【自転車に興奮しすぎた阿呆が風になる】

「うはははは!参朱ー!見てください!すごいでしょう!」

いつも以上に陽気さを増したその声は、兎人である参朱の耳には大きすぎる。
ふわふわとした白毛に包まれた顔を歪ませて、だけどすぐに驚愕に移り変わる。
「うるせえなぁ……。
 ──なんだそりゃあ!?かっけー!!」

狐人揚西が角持ち手に引くのは、彼の金毛を越えて艶やかに輝く銀色。
一つ目爛々、背には黒革、身体細く流麗で、なめらかに太陽弾けさせ輝いていて、
何より銀輪の繊細な美しさ!
両世界でも最高峰の変換効率を誇る推力噐。──自転車である。

「おいおいおい!自転車って奴だな、おい!どこで手に入れやがったんだ手前!
 さいっこうだな、この馬鹿野郎!」

兎人の手は恐る恐ると自転車撫でさすり、目は赤々ときらめいて。

「うははははは!もちろんこの私の人徳の賜物に違いありません! 誉めてよろしいですよ!!」
「誉めてやらあ!てめえこの野郎め! そして、こいつはどう使うんだ!?」
「角を持って、押せばよろしいのです!」
「こ、こうか!?」
「うはははは!なんですか!?そのへっぴりごしは!!」
「うるせえ!このくそったれ!」
「ほらほら、走れ!それ、走れ!やれ、駆けろ!自転車とはそのためにあるのですから!!」
「なんだてめえ!?駆けろ!?俺に駆けろと言ったのか!駆け抜けろと言ったのか!!!」
「うはははは!そりゃもう言いましたとも!ついでにケツ叩いて差し上げましょうか!?」
「いらねえなあ!駆けるのは兎人の得意分野さ!こうなったら俺はもう止まんねえぞ!!イャッハー!!」

兎人ハンドル握り締め、何の躊躇いなく走りだす。
そして、すぐに気付く。いつもと勝手が異なることに。
作る軌跡に導かれて、思うとおりに走る常とは違い、だけどその滑らかさは厭うものではなかった。
ハンドル操作で向きを変えることを覚えたころ、兎人は叫ぶ。

「おかしな感覚だ!押してるんだか引っ張られてるんだかわかんねぇ!!
 ──そうだ、そうだ!俺はピンときちまったぞ!
 この二つの相反させねぇ台詞をな!
 俺はこいつと!一緒に走ってやがるんだ!
 ひはははは!かわいいやつめ、この野郎!──うおっ!?」

風の精を纏って追い掛ける狐人に言葉放つ兎人は、上がりすぎた意気に思わず自らの姿勢を崩した。
つまずき、両足が瞬間大地から離されて、それでも銀輪自転して兎を乗せて転ばない。
勢いそのままに、地に足が着き駆け出して、少し呆ける。
試しに体重を預けてみると、一体感と楽しさが増幅した。兎人は笑う。

「ひははははは!!素敵だ!いい子だ!
 相棒め!俺はお前にすべてを預けると決めたぞ!!!」

兎人が足裏に大地を爆発させると、銀輪は一層の加速を応え、
ついに兎は跳びサドルへと足を掛けた。
兎は跳んで翔び続けた。慣性の言葉を知らないまま体に刻んだ。
何の支えもなく自転車は駆けていた。

狐人は兎の長い耳のたなびきに、翼を幻視した。
狐人は古い言い伝えを思い出す。かつて兎人は耳翼で雲間を翔んでいたという。
まさかと思っていたが、今なら確と信じられた。

しかし、兎は翔んで、そして落ちるのだ。

銀輪の行く先には下り坂。心臓破りの奈落坂!

狐人は叫ぶ。
「止まってください!!」
兎人は返す。
「駆け抜けるぜ俺たち!!」

兎人はグンと加速するのを感じた。
止まる気にはなれなかった。
風に耳が引かれていく。

「俺は!俺たちは!まさに!翔んでいやがるんだ!!
 もはやどうしようもねえ!どうしようもねぇほどに!!」

流れる風景が、線となる。流れる地面が、線となる。
狐人の声が、いやに遠くなる。
しかし、流れる雲はいつものようにゆっくりとしているのが不思議で、
微動だにしない青空には言葉もなかった。

銀輪の加速は止まらない。

「風だ!風だ!風だ!俺たちは、風になる!!
 あの太青駆け抜ける風になる!!
 風よ!風よ!風よ!行くぜ!だから、来いよ!!
 俺たちに疾風吹け!速度をここに!!風よ!!!」

風は応えた。大気が揺らぐ。
あたりの風の精が兎人のもとに集い、
狐人は自らを浮かせていた風の精を失い、すっころび、
おびただしいほどの風の精が兎人を今こそ加速させる!
竜の皮を張った太鼓を打ち鳴らしたように、大気が震えた!!

兎の速度は地獄坂を一息に飲み込み、
そして藪に飲み込まれた。ついで、悲鳴があがった。

大気が困惑に震え、風の精が散っていった。
後には静寂だけが残るばかり。

気を取り戻した狐人が慌てて兎人へと駆けだした。

「だだだだ、大丈夫ですか!?」

駆け寄る狐人の顔を兎人はぼんやりと眺め、
よく聞こえる耳に届くカラカラと物寂しい音にぞっとした。

ゆっくりと、だが確かに自転車へと視線を向ける。
ぎらりと、光が差し、目を細めさせる。
ぎらぎらと燃える一つ瞳が兎人を見つめていた。
自転車のライトが太陽光を、恐ろしく美しく反射していたのだ。
車体には一切の歪みは見当たらなかった。

兎人は狐人に言葉を返す。
「見ろよ。タフな奴だぜ、ホントに──大したもんさ。
 ひははははははははははははは!」


  • とてもテンションが高いけど爽やかな話でした。自転車という自らの力で走る乗り物を精霊はどう感じるんでしょうか -- (名無しさん) 2014-05-30 01:53:59
  • めっちゃハイテンションになっとる。楽しそうだな -- (名無しさん) 2014-05-31 20:20:13
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

c
+ タグ編集
  • タグ:
  • c
最終更新:2014年05月30日 01:53