「この僕に詩を作ってくれだと? 曲を作ってくれだと? この僕に……。あまつさえ異世界に行って感性を磨きたいだと?」
ビルの高層階。二面が全窓の開放感あるレッスンルームは、ある種の閉塞感で包まれていた。
その閉塞感を生む男性は、いらだたしく九七鍵ある外国メーカーピアノのワンキーをいらだたしく何度も何度も一定のリズムで突く叩く。
彼の叩く黒く塗られた九七鍵目は、可聴域を超すためこの場にいる女性たちの耳には聞こえない。しかしその音程感の無い音は、酷く不安を誘う。
まさに彼の苛立たちさを電波させていた。
レオタード姿でレッスンを受けていたアイドルたちは、余りの緊迫感で胃を吐く思いを抱えて立ち尽くしている。
「遊んでいられるかぁあっ!」
譜面を叩き落とし、彼は怒声と共に立ち上がった。
彼は地に落ちたアイドル芸能界を天に持ち上げたと称される鬼才、鵤木 頴果(いかるぎ えいか)。真のアイドルというコンセプトで、一人の少女を時代の寵児とさせた天才プロデューサーである。
だが、その少女が不幸な死を遂げてから彼は変わった。
「世界がため息をついた時、時代が変わったというのに何でお前はまだ遊んでるんだぁっぁああっ!」
鵤木は縺れる足で、一人のアイドルへと歩みよる。
「なんだその耳は!? 猫耳を生やしてからこいっ!」
鵤木は一人のアイドルをレッスンルームから追い出す。
「なんだその足は!? 蹄はどうした? 高い踵はどうした? なぜ四足じゃないっ! 尻尾を生やせっ!」
鵤木はさらに一人のアイドルを追い出す。
やがて一人きりになったレッスンルームで、鵤木は暗くなるまで苦悩を周囲にぶちまけ続ける。
今日の街は不思議と暗い。月もなく街のネオンも寂しい。
「アイツらなど何処から見てもアイドルじゃない! 映画どころかドラマの主役にもなれない! 拍手を貰えるほど仕事もない! 人の夢に登らないし、死にかけ共が思い出すこともないだろう! だから奴らは人間だ!」
棚を引き倒し、並んだ数々のCDアルバムを磨き上げた床に散らばせると、鵤木はそれらを踏み潰し始めた。
「お前らが頬杖をついている間、異世界がやって来るというのに何でお前らは人間なんてやってるんだぁああっ!」
指が傷つく事も構わず、CDの破片を掴んでは投げて虹を床に散らばせた。
「誰か連れてこい! 異世界を連れてこい! ここに!」
鵤木は足元を指さした。
「世界を包むほどのアイドルを連れてこい! 世界がそれしか見ないアイドルをっ! そこにっ!」
鵤木はレッスンルームのドアを指さした。
そこに闇がいた。
光を拒むように、そして闇自身が闇を隠すような闇。鵤木は自分の心をそこに投げ捨ててしまったのかと錯覚したが、すぐにそれが勘違いだと悟る。
自分の心にある闇に、闇が語りかけてきたからだ。
「見て欲しい……? だと? 暗闇の癖に暗闇へ隠れたいのにか? 聞いて欲しい……だと? その静寂にも負けるような情けない声をか?」
闇は震えながら、鵤木へ必死に……だが弱々しく女々しく訴える。
「触れて欲しいだと? 誰も触れられないと言うのにか?」
鵤木は小躍りしそうな心臓を抑え付けて、乾いた笑いでレッスンルームを満たした。
闇は彼の豹変に驚き、闇を縮めて笑いから身を守ろうとする。
「いいだろうっ! 僕がキミの気持ちを世界に広げてやるっ! キミの歌を作ってやるっ! キミのその闇で世界を覆いつかせてやるっ!」
天を仰ぐように両手を突き上げる。
「世界中をキミの友達にしてあげようじゃないか! この鵤木 頴果がキミを世界のアイドルにしてやろうじゃないか! そして壊れるほど触れさせてやろうじゃないかっ!」
鵤木の両手が何かを掴む。
「この地球の心に!」
鵤木頴果は強い強い光を浴びて生まれてきた。
悲しみや寂しさを吹き飛ばすほどの強い光を全身に浴び、心に注がれて育ってきた。
鵤木から放たれるの照り返しは、いつもいつも周囲の人たちの背後へ暗闇を作り出していた。それに気がついた鵤木は、そっと闇を覗き込もうとする。だが照り返しから逃げる様に闇はいつも鵤木から逃れ、隠れてしまう。
照らされた闇の向こうは、いつもいつもいつも必ず絶対、絶対に期待を損なう事なく見たくもない形をしていた。鵤木にとって光は世界の醜い物をすら照らす、最低最悪の道具であった。
そして鵤木は思い知る。
心にまで注がれ溢れるほどの光。これが自らの背後にとてつもない闇を作り出していることに。
鵤木の一挙一動に従い形を変え、地平の彼方にまで伸びる闇を引きずる彼はそれを世界に見せつける事で成功した。
光を浴びる物はかならず闇を引きずりその背後に影を落とすというのに、必ず光を浴びたがっている。これをちょっと理解しただけで鵤木は成功を収める。
闇の部分は常に光を浴びて、綺麗に輝きたいのだ。醜い癖に光を得た途端に、綺麗であろうと取り繕う。
ある日、鵤木頴果は一人の少女と出会う。
彼女は光を見る事が出来た。目が見えない癖に、人の心にパッと光る誰も見えない光を見る事が出来る光の側の人間を。
彼女はいつも強い強い焼けるような光を放つ少女だった。眩しくて目を背けたくなるが、誰もがその光を浴びたいと擦り寄ってくる。そして焼けるような光に闇を照らされて、慌てて綺麗であろうと取り繕って滑稽に踊り狂う。
鵤木は愉快で愉快でたまらなかった。
闇の中には本当の自分を隠して置くべきなのに、誰もが光を浴びたいが為にそれらを曝け出して、それがとんでもなく都合が悪いから取り繕って張りぼての心を作り上げる。
やがて、少女を崇める人々は張りぼての心を維持するために、彼女の光を浴び続けようと追い求めた。
「分かるか? これがアイドルだ」
闇は分かりませんと言いたげに震えた。
「情けない。
「宗教もそうなんだよ! 自分の心が綺麗だと思い込みたい豚共が、光を浴びて見えた闇の中の姿にびっくりしてそいつを作り替えてしまう」
「お前もそうなのか?」
闇は否定の様に身を縮めて首を振る。
「光に照らして貰って、自分が綺麗な物だと思いたいのか? 違っていたら作り替えるのか? どこかの綺麗に見える手頃な心でも模倣して満足でもするのか?」
鵤木の厳しい問いに、改めて闇を首を振る仕草を見せた。
「そうだ……」
鵤木は心底嬉しそうに、顔を不気味に歪める。
「それでいいんだ。それが気弱な頑迷さがキミの美しさなんだ。アイドルの素質なんだよ」
スポットライトを素手で叩きわり、鵤木は闇の精霊へ向き直る。
「光を浴びるなっ! 光を放つなっ! キミの、そのっ! その美しいままの心で世界を虜にするんだ! キミは美しい! 誰もが渇望して得られない静謐な心の魅力で触れて回れっ! 神であろうと悪魔であろうと誰もキミには敵わない! 何故なら!」
闇は圧倒されながら喜んでいた。鵤木は理解者なのだ。無為自然を愛するなどという受動的な理解ではなく、能動的な理解。つまり無遠慮に他者の心に手を突っ込んで、形に触れて互いを傷つけ合いながら、それでもなお闇を美しいと賞賛する胆力を持つ理解者。
「キミの心に触れる事が出来た者は全てトモダチだ。友達じゃない!。愚者の役たたずな心を抉れっ! 賢者の醜い足跡を浮かび上がらせろ! 死者を叩き起こせ! 星を落とせ! 新月を嫉妬させろっ! 太陽に闇のまま触れさせろ!」
常人が入れば意味が分からないと鵤木に言ったに違いない。それほどまでに鵤木の持論は、何処かに飛んでいる。
「キミはあの子とは違う。だが対極のあの子だ」
鵤木は失った最高のアイドルへ思いを馳せる。
闇は少し寂しく思った。そして「あの子」に嫉妬した。それを知ってか知らずか、鵤木は「あの子」のCDアルバムをカバンから取り出して、躊躇なく叩き割った。
「キミはあの子の作った闇から僕を解放してくれた。キミはあの子より素晴らしい。あの子より美しい。そしてあの子より強い」
闇は天にも登る気持ちだった。彼は「あの子」を自分の為に断ち切ったのだ。
「ああ、異世界が地球を覆うとき、アイドルが全てを包む。そうキミが、世界が偶像となる日が必ず来る。さあ僕と創ろう。真の世界を」
闇へと伸ばされた鵤木の手は冷たく暗い。
「神すら嫉妬するアイドル。真のアイドルに」
- 悲壮なPの悲劇染みた一念発起かと思わせていきなりの「猫耳」発言で吹いた あとどうしてもスレ内の感想を見た後に読んだのでPの壮大な夢オチな気がしてならない(いきなりの自己過大評価から始まるとか -- (としあき) 2012-03-26 23:25:21
- 異世界とつながった世界では芸能界でも鬼才と呼ばれる者たちの受けるショックも大きいのかなと。もし鬼才と異世界の者が邂逅したらどのような革命が起こるんでしょうか -- (名無しさん) 2014-03-02 16:59:43
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最終更新:2012年03月26日 01:31