ふん、お前さんも俺を穀潰しと角折れと臆病と謗りに来たんだろう
おうともさ!俺は穀潰しの角折れよ!だがなお前さんよ、臆病とだけは言わせねぇ。
いいか?三界流海に最も勇敢な男が誰かって?そいつは俺、俺さ。俺たち鯨捕りだ
陸にも勇者と称されてる者がおるが、そいつらの幾人ほどが一度に百の兵士を相手取るものか
考えてもみるがいいんだ
一息で船をひっくり返す北の荒波荒風を、一振りで船を砕く鯨の尾を!
これを瞬く間にこなそうとするならば、千の人でも足りるかね?
しかも俺たちゃ孤立無援よ。港を離れたら一年は帰らない。
その間、ずっとさ。ずうっと戦い続けるんだ。
何もない海で荒れ狂う海で、規律を保ち続けられる軍がどれほどいようか!
だが俺たち鯨捕りは百人が百人ともそうなのよ。
この世界が一つでないのは、俺たち鯨捕りがたまたま鯨に捕り憑かれておるだけのことだ。
すべからく王侯貴族は俺たちの目が海だけに向いてることに感謝するべきだ。
そう、百万の金貨を積んだって安いもんだろう。
そして、お前さんの目の前のこの俺は、二十年に渡って鯨を捕り続けた古強者よ。
これがどんな偉業か、そろそろお前さんにも分かってきただろう。
そしてもう、この俺に、臆病者とは口が避けても言えねぇはずだ。
はん、お前さんの言いたいことはよっく承知しておる。
その古強者がどうして海にも出ず、年がら年中酒に泳いでるかと疑っておるんだろう。
いいか、俺は臆病者じゃねえ。ただ少しばかり賢くなっただけのこと。
避けなければならないモノがおると知っただけなんだ。北の海の王って奴をよ。
ドニー王のことかって?そりゃあ違うなぁ。確かに海賊王は奴だがよお。
力が全ての俺らの海で、真に王たるはただ一頭よ。
白鯨だよ白鯨。銀毛白背の大海獣よ。
ああ、今思い出しても震えが来る。あの吠え声が、耳の中に残響してやがる。
島が悠々と泳いでることを信じられるか?
身の一揺るぎで海を沸騰させ、塩の一吹きで辺りの海を霧と雲に包む怪物がおることを。
ああ、真っ白だった。恐ろしく真っ白だったんだ。白波白風に海が荒れ、白霧に包まれ何も分かんねえ。
奈落の底から響く声が生臭い息に運ばれて、どいつもこいつも我を忘れてやがった。
見えてきやがるんだ。山と同じだけ大きい白い影が。キラキラもこもことして、それがむしろ気味がわりい。
そして近づいて気づくぜ。あの毛の一本一本が、銛でナイフで牙だってことにな!
強さが掟の俺らが海で、それこそ奴の王者の証よ。
千年万年に渡って挑戦を受け入れては勝ったのさ。なんとも剛毅な話じゃねえか。
なんで毛が見えるほどに近づいたかって?
そりゃあ鯨をみてオールを漕がない鯨捕りがいないってだけのことさ。
そろいもそろって阿呆だっただけのことよ。
それでどうなったかって?
言わずもがなよ。大木じみた白い歯並べた奈落の入り口が開かれて、ああ、全部おしまいさ。
なんもかんも砕かれて奈落の底。俺の無知と無謀もことごとく。
たまさか小ボートに転がり込んじまった俺の身の他はな、全部だ。
俺はもうあの海に出る気にはならねえ。
奴の頭の上で酒とチーズを楽しむなんて狂気の沙汰よ。
そうさ。あの傲慢で卑怯な魚人どもが、海の全てを持ち物言ってはばからない奴どもが、
北海を攻めず内洋に籠もってるのも何を隠そう白鯨を避けてのことよ。
白鯨の屋敷の屋根で、酒飲んで歌えるのは我らがドニーの阿呆共くらいのものさ。
うん?親分の色ボケに頼めばすぐだろうって?
馬鹿を言っちゃいけねぇな。奴らが何より畏れてるのがその龍神様御本尊に他ならねえ。
色ボケに色ボケ続けてもらうことが何よりの願いなんだよ。
まったく詰まらねえ角折れ共だよ。だが、賢明だ。俺と同じくな。
半信半疑って顔だな。はっ、別にいいさ。
ところでお前さんよ、明日出港するつもりなら止めておいたほがいい。
俺の心の臓が嫌に震える次の日は、決まって行方不明の船が出る。
おおかた奴の腹の中に残した俺の無謀が、俺の胸を震わせているのさ。
信じるも信じないも、お前さん次第。
だがな、そっちを選んだそのときは覚悟するがええ。
お前さん開いた眼に刻まれるのが、奴の鼻先に刺さった銛だということに。
柄に刻印された俺の名前だってことにな!
- 海に生きる者の誇りと一緒に異世界の海の厳しさも伝わってきました -- (名無しさん) 2014-06-08 17:22:06
- 異世界は上を見上げればどこまでもたんこぶが積みあがってそうな果てしない弱肉強食の世界な -- (名無しさん) 2014-10-30 23:19:00
最終更新:2013年11月08日 19:52