【とあるどこかとどこかとどこかの話】

体が粉々に引き裂かれるような激痛と恐怖に彼女は半狂乱になって神に助けを求めた
元はといえば自分の過ぎた欲望からの完全な自滅、その結果彼女は船もろとも配下を失い、今は自分そのものさえ失おうとしている。
助かりたい!滅びたくない!という思いから彼女は自らの神に救済を一心に願う。
しかし、彼女の信じる神はただただそんな彼女の姿を見て愉快そうに嘲うだけ
自分の仕える君主と瓜二つの姿をした死を司る神は、ただただ愉快という顔で苦しみもがく彼女の姿を眺め嘲い、決して手を差し伸べようとはしない。

『いやぁ・・・面白かったよ!君の演じるドタバタ喜劇!だけどそろそろ幕を下ろしたほうがスッキリとまとまっていいと思うんだよね』


どこまでも気軽な、まるで演じられた演目の感想を述べるかのような口調で君主と同じ声色を使って神は彼女に語りかける。

『だからさ?そろそろ諦めよーよ』


この上なく爽やかな笑みを浮かべて発せられた言葉に彼女の顔が絶望に歪む、その顔を見て神はこの上なく愉快だとでも言わんばかりに目を細め口元を綻ばせる。

その瞬間彼女は悟った、もはや救済は叶わないということを、そして自分がこの後どうなるかを

その瞬間、彼女はすべてを手放した。あれほど手放さまいとした成果も、そして自らの仮初の命も

その直後彼女の意識は圧倒的破壊の渦に呑まれ・・・体が砕ける衝撃と共に彼女の意識は闇へと消えた。

『・・・でもこれだけじゃちょっと物足りないか・・・がんばった君には特別に第二幕をプレゼントしてあげるよ、せいぜい愉快に道化を演じておくれよ?』


そんな声が闇の中へと霧散しようかという彼女の意識の中に響いた気がしたが、彼女にはすでにどうでもいいことだった。



「・・・・なんじゃぁ?」
淡路島沖でいつもと変りなく漁をしていた大隈修造は、いつもとは違う感覚に思わず声を上げる。
「どしたんね?」
相棒の上げるいつもと違う声に反対側で作業をしていた山本喜八が咥えタバコで顔を覗かせる。
「・・・人じゃ!人が網にかかった!」
「人!?」
思わず口に咥えたタバコがポロリと濡れた甲板の上に落ちるが、それもまったく気にするどころではないと大隈の引く網の中を覗き込む
「ほんまじゃ!人じゃ!」
珍しく大漁に恵まれ、いつもの雑魚だけではなく大型の魚が入った網の中に明らかに人の顔らしきものが見える。
「はよ引き上げろ!」
「無茶言うな!そう言うならお前も手伝え!」
途端に小さな船の上は大騒ぎとなり、老人二人は老体に鞭打って網を船の上に引き上げる
「おいおい!裸じゃ!裸のべっぴんさんじゃ・・・」
せっかくの魚が零れようがお構いなしで引き上げた網から出てきたのは裸の容姿端麗な女性
「あぁ・・・こりゃ死んどるわ・・・かわいそうになぁ・・・こんなべっぴんさんじゃあいうに・・・腕までフカかなんかに食われてしもうとるで・・・」
死後それほど時間が経過してはいないのだろう、女性の体は未だ生前の瑞々しさを保ってはいるが、血の気や肌の温かみは失われてしまっている。
そして女性の両腕は無惨にも肘から下が白い骨を残して指先までまるでこそぎ落したかのように血肉を失っている。
「外人さんよなぁ?事故じゃろか?事件じゃろか?」
船の上に引き上げられたのは黒髪に褐色の肌をした女性、恐らく外人だろうと二人は思った。
「わからんわぁ・・・長いこと漁師やっとるが人なんて引き上げたんわこれが始めてじゃし・・・」
頭をかきながら大隅修造が言葉を返す。
「それに・・・フカはこんな器用な食いちぎり方はせんよなぁ・・・・」
山本はもう一度女性の両腕を見て言う。長年漁師をしていればせっかく釣り上げた大物をフカ(サメ)に横取りされて悔しい思いをしたのは二度三度ではない、もし鮫の餌食になってれば、腕だけではなくもっとヒドイ有様になっていただろう。
「とにかく港に戻るしかなぁわな・・・」
「せっかく今日はよぉ魚が獲れると喜んどったんにのぉ・・・」
二人はそうと決めると漁を切り上げて港に戻るべく大急ぎで帰り支度を始めた。

一時間後、老人二人の乗る船は未だ女性の死体を引き揚げた場所にあった。
「どーすんじゃ・・・?」
漁具入れを椅子代わりにして座り込んだ山本が同じように座った大隅に問う。
「どうするって・・・どうもこうもならんわ・・・・」
顔と手を機械油で汚した大隈が答える。
あの後、大急ぎで網を引き揚げ漁を切り上げ朝出た港に戻ろうと船のエンジンを始動させた二人だったが、エンジンはウンともスンとも言わず、二人の船は帰るに帰れない状態に陥っていた。
「直らんのか・・・?」
「ボロの船にボロのエンジンじゃからなぁ・・・」
大隅はタオルで顔を拭いながら山本に答える。
「ホトケさんと一緒に漂流とか・・・・縁起でもなぁわ・・・」
そう言って山本は船の後方にチラリと視線を向ける。
船の後方には先ほど引き上げた女性の遺体が横たわっている。その体の上には「裸のままじゃなんぼなんでもかわいそうじゃ」ということで老人たちが羽織っていた防寒着が肢体を隠すように掛けられている。
「エンジンがかかりゃすぐに港に戻ってホトケさんを陸に上げてやれるんになぁ・・・警察にも連絡せんといかんし・・・」
「ケーサツかぁ・・・わしゃ苦手なんよなぁ・・・」
「好き嫌いじゃなぁわ、ドザエモン引き上げたんじゃからしゃあないじゃろ」
船の上では未だ老人二人があれこれ話す、本当ならすぐに無線連絡で付近の船に救助を求めるべきなのだが、運の悪いことに現在この船の無線は繋がらない状態になっている。
「エンジンもかからん!無線もおかしゅうなっとる!お前がちゃんと使うとらんのが悪いんぞ!」
「ワシのせいか!ボロいけぇ新しいんに買い替えようや言うんを反対しょうたんはお前じゃろが!」
話し合いは次第に口調が荒くなり取っ組み合いの喧嘩に発展しようかという時、ふと船の後方でカランと漁具か何かの転がる音が聞こえる。
ちょうど船の後方部側を向いていた山本が音のした方向に視線を向ける、そして次の瞬間彼の表情は驚愕の色に変わる。
「どしたんな?いきなりそんな顔して・・・・・ッ!?」
山本のあまりの豹変にただならぬものを感じた大隈も、上半身と首を回して山本が見る先に視線を向ける。
そこには女が立っていた。
虚ろな表情で未だ雫のたれ落ちる黒髪を顔に張り付かせた、あの死んでいた女が・・・
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」
淡路島の海の上で老人二人の悲鳴が木霊したのはその次の瞬間だった。



ピンポーーーン

深夜のコンビニ、自動ドアが開き店内に来店客を知らせる電子音が鳴り響く
「いらっしゃいませー」
店の奥で商品の補充作業をしている店員が来店客に向けてマニュアル通りの挨拶をする。
時刻は深夜2時過ぎ、店内には他に客の姿はない。
来店客は男、井出達は灰色の薄手のパーカーにマスクにサングラス、重症の花粉症患者・・・というわけではないだろう、季節はすでに春から初夏へと移ろうかという季節だ
明らかに怪しい来店客は何か商品を探している風でもなくレジの前を通り店の奥のほうへ歩いて行く。
店の奥では中腰になって箱の中からカップラーメンを取り出して棚に補充する店員の姿があった。
背格好からして女性だろう、スラリとした肢体によく日焼けした肌と黒髪、ロングのTシャツとジーンズの上からコンビ二の制服を身につけいる。
怪我でもしているのか、陳列作業をする店員の両手には掌と手首にかけて包帯が巻かれている。
「あ、すみません・・・どうぞ通ってください」
客の通行の邪魔になると思ったのか店員がカップラーメンの詰まったダンボール箱を横にズラして通路を確保し、再び棚にカップラーメンを補充する。
不意に店員の頬に冷たい感触が触れる
「・・・おとなしくしろ。レジにある金を出せ」
マスクのせいでくぐもった男の声が後ろから聞こえてくる。
深夜に訪れたのは客ではなくコンビニ強盗だった。
店員の頬に触れたのは小ぶりな刃物、おそらく果物ナイフの類だろう。それまで補充作業で忙しなく手を動かしていた店員の動きがピタリと止まる。
「声は出すなよ・・・黙って立ちあがってレジまで歩け」
強盗犯の男の指示に従うかのように店員は無言で立ちあがる、中腰だったため男にはわからなかったが、女性店員は男と同じくらいの身長があった。
「よぉし・・・そのまま前に歩いてレジまで・・・!?」
男が次の命令を言い終わる前に店員は無造作に頬に当てられた果物ナイフを包帯の巻かれた手で掴む
「お、オイ!?」
予想外の行動に男の声が裏返る、握られた刃物を引き抜こうと手に力を込めるが・・・ビクともしない、
「お客様、店内での刃物の携行は禁止です・・・っていうかフツーに銃刀法違反ですよね?コンビニ強盗ですよね?」
店員は片手にナイフを掴んだまま器用にクルリと身体の方向を回転させて男の方に向き直る。
「アダダダ・・・ッ!」
男も必死でナイフを離さまいとしたが回転に巻き込まれる形で手首を捻り上げられ悲鳴を上げてナイフを手放す。
「困るんですよね・・・夜中は商品の補充で忙しいし警察呼ぶといろいろ面倒だし・・・」
男から結果的に取り上げた果物ナイフを今度は店員が包帯グルグル巻きの手の中で弄びながら話し始める。
男は次にどう行動していいかわからず、彼女の前で彼女の顔と彼女の手の中のナイフに交互に視線を向けながら立ちすくんでいる。
「レジのお金は無理ですけど・・・・私の財布あげますから今日は諦めてもらえます?」
そう言って彼女が取り出したのは黒革に髑髏のデザインの金具が施された長財布
「別に被害届とか出したりしませんから、あ、出来たら中身だけ抜いて財布は置いていってもらえると嬉しいんですけど大丈夫です?お金の他にはカードとか別にないんですけど、その財布のデザイン気に入ってるんで」
理解できない・・・男はそう思った。
自分は強盗を今しているんだ。さっきまでこの女性の顔にナイフを突き付けて脅したのに・・・なんで彼女はこんなことを言ってるんだ・・・・
強がりや錯乱しているわけではない、むしろ混乱しているのは自分のほうだ・・・
男は考えた・・・考えた末に男は・・・・
「あ・・・・」
男はその場から逃げ出した。彼女が差し出した財布を奪うこともせず一目散に入ってきたドアへと走り

バンッ!

「あ、大丈夫・・・ですか?」
男は反応が遅れた自動ドアに激突し、その拍子に足を滑らせ仰向けに転倒しゴンと明らかに危険な激突音を響かせてコンビニの床に後頭部を強打し、昏倒した。

「どうしよう・・・」
駆けつけた店員は床で気絶したサングラスとマスクがズレて素顔を晒し気絶した青年を見下ろし呟くと、深いため息をついた。

その日の深夜、淡路島警察署には一件の通報電話もなく、当直の警察官は迫りくる睡魔の魔の手を払いのけ、無事朝まで警察官としての職務を全うし、翌日の当直記録には「通報なし」と短い申し送りだけが記載された。



  • 何と淡路島に流れついたネイピア?性格が丸くなったのは二度目の死神の影響なんでしょうか。ちゃんと生活できてるようでほっこりしました -- (名無しさん) 2014-04-13 17:37:55
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最終更新:2012年04月06日 23:06