あらすじ
彼女の名は、芦原瑠奈《あしはら るな》。
白いワイシャツに深紅のネクタイ。黒のブレザーとミニスカートに、白黒ストライプのハイソックス。
ただでさえ目立つ金髪碧眼の顔立ちに加え、肩から下げた紫色のバッグが強烈な自己主張をする17歳である。
そんな彼女はある日の放課後、人気のいない学園の図書倉庫にて、見慣れぬ文字が書かれた本をこっそり拝借する。
よもやその本が、大延国に端を発する躍書であるとも知らず。
【芦原瑠奈と始末書】
卓上に置かれた一冊の本を挟み、向かい合って椅子に座っている瑠奈と竜人。
異質な光景が広がる生徒指導室にて、瑠奈が事の推移を話し終える。
「というわけなんですけどー」
「つまり『過去問探しに図書倉庫に潜り込んだら、間違って躍書を開いて躍字が逃げました』……と。
さらに『逃げた躍字を集めようとした躍書に、体の一部を乗っ取られました』……か。
馬鹿かお前は! または阿呆か!」
「だぁってー、火乃《ひの》センセーのテストむつかしいんだもーん」
普段は猫人の姿を取る火乃教師は、珍しく竜人の姿をして火を噴きそうな口調で瑠奈を叱責した。
職員室から図書倉庫の鍵を持ち出した挙句、躍書を開いて躍字が逃げるなどという事をしたのでは無理もない。
そればかりか、躍書に体の一部を奪われたとあっては一大事である。
「乗っ取られたと言っても、アタシは至ってフツーな感じですケド」
「どこまでがお前自身で、どこからがお前でないのかなど、傍目には判断できんわ」
睨みをきかせつつ、火乃教師の鋭い顔先が瑠奈の顔にずいと近寄った。
碧眼であるはずの瑠奈の左目が赤々と輝き、その中で文字とも模様とも取れぬ何かがうごめいているのが確認できる。
火乃教師が頭を抱え、尻尾をべしべしと床に打ち付けると、ビシッと無数の亀裂が走った。
「ドラゴンティーチャー、床に穴空くわよー」
「やかましい! 床の穴はわしが塞ぐとして、お前は自分の減らず口を塞げ!」
「無理。塞いだら息できなくて死んじゃうし」
頭を抱え、尻尾の先で小さく円を描きながら火乃教師はどうしたものかと呟く。
一方まったく反省の色を見せない瑠奈は、窓の外を見てぼけっとしていた。
そんな様子を見て、思わず炎混じりのため息をつく火乃教師。
ふとある事が頭をよぎる。
「……ところでお前は何故、乗っ取られたと自覚している?
普通は乗っ取られた時点で自我そのものを喪失すると思うのだが」
「あー……とっさに本を遠ざけたからじゃないですかねー」
そんな馬鹿なという顔をしつつ、火乃教師は卓上に置かれた問題の本を手に取る。
表題は【大延国における仙人の処遇について】と達筆な字で書かれ、鎖が千切られたような装飾が施されている。
躍字に飲まれぬよう精神を集中しつつ表紙をめくり、何も書かれていない紙面に語りかける。
「書よ。芦原の身体を奪しようとし、半端に終わったのは事実か?」
真白な紙面の右上から下へ向かい、スラスラと黒色の線が描かれていく。
それら全てが、傍目には意味不明な記号の羅列、あるいは何がしかの複雑な模様にしか見えない。
途中折り返し、紙面を2行ほど進んで歩みを止めた線が、火乃教師の意識に語りかけてくる。
『割と本気で体を奪うつもりだったが、想像以上に精神が頑強でな。
左の視覚と聴覚を共有するのが精々であった』
全力で本を地面に投げつける火乃教師。
叩きつけられた躍書は宙を舞い、床の亀裂がさらに深刻化する。
口元から燃え盛る吐息を散らし、地に落ち天を仰ぐ躍書に向かい唸るように放つ。
「消し炭にしてやろうか、この悪書が」
『竜人にかかれば造作も無いことであろうが、その場合、我の一部は彼女に残り続けるぞ?
それにこちらとて道理あってこういった手段を取っているのだ』
火乃教師は本を拾い上げ、おもむろに紙面をめくり始めた。
相対する瑠奈の視線ではその内容を読むことはできないが、段々と険しくなる火乃教師の顔が目に映る。
やがて本をたたみ、瑠奈に向けて差し出した。
「わしの口からあれこれ説明するより、この書から直接伺ったほうが早いだろう。
何せこれは躍書。自ら語りたがる異国のお喋りどもよ」
そういって本を瑠奈に渡し、熱を帯びた鼻息を鳴らしながら火乃教師は生徒指導室を後にした。
手にした本を開くか否か、瑠奈は少しばかり思考を巡らせるが、開かないという選択肢は取れそうもなかった。
【大延国における仙人の処遇について】をめくると、紙面には幽玄の如く文字が浮かび上がる。
『まずは自己紹介といこう。我は表題の通り【大延国における仙人の処遇について】の書物だ』
「十津那学園高等1部2年3組芦原瑠奈、永遠の17歳にしてうら若き乙女よ」
『……何とも言いあぐねるな』
「金髪碧眼の美少女を捕まえてそりゃ無いでしょ。もっとも左目はアンタの所為で充血状態だけど」
赤々と輝く左目をぐいと指で吊り上げて見せる。
本に書かれた文字はするすると形を変えて瑠奈に語りかける。
『その目を通じて、我は今世界を垣間見ることが出来る。
同様に主《ぬし》の耳を通じて、世界の有様を聞くことが出来る』
「感謝しなさいよねー」
『さて本題に移行する』
浮かんだ文字が一斉に消え入り、紙面が真白に戻る。そして再び右端からスラスラと文字が書かれる。
瑠奈は書かれていく内容を意識で読みつつ、重要そうな点だけ声に出して確認した。
「えー、本書は……延の躍書で……仙人境で作られて……不老不死の仙人を……封印する物で――」
要領を得ないと判断したであろう本自身が、要点だけをまとめて書き直す。
『要約するとこうだ。本書は悪事を働いた仙人共を封じるための書物だ。
すでに役目を終え、我自身に封縛が施されていた筈であるが、何ゆえか枷が外れてしまっていた。
そして主が我を開いた際、封じた悪仙共が逃亡を図ったのだ』
小首をかしげるも、概ねの事態を瑠奈は把握した。決してよろしい事態ではない。
『だが寸での所で封の字を書き連ね、出来うる限りの逃走は阻止した。
しかし少なからず逃げおおせた者もいる故、事が官に知れれば我が名も本書に書き連ねんと察する』
「それとアタシの魅惑的ボディを乗っ取ることに、どういった関係性があるわけ」
『書たる我に自在は無し。封じ伝えることのみが責務ゆえ、以外の全ては剥奪されて久しい。
故に封を切りたる主の身体を用い、再び彼奴等を我が内に封じ込めんと画策した次第だ』
「要は失態犯したのが上に知れるとマズイから、秘密裏に処理しちゃえと。
んで自分は身動き出来ないから、アタシの体を使って何とかしようと。
……ただの揉み消しじゃん、それ」
『……と言うやもしれぬし、言わんやもしれぬ』
「としか言わねっつの。言わねっつの。大事なことなので2回言いましたっつの」
ふらりふらりと軽い口調で物事を受け流す瑠奈。あるいは事の重大さを誤魔化すためか。
それからしばらくの間、両者に沈黙が走った。
半ば諦めたように、瑠奈がどっと息を吐き出す。
「で、結局アタシはどうすりゃいいわけ?」
本はようやくと言わんばかりに線を引いた。
『我と共に逃亡者の再封に務めてもらう。先に言ったように事を広げたくは無いのでな。
本書を随伴させ、彼奴等を探し出し、説得あるいは実力行使で封印するのだ』
「人間にそんな重労働が勤まるモンですかねー。ま、頑張りますケド」
『ついでにもう一つ』
ただでさえ面倒な悪仙の封印などという仕事の上に、まだ何かあるのか。
そう思うと今回の倉庫巡りは失敗したなと、瑠奈は気持ち身体が重くなった。
『暇だ』
「は?」
想定外の返答にうっすらと笑いながら驚きを口にする。
これだけの事態に進展しておいて何が暇なものか。もっとも引き金を引いたのは瑠奈自身ではあるが。
『幾千年の月日の中、暗所で過ごす生は飽きた。
偶然であるとは言え異界で目覚めるという類稀な体験でもある。
どうせならば封を終えるまでの間、この現界の様々を知り体験したいものだ』
「……はー。失態にプラスして職務の合間に悠々自適の異邦生活っすか。とんでもない悪書ねコイツ」
『千載一遇の何とやらだ。見逃せ』
へらへらと笑いを浮かべながら、どことなく瑠奈は共感を覚える。
似ている、というより本質が大体同じである。
「いいわ。アンタの日常とアタシの日常を半分こで共有しましょ。でも主導権はアタシよ」
『心得た。我の非日常と主の非日常を半分にて共有せしめん』
頃合を見計らってか、生徒指導室を出て行った火乃教師が一枚の紙を携えて戻ってきた。
「芦原。大体の説明は受けたのか?」
「まー概ねは」
「ではこれを書け」
手渡された紙にデカデカと書かれた始末書の文字。
「……まじっすか火乃ティーチャー」
「何か文句があるのか? 仙人の始末書に一筆入れる前に、まずは自分の始末書に一筆入れろ」
『封印されなければ良いな、主よ』
「人事だと思ってんじゃないわよアンタ」
かくして芦原瑠奈と躍書による、お気楽悪仙封縛生活が始まった。
「早速だけど、アンタに要求があるわ」
『何だ』
「その訳の分からん口調、もとい書体を何とかしなさいよね。もうちょっと現代的にさ~」
『主が閲覧および聞いた言葉を使用しろということか。ならば参考文献を所望する』
「……あー、マンガでいい?」
『何だか良く分からんが、とにかく良し』
【但し書き】
本作品における設定は多分に独自解釈を用いております。
また作品内に登場するキャラのシェアに関しては、ご自由にお使い下さい設定となっております。
※ご指摘等あれば、下記コメント欄よりどうぞ。
- 17歳ってことは高2?それとも高1? -- (名無しのとしあき) 2012-06-26 15:18:56
- 高等1部2年と言っているように高2となります。ちなみに高等1部=高校、2部=大学という独自設定 -- (としあき) 2012-06-28 01:47:13
- 今更ながら読んで見たけど(作者さんすいません)会話部分が軽快で読み進めやすかったです。躍字や仙人について参考にさせて頂きたいので今後が気になるシリーズです -- (名無しさん) 2012-12-19 12:05:04
- 火乃先生の生徒を思う姿がいいですね。扱い方によっては危険な物が置いてあるのは管理能力が認められているからなのでしょうか。妙に人臭い書との事態もみ消しが楽しみですね -- (名無しさん) 2014-08-31 18:49:20
最終更新:2012年06月25日 00:58