【とっしー旅行記:今日は海開きでした】

【とっしー旅行記:今日は海開きでした】

「ヘイとっしー。海開きとか見て行かない?」
「海開き?」

 部屋に閉じこもってばかりではと、アパートの管理人により強引に異世界行きの船に乗せられた俺。
 そうしてやってきた異世界のミズハミシマで、今日海開きがあると付添いのイカっぽい人が教えてくれた。
 それにしても彼女、ずいぶんとフランクな性格をしている。
 もし「ゲソ」などと語尾に付けたら、まさにリアルなアレ娘といった感じだ。

「ちょうどそんな時期だったと思うし。どうせ暇でしょ、とっしー」
「フランクにも程があるぞ俺。でも暇なことは確かなんだけど」
「じゃ行こう。けってーい」
「……海開きってこっちにもあるんだな。水着でも持って来れば良かったぞ俺」
「"みずぎ"って何?」
「水に入る時に着る服のこと」
「変なの」

 地球の常識は通用しない。相手がミズハミシマの人なら尚更と言える。
 ミズハミシマは水中に首都があるので、水中に入るために着る服という概念などある訳がないのだ。
 それに気づくのは海開きが行われるという海岸に着いた頃だった。

「意外と人が多いな。……というよりミズハミシマ以外の人が多いぞ俺」
「海開きだし」

 日本でも海開きで人が集まるのは良くあること。賑わい方もさして変わらない。
 ただ水着と呼べるものを持った人は、当然だが誰もいない。
 そう思ってあたりを見回していると、海からクラゲっぽい人が現れた。

「そろそろ海開きが始まりまーす。危険ですので皆さん下がってくださーい」

 そう言って周囲のギャラリーをそそくさと避難させている。

「危険って何だ、危険って」
「いや、海開きって危険でしょ?」
「いや普通は神主とかがお祓いして、皆で海にわーって飛び込むんじゃ……」
「えーそんなことしたら絶対死んじゃうって。異邦人って変なところでタフだねー」

 そんな食い違いの話を尻目にギャラリーが盛り上がる。
 ただその盛り上がり方は、どちらかと言えばサーカスを見る観客のような盛り上がり方だ。
 海開きってそんな行事だったっけ?

「皆様、お待たせいたしましたー。
 それではこれより、ミズハミシマ主神であられますシマハミスサノタツミノミコトによる海開きが行われます。
 どうぞご静観下さーい」

 しんと押し黙るギャラリー。
 固唾をのんで見守っていると、突如として海が輝きだした。

「おお! これは凄いぞ俺!」

 目の前の不思議な光景に思わず声を上げる。オーロラのように揺らめく光が海の中を漂っているのだ。
 半ば強引に来させられた異世界だが、地球では見ることの出来ない神秘的な光景を前に感動を覚える。
 仮に部屋のPC越しに見ることが出来たとしても、今ほどの感動は無いだろう。
 10秒足らずの現象ではあったが、記憶には鮮明に焼き付いた。まぶたを閉じればいつでも思い出せそうな程に。

「いやー良いものを見たぞ俺。これは帰ったら管理人さんに報告だぞ俺」

 そう言って一人満足していると、周囲の人は大して感動していないことに気付いた。
 むしろまだ押し黙っている。自分一人だけが満足しているのだ。
 フランクな彼女も今か今かと海をじっと見つめている。

「……どういうこと?」

 再び海を見返すも、すでに輝きは失われた普通の海。
 直前まで目の前にあった波打ち際が随分と遠くにある以外は。
 それに気づいた時、途端に地面が轟音を立てて鳴り響く。
 釣られるようにギャラリーも歓声を上げ、二重の騒音に耐えられず思わず耳を塞いだ。
 次の瞬間、怒号のような歓声の中、稲妻のような音と共に海が真っ二つに引き裂かれた。

「うおおおお!? 海が割れたぞ俺! 地平線の海の底まで見えるぞ俺!」
「いやー今回もいい開きっぷりだなー」

 海開きとは、神様が文字通り海を真っ二つに開くという行事だった。
 何のためにと彼女に聞いてみたが、神様が気まぐれでやり始めたのだそうな。
 それがいつの間にか行事として成り立ち、こうして海開きを見に来る客が出てきたのだ。
 ちなみに海が輝くのは、開く前の下準備なのだという。
 確かに凄まじいインパクトではあるが、個人的には輝く海の方が印象に残ると思った。

「でもまだ続きがあるんだよねー」

 彼女がそう言うや否や、開いた海が凄まじい勢いで戻り始めた。
 開いたのだから閉じるのは当然なのだが、いかんせん速度が速い。
 そして両側の海がぶつかった瞬間、巨大な津波が生じ、あろうことかギャラリー目がけて迫ってくる。

「ぬおおおお!?」

 俺の叫び声とは裏腹に湧きあがる歓声。いや、ここは喜ぶ場面じゃなくて逃げる場面ですよ。既に遅いが。
 まさか異世界で津波に巻き込まれる運命になろうとは。
 迫りくる津波を前に覚悟を決めた時、見えない坂を駆け上がるようにして津波が頭上を横切る。
 何が起きているのかも分からぬまま、しばらくして歓声と共に波は引いて行った。

「いやーとっしー、いい海開きだったねー。神様のやることはスケールが違うねー」
「スケールがどうとかいう問題じゃないと思うぞ俺!」

 地球の常識は通用しない。相手がミズハミシマの神様なら尚更と言える。
 一瞬の出来事ではあったが、記憶には鮮明に焼き付いた。輝く海を忘れるくらいに。
 ちなみに波の引き際で何人か巻き込まれたように見えたが、あえて気にしないことにした。
 多分、通用しない常識で無事だと思うから。



 管理人さん。異世界の海開きはスケールがデカかったです。
 桁違いと言うか、意味が違うという意味で。



  おしまい



-- 注意事項 --

海開きは危険なアトラクションです。命を懸ける覚悟で見に行きましょう。
稀に神様が「あ」と言って津波を避けさせることを忘れます。運が悪かったと諦めましょう。


-- 登場人物 --

とっしー
 「とっしー」としか呼ばれない本名不明の男性。
 アパートの管理人から異世界へ行ってくるように言われてやって来た。管理人命令は絶対である。
 普通に話そうとしているが、語尾に「俺」を付ける癖がつい出てしまう。

付添いのイカっぽい人
 随分とフランクな性格をしており、今回の異世界旅行を勝手気ままに案内してくれたイカっぽい女性の人。
 ゲソとは言わない。

引き波に巻き込まれた方々
 Q.大丈夫か?
 A.神は言っている。(一部を除いて)ここで死ぬ定めではないと。

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最終更新:2013年11月12日 20:25