よう、兄さん、ちょっといいかい。そうだよあんただよ。ちょっと話をしようや。
おっと、そんなに緊張しなさんなって。別に難癖付けてどうこうしようってんじゃねぇよ。そりゃあんたらみたいなのががカモにしやすいのは否定しないがね。どいつもこいつもガッチガチに固まってるくせに、肝心なところで気を抜きやがる。こないだもあんたみたいな奴ちょっと挑発しただけで大勝負張ってくれてよ、あっさりいただいて丸儲けよ。兄さんも知らねぇ土地でばくちなんか打つなよ。カモられるのが落ちだぞ。
いや、だから落ち着きなって。とって食やしねえよ。
――取って食うといや、腹へってねぇか、兄さん。
いいねぇ。正直者は腹で物言う、ってね。せっかくこっちの世界に来たんだ。大延国の旨いメシを食ってけよ。ちょうどお薦めの店があるんだ。こっちさ。見てくれは少々小汚ないが、味は保障するよ。
――そら、座んな。いっちょ奢らせてくれよ。ここの麺は天下一品、食神祭に出したって恥ずかしくねぇ代物よ。おい親父! 二つ! ――いや二つだよ! どう見ても二人しかいねえだろうが! 眼まで見えなくなったのか! ったく、妙に勿体つけやがって、もう。
あ? ああ、悪いな。ここの店は何が出てくるかは気分次第なのさ。さっきのもうろく爺は鼻たらしてるころから麺の修行一筋って触れ込みでよ、天下の麺を全て制覇したとかなんとか威勢のいい事ぶち上げるのよ。さっきモゴモゴ言ってたのがその口上の名残な。別に魂抜けてたわけじゃねえから安心しろよ。たまに抜けてるときはあの比じゃねえぞ。こないだもな――
おっとっと、わき道にそれるところだったな。そろそろ本題にも入っとくか。それと、自己紹介もな。
俺はこの辺じゃ長牙で通ってる。まあみりゃ分かるわな。あんたはさしずめ牙なしってところか? 冗談だって。いまいち異世界人の顔は区別がつかねえけどよ、あんたの顔は分かりやすいな。特に眼なんかえらく光るし出っ張ってるしでおもしろ――へぇ、それ外れんの。まあいいや。
あんた、旅しに来たんだろ? 商売にしちゃ荷物がすくねぇから、物見遊山ってところだ。違うか。
よしよし、なら話は早い。あんたにいい話を持ってきた。俺をやとわねぇか?
なにするって、案内人だよ。あんたの旅にちょっとしたお手伝いをご提供、あんたは俺に金銭をご提供。分かりやすいだろ?
――ふん? そうか? ならあんた、どうしてこの街でくすぶってる? 界門からでて、今の宿に止まって三日目だそうじゃないか? 異人相手のお楽しみ商売を順繰りに巡っても二日で飽きると思うねぇ。あんたがよっぽどのお大尽で、妓楼をまるごとお借り上げってんなら別だけどよ。それに、あんたが街を出たがってるのは知ってるよ。紅圭幇の一団にくっつけてもらおうとしただろ? あの爺と交渉しようとするなんざ、なかなかの度胸だねあんた。で、あの食えねぇ熊爺にすげなく断られた。そりゃそうだ。どこの誰とも知れない異世界人連れてって揉め事の種にでもなったら大事だもんな。かといって、一人で街道歩く度胸はねぇ。出たくても出れない。それがあんたの現状さ。
気ぃ悪くしたか? しょうがねえだろ。あんただって俺みたいなのがいきなりあんたの世界に出てきて「金貸してくれ」とか言い出しても無視するだろ? それが普通さ。知らない奴は信用しちゃいけない。鉄則だ。
そうは言っても旅はしたい。だろ? そこでこの俺の登場というわけよ。
俺には伝がある。荷運びだの食い物だのも手配してやれるし、宿だって見つけてやれる。道中の案内もしてやれるし、クソ役人に難癖付けられても守ってやれる。匪賊の類だって避けるし、なんなら地元の有力者に渡りをつけて客として迎えてもらえるように取り計らってもいい。ま、これはあんたの金払い次第だけどな。要は、あんたの旅の面倒を見ましょうってことだ。悪くないだろ?
あんたの来たところじゃどうか知らないが、ここじゃ旅するっていや縁故と縁故の綱渡りよ。知らない顔ばかりの土地なんておっかなくて歩けたもんじゃないからな。仲介役なしじゃ一歩も進めねぇ。俺たちだって同じことさ。だから、俺たちみたいな商売がいるんだよ。
親父! さっき注文しただろうが! 聞いてなかったのか! おい!
悪いな、大声出しちまって。ここの親父も来るたんびに耳悪くなりやがってよ。頭のほうも大分ガタがきてるぜ。こないだなんか旅の疲れでへろへろになって飛び込んだ所に出してきたのが汁なし丹麺、それもぶっとい麺なんだこれが。親父の野郎、すまし顔で「元気でますよ」ときやがる。まあ食ったけどよ。喉に詰まって死にそうになったが、味は一品だった。
そういや、前にあんたらのご同類から聞いたところじゃ、一応そっちの世界にも俺たちと似たようなのがいるんだってな。つあこん、だっけ? まあ俺たちゃ別に団体さんを率いたりゃしねえがね。せいぜいお貴族さまの物見遊山にお付き合いするぐらいだ。一応、荷物運びのほうが主なんだよ。俺たちゃ塩客、運ぶっつっても人足じゃなくて、護衛のほうだ。
あ? ひょうきょく? なんだそりゃ。――へぇ、俺たちみたいだな。確かに、つあこん? よりそっちのほうが近そうだ。俺たちゃ結局護送業者だからな。ああ、武芸も少々嗜むぜ。本当はあんまり見せびらかすもんじゃないんだが、あとでお目に掛けてもいいぜ。土産話にするといい。歴州の大比武でかの『神獣双爪』に一歩も引けを取らなかった剣術の冴え、せいぜい眼に焼き付けてくんな。ま、メシ食ってからな。そうだ、うちの事務所にも来るといい。ちょっとぼろいが、独立したばっかだからそこは大目に見てくれよ。なに、そのうち全土に名が響き渡るさ。
おし、きたきた。おー、親父、こりゃ新作だな! あんたも運がいい。めったにないぜこんなの。
取引成立ってことでいいよな。じゃ、いただきまーす。
但し書き
文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
- 講談一人語りみたいに進む一通会話で調子よく大延国の旅のイロハを教えてくれる。 雰囲気としては南米や東南アジアの一人旅を彷彿した -- (名無しさん) 2013-07-23 20:21:35
- 異世界の入り口のような面白さがあります。卓を同じくして国語りととっておきの飯。仕事として他の世界だからどうという特別な意識がうすいのがいいですね -- (名無しさん) 2014-06-15 17:50:17
- 翻訳加護で会話ができるようになって案内人を雇うのも容易なのは旅の敷居がかなり低い行きやすい国だ大延国 -- (名無しさん) 2014-10-21 23:31:07
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最終更新:2012年05月02日 20:21