アットウィキロゴ

【三比・比食】

 食は、大延国の文化において大きな比重を占めている。そもそもの国の成り立ちからして、放浪していた金羅を料理の香りでもってひきつけて神の加護を得たことが礎となった旨が、正史の一つと認められた『延史通鑑』に記されている程である。食をないがしろにして大延国を語ることなど出来ないことがよくわかるだろう。大延国民は良く食べ、よく飲み、食の楽しみを追求して止まない。
 そうした食文化の一角を形成しているのが、比食と呼ばれる料理勝負である。


 あなたの知る比食とは何か。そう大延国の民に問いかけたとき、真っ先に帰ってくる答えは「食神祭」というものであろう。食神祭とは、国中から集められた厨師たちによる食の競演である。食神祭を知らぬ大延国民など存在しないと言ってよい。
 だが、食神祭ばかりが比食ではないのだ。あなたが最近触れた比食とは何かと問えば、多様な答えが返るはずである。そしてその答えをよくよく吟味すれば、比食とは実に幅広い内容を含む言葉だと分かるだろう。食べ比べや飲み比べに始まって、市場における食材の奪い合いや、料理を食べ終わった後の感想を互いに述べ合うことすらも比食の範疇である。食にまつわる競争ごと全てが比食だという認識は、大延国民にとって至極当たり前の感覚である。
 とはいえ、ただ比食というとき、その中心には明確な一つのイメージがある。すなわち、厨師同士による料理勝負である。


 厨師による比食が行われるとき、その実像は大きく二つに分かれる。一つは裁判や闘争の代理手段、そしてもう一つは厨師同士の決闘である。
 大延国で何かしらの揉め事が起き、あるいは二者が相争うとき、その解決手段として比食が持ち出されることがある。争いの種としては土地や水利や相続権の奪い合い、名誉毀損などがあり、とかく法で裁くには困難を伴うものが多い。争う両者は裁定人を選び出して期日を取り決め、四方八方に人を走らせて厨師や食材を確保しようとする。両者の準備が整うと、厨師たちは自らの腕を存分にふるい、裁定人に料理を振舞う。両者の料理を食べ比べた裁定人はどちらの料理が優れているかを判定し、勝者が、もともとの争いをも制することとなる。
 こうしたやり方が成立する背景としては、大延国人が食に対して抱く意識が挙げられるだろう。大延国民は、料理には万有が宿るという考えを持っている。食材は天地の恵みであり、しかもそれは食品を加工する数多の手があって初めて成り立つものである。厨師が腕を振るうことがなければ食材の味を全て引き出すことは敵わず、そうして作り出された料理を食べる口があって初めて全ての行程に意味が生まれる。こうした考えを発展させれば、よい料理を振舞うことができるのはよい人間であるという理屈になる。実際、比食を行うのは簡単な事ではない。実力のある厨師を探し出すことも困難なら、そうして見つけ出した厨師に助力を乞うこともまた一筋縄ではいかない。厨師たちにも横のつながりやはばかりがあり、またよからぬ輩に手を貸したともなれば自分の評判を落とすことにもつながるからである。厨師の信頼を得るためには長い時間をかけて説得するか、権威のある人物の推薦を受けるかしかなく、いずれも一朝一夕にどうこうできることではない。また、材料の確保も難事である。勝負に勝つために珍奇な食材や最高級品を用いようと思えば、用意しなくてはならないのは金だけでは済まないだろう。こうした事情をかんがみれば分かるように、比食に挑み、そして勝利するということは、それなりの社会的地位を持っているという証明を行うことに他ならないのだ。


 もう一つの比食である厨師同士の決闘となると、事情は大きく異なる。これには、多くの厨師たちが門派に属していることが深くかかわっている。
 厨師たちの構成する社会を厨林という。厨師は、多くの点で武芸者の社会である武林に似ている。例を挙げれば、師弟関係が絶対であるという点、縄張りを重視する点、そして自らの技を誇り、名声を高めようとする点などである。料理人たちは下働きとして追い使われるところから始まり、徐々に技を学んで職人として大成していく。技を教わり、あるいは盗む相手である師匠の存在感は大きく、厨師たちは自らの師に逆らおうとはしたがらない。また、厨師はとかく料理を振舞うのが商売であるから、多くの場合は自らの店を構えることを目標とするわけであるが、新たに店を出すとき、よその店の縄張りを侵すことはきわめて無礼であるとされる。師にのれんわけをしてもらい、そこで一門の名声を高めようとすることこそ厨師の誉れである。
 このように武林とよく似ている厨林が、争いの解決手段として比武に似た形式を採用しているとしても驚くには値しないだろう。厨師の比食もまた、バラエティ豊かな勝負形式を多く用意している。ここではその一つ一つにいちいち触れることはしないが、衆に判定をゆだねるものが多いことは特筆しておこう。厨師たちは群集に料理を振る舞い、多数決で勝者を決定するのだ。こうした比食を観戦することは庶民たちにとって思わぬ楽しみとなる。普段ならば香りをかぐことも叶わないような名品が、こうした勝負では惜しげもなく振舞われるのだ。勝負が終わると、存分に舌鼓を打った群集は勝者と敗者とをともに称え、それぞれの構える店になだれ込んで大騒ぎとなる。こうした比食にまつわる雰囲気は、勝負事としての鋭さを幾分か鈍らせるのに一役買っている。なんと言っても、旨い料理に最も似合う表情は笑顔である。


 さて、大延国における比食を語るなら、食神祭は避けて通れまい。食神祭とは、金羅をもてなすために皇帝自らが主宰する料理大会である。かつては狐族のみが参加を許されていたが、現在はそうした制限は撤廃されている。
 食神祭は毎年大都で行われるが、参加にはそれに先んじて全国各地で催される料理大会を制し、推薦状を獲得することが要求される。推薦者は土地の有力者であることもあり、刺使以上の高官であることも多く、まれには土地に根付いた大精霊であることもある。彼らの主宰する料理大会がいわば地方予選として機能しており、更にそうした地方予選に参加するために、より小さい規模の大会を押さえなくてはならないことも珍しくない。食神祭参加の振り出しとして、村一番の料理上手を決める大会が行われることはごく当たり前の光景である。こうした正規の方法のほかにも、他の手段で推薦状を獲得する者も毎年いくたりかは存在する。金羅の分神に突然推薦状を渡され、右も左も分からないまま食神祭に参加した若者が最終的に金炎を授かるという筋書きは戯書の題材としてよく見られるものである。
 推薦状を持った者たちが集うと、食神祭が開始となる。形式そのほかが事前に知らされることはない。金羅の気まぐれによってテーマが決められ、厨師たちはそのテーマにしたがって創意工夫を尽くした料理を提出する。勝者や主席を決めることはせず、金羅を満足させることが出来たかどうかだけが重視される。金羅が満足すれば、厨師には神の炎である金炎と神膳厨師の称号、そして望めば多額の褒賞が与えられる。金炎も神膳厨師の称号も、大延国の料理人にとっては憧れの的であり、また約束された栄達への道でもある。金炎は自らの一門を起こすに充分な力量の証明となり得る。実際、多くの有名な流派の開祖はいずれも金炎を授かっている。金羅は自らにおいしい料理を食べさせてくれる厨師に報いることを怠ろうとはしないのである。


 食神祭の時期には、こうしたいわば公式の勝負のほかにも、多くの比食が催される。食神祭の予選にもれた料理人たちや、すでに金炎を授かった達人たちが全国各地から集結するためである。こうした傍祭は食神祭の華とされており、これを目当てとして多くの観光客も訪れる。そのほかにも料理に用いる食材や皿の類を商う商人やその護衛、博徒、ここぞとばかりに大都での用事を思いついた高官などで大都はごったがえし、昼夜を問わず続くお祭り騒ぎの坩堝と化す。各所で行われる料理大会には気楽に参加できるものもあれば、一門総出で行う交流試合、達人同士のエキシビションマッチといったさまざまな種類があり、いずれも参加者や観戦者たちを楽しませて止まないものである。
 食神祭にまつわる根強い噂として、こうした傍祭の観戦者の中に金羅の分身がまぎれているというものがある。金羅の分身は浮かれ騒ぐ人々に混ざり、見所のある料理人を見繕っているというのだ。金羅という神の性質を考えれば、これはあながち根拠のない噂というわけでもないだろう。あるいは、料理人を探しているというのではなく、ただお祭り騒ぎを楽しんでいるだけなのかもしれない。金羅とは、そうした神である。



 これまで三比と称して比武、比技、比食の三つを取り上げた。いずれも勝負とはいいながら、娯楽としての側面も無視できないものばかりである。これは大延国の民は皇帝による安定した政治と精霊の慈しみがあふれる国土に恵まれて、ある程度文化的な生活を営んでいるということに他ならない。三比に興ずる大延国民を金羅が見守り、あるいは率先して自らも混ざる。これこそは、大延国の大延国らしいありようだといって構わないだろう。主神金羅の影響は、こうした形でも現れているのである。

 但し書き
 文中における誤りは全て筆者に責任があります。
 独自設定についてはこちらからご覧ください。
 また、以下のSSの記述を参考としました。
 【異人食祭記 7】


  • 神と食が同義と過言ではない大延国のどこにでもあるありふれたもの楽しむものから人生と誇りをかけるものまでまさに国を作る根幹ですね。金炎を得るのも燃やし続けるのも研鑽が必要なのだと料理人の本能に根付く文化はすごみを感じました。それらの集大成を振舞う祭を神が楽しまないはずはないですね -- (名無しさん) 2014-07-20 19:05:00
  • 題名からすぐ想像したのが早食い大会だった。大延国は民が精進することで己が道開く可能性が用意されている住む生きるにモチベの上がるよい土壌 -- (名無しさん) 2014-10-10 23:22:06
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る
-

タグ:

d
+ タグ編集
  • タグ:
  • d
最終更新:2012年05月14日 01:52