【紅唇小話】

昔、延の都にほど近い東洲という所に孔と赤という有名な狸人と狐人の二人組みの噺家がいたという。
二人はそれぞれ芸風が違い、孔は古典の噺、赤は流行の噺で人を笑わせるのが得意であり、いつも互いの芸風を貶しながら争って自分の名を挙げることに邁進していた。

いつも二人で所有している猿人少年の下僕を連れて西へ東へ、ある時は寂れた村で、またある時は豪華絢爛な城の中で、いろいろな地を巡り歩き二人は噺で人を笑わせ自分達の力量を比べていたのだ。

さて、争って力量を上げていた二人だが中々勝負がつかず、次で百戦目といった節目になるので何か特別な人間を笑わせて長きに渡る争いに終止符を打とうと考えた。
そこで方々へ聞いて回って、南方の村に戦で捕まった象人の下僕がいることを流れの商人からやっと聴きだした。
南蛮の象人は鉄面皮で有名な種族であり、死ぬ時にしか笑わないと言われているほどで、これを笑わせることが出来れば宮廷に召抱えられることも夢ではないだろう。

記念すべき百回目の勝負にこれほどうってつけのモノはないと二人と下僕はすぐさま村へ行き、勝負の段取りを取り付けた。

そして勝負の当日、床に座らされ厳重に金輪と鎖、鉛の重りなどでがんじがらめにされて不機嫌そうな象人の前で二人は渾身の噺を始める。
孔は古典でも大衆に人気のある緑狸公没落の滑稽な噺を、打って変わって赤は最近都で人気があるおどけた顔や仕草を交えた新しい噺をそれぞれ披露した。

二人の噺対決の見物に来ていた村人たちは腹を抱えて笑い転げていたが、鋼で作られたようないかつい顔の象人の下僕だけは全く表情が動いたように見えなかった。
なので、二人は象人にどちらの噺が面白かったか判定させることにした。

「おい、象人。貴様が聞いて面白かった噺はどちらだ?」
「オレに判定をさせる気か?ならば報酬を戴くぞ?」
「よかろう。なんなりと言うがいい。
象人一人の願いくらい叶えられる程度に蓄えはある」
二人は各地の興行で一国の城主もかくやとあらんいう蓄財があったので南蛮の田舎者への報酬ごときという気分で答えを返した。
その答えに象人はその長い鼻を高く掲げてから下ろし承諾の意を示した。

「それで、貴様はどちらの噺が面白かったのだ?」
二人が象人に聞くと、象人は簡単に鎖や金輪を引き千切りながら立ち上がり、二人の頭にその大きな手を乗せた。
そして「あっ」というまもなく二人を押しつぶしてしまった。
唖然とする村人と猿人の下僕の前で孔だったものへ言った。
「お前の噺は古臭い上に他人を小馬鹿にするだけの噺だ。死ぬほどつまらん」
次に赤だったものへ言った。
「お前の噺はそもそも笑わせるものでなく嗤われるだけのものだ。死ぬほどつまらん」
そして最後に言った。
「…よって、命をもって判定の報酬となす」

象人に圧倒されて固まる村人達を尻目に下僕だった猿人の少年が震えながら口を開いた。
「小姐は僕も報酬にするの?」
「…どうしてオレが女だと思ったのだ?」
訝しげに聞く象人に猿人の少年は答えた。
「だって小姐は紅餅から紅をつけてるじゃないか!」
その言葉に象人が下を見ると、確かに潰れた二人は紅餅のような有様であり、次に両手を見るとまさに紅をすくった様に赤く濡れている。
最後に象人は両手に付いた紅を自分の口と頬に塗り、近くの水桶を覗き込めばまさに紅を引いた女性の様相であった。

象人はそれを見て深く頷くと、長い鼻を猿人の少年の頭へ置いて撫で付け、その紅い唇を動かした。

「然り」

そう一言いって、象人は大延の全土に届くほどの大きな笑い声を上げて事切れた…

その後、猿人の少年グアンは諸国を回って噺の修行をし、ついには笑神と呼ばれて大延の長き歴史の中に名前を残すこととなるが、それはまた別のお話である。
しかし、彼が晩年に自分が少年時代に言った事が事実であったことを死の淵で知り、天に響くほどの笑い声を上げて事切れた事については書いておかねばならない。

すなわち、あの象人は今でも南蛮中に名を轟かせる大延の将軍10人を素手で叩き潰した猛女、シェンピェンツァーそのヒトであったということだ…



蛇足
大延国のSSは初めて書きました。
劇中の様に死ぬほどでは無いにしても皆様にとって少しでも面白ければ幸いです。

  • 話としては短いけれど種族独特の所作や背景が盛り込まれていてその密度に驚いた。 諺や古典のような説得力のある内容に思わずうんうんと頷いてしまった面白かった -- (とっしー) 2012-06-08 17:46:03
  • 無意識の所作から女性だと判明した誰もが男と思っていた象人とか上手い!この話だけ読むと南蛮とは和解できそうにも思っちゃったんだけどどうなんだろうね -- (名無しさん) 2012-06-08 20:17:56
  • 南蛮ってのは延の支配を受け入れない種族や国家などの総称だろうし、和解できる存在もいるだろうね -- (名無しさん) 2012-06-09 00:53:38
  • 噺家二人がバラエティの風刺にも思えてドキっとした -- (名無しさん) 2012-06-09 08:06:28
  • 南蛮では常に命のやりとりがあってガチンコ精神が根付いているのかも? 相手を笑わせるのも命がけの勝負と捉えていたりとか -- (名無しさん) 2013-03-15 23:05:45
  • おぉーい!?といきなりの攻撃に驚いたけど女象人の言う事ももっともかなとも思えてしまった。 死生観の違いは確かにありそう -- (名無しさん) 2013-07-03 01:03:48
  • 文化の違い感覚の違いというよりも物事に対しての姿勢の差を想像しました。南蛮はそれほどまでに日々が命をかけたものなのかなと -- (名無しさん) 2014-08-10 17:31:51
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最終更新:2013年03月28日 18:56