『私はなあに?
さ、今度はじっくり考えて。そして、答えて。
何度も言うけど、私をわかってくれない人に力を貸す気にはなれないわ』
家の裏の原っぱで、狼人の少年が、木板の前に座り込んでいる。
腕組み首傾げ、何事かに悩んでいるようだ。
木板には一つの文字が刻み込まれていた。
“斬”という文字である。
「んぐぐぐぐ…………。じっくり考えろってもさ、お前は“斬”だろ?
それ以外の何だって言うんだよ」
その言葉を聞いた文字は狼人の少年の瞳を覗き込む。
そして、いくばくかの時間をかけて、返答した。
『ダメね。そんな浅い理解じゃダメダメよ』
狼人の少年は再びの言葉に頭をかきむしり、うがー!と吠えた。
驚いた小鳥達が羽音を立てて散っていく。
「何が違うってんだ。俺がお前を“斬”と書いたんだぞ」
『そ・れ・が、浅いって言ってるのよ!完全に間違ってるとは言わないけどね!
でも、でもね、そんなふうに表せる程度の概念だと思われるのは心外だわ。
私はね、もっと深遠で高尚で広大なのよ!』
朗々と告げられる言葉に狼人の少年はうんざりした様子であった。
今も空を見上げ、あの雲が何々に見えるなどと考えている。
「わかった。わかった。
お前は素晴らしく美しく華麗でいて、清流のような冷たさと静けさを併せ持ってるんだな。
ちゃんとわかったから、仕事をしてくれよ」
狼人の少年の言葉に、文字はいよいよ激高する。
『そんな上っ面の誉め言葉……! 誰が褒めろだなんて言ったのよ!この馬鹿!阿呆!』
文字は一拍を置いて、
『私はね、何も難しいことなんて、求めてないのよ。ただ、私自身を見てほしいの。それだけよ?』
その言葉に狼人の少年は目を瞑り考えに考えた。
しかし何も成果はなかったようで、
だけど黙ってることは出来ず、それでも適当に口を開いた。
「わかんない奴だなぁ……。俺が生んだんだからさ。
その義理でちょっとくらい手伝っても誰も文句は言わないのによ」
『……あなたは私に繋がる窓を作っただけよ。小さく歪んでいる窓をね。
その上、あなたは色眼鏡を掛けるどころか、そっぽ向いてるの。
こんなんじゃ、やる気なんて出るわけないと思わない?』
狼人の少年は、とっくのとうに集中力も何も切らしてしまっている。
頭の中では具にもつかない諸々が追い駆けっこを始めていた。
「はぁ……女みたいにめんどくさい奴だよ、お前って奴はさ」
幼馴染みに実際似てるよ、なんて呟く狼人の少年に、
文字は呆れた様子で言葉を投げる。
『簡単な子がいいなら、精霊でも呼べば?』
そんな言葉に、狼人の少年は軽い気持ちでうなずく。うなずいてしまった。
「ああ、そうするかなぁ……」
彼の幼馴染みともよく起こす失敗であり、
何も学べていない狼人の少年にとって、幼馴染みは突然興奮する患者だった。
そして、文字もまた同じだった。
『はあ!?ここで諦めるって言うの! 私を書き出しといて!放置!
そんな失礼許されると思ってるの!?このバカっ!』
狼人の少年は目を白黒させて、そして謝罪と言い訳を重ねる。
「悪い。俺が悪かったよ。
早すぎたんだ。桜蘭の奴が使えることを自慢してきてさ。
ちょっとあいつに煽られただけなんだよ。許してくれ。
今度は、もっと勉強してから書くからさ」
『べ、勉強って……!!あー!もー!!勉強なら!今するしかないじゃない!
私がここにいるのよ!!私以外の何から、私を学ぶつもりなの!?言ってみなさいよ!!』
「あ、いや、もっと簡単そうなのから、徐々に段階を踏んでだな……」
『ばッッ~~かじゃないの!!!!!
私が!今!どれだけ!心砕いてやってると思ってるのよ!!!“今”の私以上に、やさしいのがあると思って!?
三日後の私は首を飛ばすのかもしれないのよ!!!!子供だからって甘くしたらこれよ!嫌になるわ!!!
綺麗な牙を持ってるからって調子に乗って!!
こんなに身を乗り出してるのに!!私に見向きもしないで!!!!
ほんっとうに頭きた!!!もう知らない!!!!!!』
次の瞬間、ずばんっと斬撃音が轟く。
反射的に身を竦めた少年だったが、数分後、どこも体に傷がないと確信して安堵の息を吐くのだった。
しかし、頭頂部の毛が見事に刈り込まれていることに気付き悲鳴をあげるのも、遠くない未来の話である。
躍字が刻まれた木板には無数の斬撃が叩き込まれており、風が吹くと砂のように崩れ去った。
- 深い様で実は物凄く単純そうな、では躍字はどんな答えを求めていたのか?と考えると分からない。 そこにいる精霊に比べ、自ら書き生み出す躍字には書き手含めてあらゆる要素がその性質に作用するのだなと実感する一本 -- (名無しさん) 2013-07-23 05:43:47
- 力が意思を持つというのは面白い。 -- (名無しさん) 2013-11-16 14:55:07
- でも力に意思を持たせるかどうかがやはり行使する者次第なのかなと -- (名無しさん) 2013-11-16 14:56:27
- 一人ではなく誰かと一緒に学べるっていいな。大延国で躍が発展したのも納得 -- (名無しさん) 2014-02-18 00:03:03
- 躍字の方が人より上という関係が面白いですね。字面に純粋な躍字の教えは理解できたのならば大きな糧になりそう -- (名無しさん) 2014-04-13 17:43:10
最終更新:2012年04月06日 23:03