし。

 その村は、砂漠の只中にあって、比較的穏やかな暮らしができる環境にあった。
 村民が日々の暮らしを全うする程度には水と食料の自給自足が賄えており、穏やかな日々が続く限りは何も問題ないように思われた。

 だがしかし、時代は折しも砂漠の覇を賭けた戦役が絶え間なく続いていた時代。
 戦続きで荒んだ人の心は、他者への攻撃に対する障害を容易く踏み倒してしまう。
 辺境であってもそれは例外ではなく、戦役から程遠い場所の村落も、時に野盗の襲撃に遭い、時に壊滅して野盗の根城となってしまうこともある。

 まだかろうじて、世事情勢に巻き込まれることなく平穏の時を謳歌していたその村に、ひとりの男が訪れた。
「や、やっと、ヒトが見つかった・・・」
 村の入り口でばたりと倒れたその男、有体に言えば、ただの行き倒れである。

 かくして男は村に命からがら辿り着き、第一発見者の厚意もあり、一宿一飯に預かることとなる。
「して、アンタ、なんであんなところで行き倒れていた?」
「それはまぁ、いろいろあって」
「アンタが持ってたあの物騒なブツと関係があるのか?」
「ええ、まぁ」
 物騒なブツ、とはその丈にして一般的な猫人成人オスの3倍以上、巨漢な鬼人種《オーガ》やトロル種でも持て余すのではなかろうかというほどの、巨大な戦斧と見まごうほどの穂先を持つ長鑓である。
「野党の類・・・じゃなかろうな。 一人で行き倒れる野盗なんて聞いたことがない」
「はは・・・お恥ずかしい限りで」
「旅客にしても、こんな時代に何故」
「こんな時代だからこそ、かも知れませんね」
「・・・要領を得ない男だな。 まぁいい、単に村の入り口で野垂死にされては困ると言うだけの事、明日にはとっとと出て行ってもらおう」
「そうすっかなぁ、うん、そうしよう」
「ならば早く寝ると良い。 朝涼しいうちに距離を稼ぐのがいいだろうからな」
 第一発見者たる男は、行き倒れの男を一晩の寝床に案内する。 男はその寝床で一晩寝ることとして、その日は終わる。

 はずであったが、そうはならなかった。
 とうとうこの村にも、砂漠の野党が現れたのである。
 夜明けまで間近という時刻、射掛けられた炎の矢が田畑や家屋を焼き、燃え盛る炎と焦風に乗り野盗が村へ襲撃をかける。
 村は阿鼻叫喚に包まれ、草木が焼ける匂いに血の匂いが混じり始めるまで、そう時間はかからなかった。

 行き倒れの男と第一発見者の男は、飛び起き駆けつけた村の広場で、半ば地獄と化した光景に言葉を失った。
「コイツはひでぇ・・・!」
「何と言う、ことだ・・・! ヤツらには慈悲も情けもないというのか!」
「なぁアンタ、頭良さそうだから聞くんだけどさ」
「こんな時に何だ! 息のある人を探して手当してやらねば!」
「だったら、手当てしながらで良いから答えてくれ。 旅してきて、滅んだ村、戦乱の只中、いろいろ見てきたが、なぜこんなことが起きる?」
「そんなの決まっている! 誰も砂漠を治めないからだ! 豪氏共が覇欲のためい戦を仕掛けあって、砂漠に平穏というものが訪れた例がない!」
 辛うじて形を保っている家屋や茂みの中を探り、村人を探しては簡易手当を行っていく。
 最中、行き倒れの男は、第一発見者の男に話しかける。
「だったら、戦がなければ、こんな事は起きないのか?」
「煩いな! 起きなくなることはないだろうが、少なくともいくつも村が滅ぶようなことはないだろう! この村にも、滅んだ村から来た者が何人もいる!」
「・・・そうか」
「分かったらとっとと・・・おい、何処へ行く!」
「あっちに子供が一人取り残されてるのが見えた! そっちはアンタに頼む!」
「あ、おい待て!」
 行き倒れの男は駆けだす。

 だが、一手遅かった。 行き倒れの男が見かけた子供は、無残にも野盗の一人の凶刃にかかり、先に討たれた母親の傍らに、力なく倒れ込む。
「ちっ、ガキは殺り応えがなくていけねぇや! ・・・ん? 次はてめぇか?」
 野盗は駆け寄ってきた行き倒れの男に振り返り、血塗れの刃を見せつけて脅しにかかる。
「オイてめぇ、何とか言ってみろや! それとも何か? ブルっちまったかぁ?」
「・・・これが俺のやるべきことかは分かんねぇけど、こんな事が、許されて、なるものかよ!」
「へぇ、だったら、どうすってんだよぉ! 丸腰のテメェに何が出来るってんだぁ?」
「煩せぇ黙ってろ下種。 まず俺が成すべきは、テメェらみたいなのをブチのめして、それから戦ってもんを叩き潰してやる!」
「出来るもんなら、やってみ」
「来い、邪滅《シヴァ・ズォシグス》」
 呼び掛けに応じ行き倒れの男の手に現れた豪鑓が一閃、野盗の首と胴は二度と出会えぬ間柄となる。
 行き倒れの男は、母子の亡骸を死出の旅を共に歩けるよう並べ手を添えてやり、広場へと戻る。

 程なくして、村民村落にも甚大な被害はあったものの、野盗全員の抹殺と雨季の到来を告げるスコールによる鎮火を以て、事態は収束する。
 たった一人で野盗10数人を抹殺した行き倒れの男は、事態の後始末を手伝い終えたところで、衛士として残ってほしいという誘いを断り、再び旅に出ることにした。
 見送りは、第一発見者の男だた一人。
「すっかり世話になってしまったな。 それで、行く宛はあるのか?」
「アテはないがやるべきことは見えた。 俺はこの砂漠で起こる戦を叩き潰す」
「旅客一人が、砂漠に覇を唱えるのか?」
「治めるのは誰だっていいさ。 俺である必要はない。 でも、戦の皺寄せで惨劇が起こるなんてのはもう真っ平御免だ」
「一人で出来ることには限界というものがある。 それは理解しているか?」
「ああ、だからまた砂漠を回って、必要なら砂漠の外にも出て仲間を集める。 信頼でも利害でもいい、意思の向く先が同じヤツを集めて、戦という戦を終わらせてやる」
「単純だな。 そんな事では野心という名の炎を消すことは出来ん」
「だが、俺や将来の仲間が戦を潰せば、戦する気にもならなくなるだろ。 まずはそれで十分。 後の事はもっと賢い誰かに任せるさ」
「そんな馬鹿馬鹿しいことが、実現できると思っているのか?」
「思う思わないじゃない。 するか、しないか。 俺はすると決めた。 だから為すまで駆けるだけさ」
「・・・馬鹿につける薬はないと聞くが、事実だったようだな」
 男二人、村の入り口で笑いあい、行き倒れの男は黄金に輝く左目の輝きだけを残し、再び砂漠に踏み出してゆく。

 後にこの男、各国から募った精鋭を連れ砂漠を翔け、当時の戦の悉くに介入し継戦不能に追い込み、豪氏間の戦を最終的に停止させてしまうに至る。
 「戦をすればヤツらが来る」その名声と畏怖が砂漠全土を覆い尽くしたとき、彼や仲間は忽然と姿を消したという。
 現世に言う、『覇砂王』ヴァルトスの逸話である。

「で、コレがその覇砂王の鑓か・・・にしても、デケェぞこれ。 まぁなんとなくだけど、持ち運びにゃ困らん気はしてるんだが」
 遥かな時を超えその姿を露わにした豪鑓を前に嘆息する猫人。 その背後に、ひとりの狼人が姿を現す。
「持って行けるものなら持って行ってみろ。 貴殿のような者が持ち出せるものではない。 それ以前に・・・神地を侵す者には相応の対処を要するのだがな」
 狼人は腰の刀に手を添え、居合抜刀の構えで猫人に相対する。
「まったこういう流れか・・・」
 猫人も、我流四足の構えで狼人に相対する。
 二人の力と力がぶつかり合うまでにそう時間はかからなかったが、それはまた別の話。


  • 一人の男が王となるきっかけがこれだと見せ付けるエピソードでした。しかし今の世に王の巨大な武器はどんな意味を持つのだろうか -- (名無しさん) 2014-02-09 18:30:42
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最終更新:2012年05月03日 14:42