【住めば都の十津那荘④~ユッコは萌えているか~】

 【住めば都の十津那荘】


「な、何するのお姉ちゃん?」
 巨大な巨大な釜の前で私はお姉ちゃんに問いかける。燃え盛る灼熱の釜の前で一体何をするつもりなのかと。
 釜の淵には頭に袋を被せられた男の人が立っている。いや、正確には紐一本を支えに何とか落ちずに持ちこたえていると言うべきか。
 縁に足を引っ掛け片腕はありえない方向に複雑に曲がっている。そんな状態で片腕一本で紐を掴んでいるのだ。
 しかしその紐を掴む手はプルプルと震え、男の人の腕力は今にも限界を迎えんとしている。
「この人は裏切り者です。悪い人にはお仕置きをしなくちゃいけないんです」
 その紐の反対側を持つのは私のお姉ちゃんだ。
 私の居た組織では『掃除屋』『処刑人』或いは『死神』などと呼ばれていた。ようは裏切り者や邪魔者を消す仕事をしていたのだ。
 組織に属しているから殺し屋とは言わない。でも人殺しではある。
「止めてお姉ちゃん……止めてあげて? ね?」
 私はお姉ちゃんがとても恐かった。
 お姉ちゃんは今一人の命をその手に握っているのに、その命の灯火をその手に感じているのに、何も思わないのだ。
「可哀想だよ! お姉ちゃん止めて!? ねえ! 止めてえ!」
 発掘された鉄巨人の実験に人を燃料として入れた時も、冠王様の体の材料実験に人の血を使った時も、表情一つ変えなかった。
 きっとお姉ちゃんは心まで鋼鉄のように冷たくて硬いんだ。子供の時の私はそう思った。
「止めて! お姉ちゃん! お姉ちゃん!! 止め――」
「ユッコも――」
 そんなお姉ちゃんも私にだけは優しかった。私と二人の妹にだけは優しいと思っていた。
 それなのに……
「悪い子にしたら……こうされちゃうんですよ?」
 お姉ちゃんは、やっぱり心まで鋼鉄だった。


 ~第四話 ユッコは萌えているか~


「おーいユッコ~。もう朝だぞー」
「ふえ?」
 能天気な声に私は目を覚ました。覗き込む親友の笑顔と昼下がりの黄色い陽射しが眩しい。
 場所は十津那学園高等部2年生の校舎、私の教室だ。時計を見ると時刻は午後4時を回っていた。
「夢……」
「何? 夢見てたの? てゆーか涙。どんな夢だったのよ~」
「……アニメの夢」
 夢の内容は良く覚えていないけど、昔から良く見る子供の頃の思い出だったような気がする。
 良い思い出……はあまりない。恐い思い出の方が多いけど、それでも嬉しかった思い出や楽しかった思い出もある。それなのに夢に見るのは決まって悪い思い出の方ばかりだ。
 教室には私達以外もう誰も居ない。部活や委員会や、後一部の用がある生徒以外皆帰ってしまったようだ。
 私は親友の問い掛けに、校庭と廊下から聞こえてくる楽しそうな声に掻き消されない程度の小さな声で嘘をついた。
「も~相変わらずだねユッコは。先生も呆れて帰っちゃったよ」
「すまんすまん。昨日ちょっと遅くて」
 葛西美代――みよっちは私が地球に来て初めて出来た友達だ。初めて、そして唯一友達と言える同い年の子。
 それまで私は友達が出来なかった。と言うより友達と思える人に出会えなかった。顔見知り、知り合い、仲間、同志。どれも友達じゃない。
「じゃ、一緒に帰ろ。親愛なる悪友と共に」
「うむ、帰ろう」
 地球に来て寂しかった私はテレビや漫画と言ったサブカルチャーにショックを受けた。所謂「ヤック・デカルチャー」と言うやつだ。
 私の国には無い文化だったこの国のサブカルチャーに、異世界の科学技術を勉強に来た筈の私はすっかり心奪われてしまったのだ。
 だがどうやらこの国ではサブカルチャーを嗜む者「オタク」を軽視、或いは侮蔑する人々がいるらしく、私は素晴らしい物に出会っておきながらそれを隠すしかなかった。
 教室で話されるドラマやJ-POPの話題。私はそれに参加出来ず一人孤独だった。隠れオタとして過ごす日々、そんな時出会ったのがみよっちだった。
「最近はまってるアニメがあってさ~原作コミックス買いたいからちょっと付き合ってよ」
「別に構わんが、何にはまってるんだ?」
「むふふ~……これだ!」
「そっ、それは!? まさか!」
 私達は教室を出て廊下を下駄箱に向かって歩いている所だ。その道で何とあろう事か、みよっちはこの国のサブカルチャーの極みとも言える?「薄い本」を取り出したのだ。
 こんな所誰かに見られたらどうするつもりなのか。昔から明け透けな性格のみよっちに、私はいつも驚かされる。
「そうよ。原作より先に薄い本を入手してしまったのだ~」
「何と罪深い……神よ許し給え」
 私は祖国の神ではなく、この世界の神に祈るように胸の前で十字を切った。
 みよっちの大胆さにはいつも勇気付けられる。初めてみよっちに出会った時もそうだ。高等部に進学して初めての自己紹介の時……今思い出しても笑いがこみ上げてくる。
 オタクである事を隠そうともしないみよっちの自己紹介に、私は引き寄せられ自然と友達になっていたのだ。
「うわっ、これBLじゃないか! こんなのどこで買ったんだ?」
「アニメイドの近くのみどりブックスだよ」
「あそこに入ったのか? 勇気あるなーみよっちは」
「いや~それ程でも~」
 商店街にあるアニメイド。その隣のビルの2階に店舗があるみどりブックスは何となく敷居が高くて、私は開店以来入れずに居た。
 その魔境に何とみよっちは突撃してきたと言うのである。
 しかしここで私は一つ気になる事が出来た。
 みよっちは一人で行ったのだろうか?それとも誰か「私以外の友達」と行ったのだろうか?
「あ、あの……さ」
「何? ユッコ」
 喉が渇く。言葉が重い。その答えを聞いてしまうのが恐くてたまらない。
 それでも気になって聞かずには居られない。だって知らない事はもっと恐いから。だから私はその質問を親友と思っている彼女にぶつけた。
「みどりブックスには……一人で行ったのか?」
 もしここで誰か私の知らない誰かと行ったと言われたらどうしよう、と私は思った。
 だってもしそう答えられたら、みよっちは私の親友じゃなくなってしまう。いや、向こうは親友と思ってくれているかもしれない。でも私は……
 私にはみよっちしか友達が居ないから。みよっちの友達が私以外居たら、私はみよっちにとって代わりの利くただの――
「うん、そーだよ。すっごくドキドキした」
「そ、そうか」
 答えを待つ間、下駄箱から靴を出して上履きをしまっている間に私の思考はそんな不安でぐるぐる回っていた。
 だからみよっちの答えを聞いた時、私は心の底から安心したのだ。
 寂しい私と、大切な親友が同じであった事に安心した私。
(私……最低だ)
 校舎を出て昼下がりの日差しを浴びながら、私は自分を嫌悪した。
 みどりブックスに一人で行ったからと言って、みよっちに他に友達が居ないと決まった訳でもないのに、その事を頭の片隅に仕舞い込みながら……



「いや~ホクホクだね。懐は寒くなったけど心は常夏別世界だね」
「うむ。ここに来て本当に良かった。みよっちありがとう、心の友よ」
「どういたしましてだよ~」
 今日も放課後アニメイドに寄った私達はみよっちの案内でみどりブックスに潜入した。
 みよっちの陰に隠れおどおどしながら入店した私を見て男の人達は何故かビクリと体を震わせていたけれど、そんな事に構っている余裕は無い。
 私はみよっちの袖を片時も離す事無く店内を物色、お目当ての物を購入して人外魔境を脱出してきた所だった。
 正直、ここに来て本当に良かったと思う。アニメイドとはまた違った品揃えがあるし、本の試し読みが出来るのが良い。
 思えば薄い本を表紙買い・衝動買いして何度泣かされてきた事か……半分以上ゲストだったり上手いのは表紙を描いた人だけだったり漫画じゃなくSSだったりイラスト集だったり総集編だったり――
「あれ? ユッコさんじゃないですか」
「こんな所で奇遇ですね。買い物ですか?」
 そんな過去の苦い思い出を振り返っていると、店を出た所でユージとウツホに出会った。
「い、いやぁ……まぁ……は、ハハハハハッ」
 バカ野郎このリア充共が!こんな場面に出くわすんじゃない!
「あれ? 今ユッコさんここから出てきました?」
「アニ……メイド?」
「そ、そんな訳無いじゃないか君達ー! 私はただここを通って……そう、抜け道。抜け道としてたまたまここを通り抜けただけなんだよ! うん!」
 ナイス!私ナイス!このビルは丁度1階を通れば道と道をショートカット出来る構造だ。極めて合理的な理由付けが出来たぞ!
 こないだ部屋に入られた時アニキの歌を聴かれたが真○ッターのOP2なんてカタギの人間が知っている筈が無い。
 これでまだ私がオタク趣味だと言う事を知られずにすむ。と思っていたら……
「何々? ユッコの知り合い? こんにちは~はじめまして。私ユッコの友達の葛西美代って言います。宜しく~」
「こちらこそはじめまして。俺ユッコさんと同じアパートに住んでる大下祐二って言います。こっちは人魚のウツホ」
「はじめまして。ユッコさんのお友達って事は、もしかして十津那の2年生ですか?」
 これは予想外だった。みよっちが奴らに話しかけてしまうとは……。
(くっ、不味い……何故か意気投合しかかっている。このままではみよっちがオタクである事をばらすのも時間の問題だ。そうなれば自動的に私の正体もばれてしまう)
 スタンド使いが正体を知られると弱いように、オタクも正体を知られると弱いのだ。
 ここは何としても早急に彼らを引き離し分かれる必要がある。そう、ボロが出る前に――
「へ~あなた人魚なんだぁ。人間と人魚のカップルかぁ、萌え萌えだね」
「え? MOE?」
「もーえーもーえーだねと言ったんだよ! お二人さんお暑過ぎてもーえーはってなもんだよそのくらい解れこのバカップルが!」
「かかか、カップルじゃないし!!」
「だーれが、こんながさつでワガママな女と痛っ!? お前反撃早いな最近!」
 よ、よし。何とか問題の摩り替えに成功したぞ。これで後は逃げるだけだ。
 例の如くケンカを始めたユージとウツホを尻目に私は撤退を決意する。
 適当な事言ってさっさとこの場を離れよう、そう思った矢先みよっちがまたしても二人に余計な事を言ってしまう。
「まーまーケンカしないで。そんな高橋留美子作品みたいなケンカ」
「タカハシルミコって?」
「知らないよそんな人! 良いから良いからユッコを信じてー良いから良いからー」
「ちょ、押さないで下さいユッコさん」
「解りましたから。友達と遊んでたんですよね? お邪魔しましたから」
 もう力づくで引き離すしかない。
 理由とか何とかもうそんな事気にしてられる状況じゃなくなった。兎に角何でも良いからこの二人と今すぐ離れなければ!
 進退極まった私がそう思い実力行使に出た時、みどりブックスのイメージキャラクターが描かれたエプロンをした店員が私の方に向かって駆けて来るのが見えた。
「お客さーん」
「お客さん?」
「あ、あばばばばb」
 その瞬間私は自らの犯していた重大な過ちに気付く。
 買い物袋の中にあるべき物が無いのだ。そう、とても口には出せないような恥ずかしい代物が……。
 あれがバレたら最悪だ。もう最悪私がここで買い物をしたってバレても良い。ただアレだけは、アレだけは何としても……!!
 店員は客の私の為を思ってここまで持ってきてくれたのだろう。ありがとう。だが死ね。
 お前のせいで私がこう言う店で買い物してるってバレてしまったではないか!その上さっきまでの不自然な誤魔化しが不自然極まりない感じになってしまったではないか!
 八つ当たりも甚だしいがタイミングが悪すぎる。こうなったら何とか最低最悪の事態だけでも回避しなくては――
「お客さーん! 先程買われました『好きなもんは好きなんだからしゃーなし』のドラマCD『男同士じゃ……嫌か?』忘れてますよー!」
 やつの為にこれ以上被害は出せねぇ。後は頼んだよ、みよっちちゃーん
「うわあああああああああああ!!」
「落ち着いて! 落ち着いてユッコ!」
「零式が完成した暁には、デリカシー0の店員などあっと言う間に叩いてくれるわー!!」
「あなた何言ってるの!? ユッコ一体何言ってるのよ!?」
「諸君らの愛したクールビューティーユッコさんは死んだ! 何故だ!? 店員の気遣いレベルが坊やだからさー!」
「ぐおおー! 凄いパワーだ! 私だけじゃもう抑え切れない!!」
 みよっちに後ろから羽交い絞めにされた私は尚も店員に食って掛かる。ノームの腕力舐めんなコラぁ!
 もう考えうる限り最悪の事態になってしまった。明日から私は十津那荘でイジメられるのだ。きっとそうだそうに決まってる。
 根拠の無い被害妄想で私の頭は一杯になった。


「笑いたくば笑え」
「いや、別に笑いませんから」
「そんなに気にしないで? ユッコさん」
 そう自嘲気味に言った私に二人は優しく声をかけた。
 時刻は夕方6時前。十津那商店街は夕食の材料を買いに来た主婦達で一杯だ。
 一円でも安く買おうと店と店の間を渡り歩く姿は、こちらの市場でもよく見る光景だ。
 主婦の大変さはどこの世界も同じだなと思った。
 思ったけど今は自分の方が大変だ。
「お前らおかしいだろ? ノームの私がオタク趣味だなんて。リアルタイム世代じゃないのに90年代OVA最高とか思ってるなんて」
「よく分からないですけどおかしくはないんじゃないですか? 多分」
 この優しさも今は気休めの言葉にしか聞こえない。
 人なんて心の中では何を思ってるか分からないものだ。世間体を気にして表では慰めるが、きっと裏では私の事を侮蔑の対象にしたに違いない。
「大丈夫、私は80年代も好きだよ? ユッコ」
「流石みよっち。含蓄のある励まし」
「含蓄って用法これで良いんだっけ?」
 そんな中、やはりみよっちだけは私の味方だ。
 同じ趣味を持ち私の好きな物を分かってくれる。私と言うノームを認め仲良く接してくれる。
 そうだ、私にはみよっちが居たじゃないか。みよっちさえ居てくれたらそれで――
「私の他の友達もクラスで趣味バレたけど大丈夫だったよ? 友情ってそんな儚い物じゃないって、ユッコ」
「……え?」
 その時、私は自分の耳を疑った。
 ホカノトモダチ?他の、友達……と聞こえた気がする。みよっちに私以外にも友達が居たと言う事か。
(やっぱり友達……他にも居たんだ)
 そう理解した瞬間、私の中で何かが音をたてて崩れ去った。
「だから元気出して? ユッコ。私はいつまでもユッコの友達で味方だから。ね?」
「……」
 きっと今の気持ちはみよっちでも理解できないだろうな……
 うつむいた私の顔を心配して覗き込んでくるみよっちの顔を見る事が出来ないまま私はそう思った。
 自分でも上手く説明できない感情。予想していた事だし覚悟もしていた。大した事じゃないと自分に言い聞かせながら、それでも上手く立ち直れない自分がいた。
「ごめんユッコ。私バイトの時間があるからもう行くね? 明日また学校で会おう」
「……うん」
「……ユッコの事、頼みます」
 そう言ってこの場を離れたみよっちの優しさに私は辛うじて「うん」とだけ答えた。
 そう答えながらも私は自分の心を整理しようと必死だ。
 私にとってみよっちは一番だった。でもみよっちにとって私は一番じゃないかもしれないんだ。
 もし私が居なくなっても、みよっちには他に友達がいる。だけど私にはみよっちの代わりなんて居ない。
 私はみよっちにとって代わりの利く存在だったのだ。
 そう思うと我慢しているのに涙が勝手に込み上げてくる。
 こんな事を思うなんて我ながらキモくて悲しくなる。
「ユッコさん。私達本当に気にしてないから」
「趣味は人それぞれだし、恥ずかしがる事ないだろ? そんなしょげるなって、な?」
 こんな時慰めは返って人を惨めにさせるものだ。年下二人に醜態を見られた挙げ句気を使って慰められるなんて私は何をしているのだ。
 もう放っておいてほしかった。これ以上傷つくくらいなら、構わないでほしかったのに。
「ユッコさ――」
「友達面するなよ!」
 ウツホは尚も私に話しかけようとしてくる。何なんだこいつは?一体何が楽しくて私を構う。
 そう思った時、私はウツホに八つ当たりしていた。
「どうせ心の中じゃ笑ってるんだろ!? バカにしてるんだろ!? もう私に話しかけるな!!」
「ユッコさん……」
 私、最低だ。
 自分一人で勝手に傷ついて、その挙げ句年下に八つ当たりして。自分がこんな弱いノームだとは知らなかった……
 そうして私が恥も外聞もなくこの場から走って逃げようとした瞬間、誰かに肩を掴まれ止められた。
「何だよ! まだ何かあるのか!?」
 怒って振り向いた先にあったのは厳しい顔をしたウツホの真っ直ぐにこちらを見据える瞳。
 その目はあまりにも真剣で……傍目には訳が分からないだろう私の行動に腹を立てているでもなく、何かを伝えたそうにこちらを見ている。
「話しかけるよ」
 ウツホは真正面に立ってそう言った。
「何度だって話しかけるよ。だって私達、同じ屋根の下に暮らす仲間だもん」
「……」
 仲間、と言われ私は一瞬ドキッとした。何故なら私はウツホやユージの事を今までただの同じアパートの知人くらいにしか考えていなかったからだ。
 私はそうとしか考えていなかったのに、ウツホは私を仲間と思っていたなんて……
 何だか私はとてもウツホに悪いような気がしてしまったのだ。
「私、子供の頃故郷で遊んだ地球人の男の子を探して地球に着たんです。理由はその子と結婚の約束をしてたから」
「え?」
 ユージがウツホの告白を聞いて驚いた顔をした。
 同居人にも言っていないような話を私にするのか?そんな秘密を人に話して恥ずかしくないのか?
 ウツホは私の戸惑いを見て取りながらも話を続けた。
「バカみたいですよね? その後会いに来てくれなかったって事は、私との約束なんて忘れちゃったって事なのに。向こうは忘れるくらいどうでも良い約束だったのに。私は 忘れられなくて、こうして地球にまで来ちゃったんですから」
 ここまで話されて私はようやくウツホの考えが理解出来た。こいつは自分の秘密も私に話す事で私とイーブンな立場に立とうとしているのだ。
 そんな事する必要何もないのに。そんな事をしても何も得はないのに。
 ただ私の為だけに自分の秘密を話したのだ。これがウツホの優しさなのだろう。
「……恋に恋してるだけなんじゃないか? それって」
 いつの間にか私の心からはさっきまで渦巻いていた恥ずかしさや寂しさ、悲しさ、失望、怒りなどと言った感情は消え去っていた。
 心に爽やかな風が吹いた。
「かもしれません。でも、ここに来ればきっと運命の人に出会える気がして……そんな気がするんです」
 ウツホの目はどこか遠くを見ているようで、月並みに言えば夢見る乙女の瞳のようだ。
 そんな目を見てバカに出来る女など居ない。何故なら女にとってそれは……
「素敵だな。まるで漫画みたいだ」
「ですよね。自分でも時々そう思います」
「やっぱり恋に恋してるじゃないか」
「それでも恋には変わらないでしょ? だって女の子にとって、恋は一番大切なものだから」
 私は愚かだった。他にも友達がいるから私は要らない存在だなんて。
 みよっち以外誰も私を受け入れてくれないと自分から勝手に壁を作っていた。
 みよっちだってそうだったように、友達は待ってれば出来るものじゃない。自分から作るものなんだ。
「私もバカみたいだった。勝手に友達はみよっちだけだと思って、自分から壁を作っていた」
 みよっちは私と違って自分の趣味を隠さなかった。だから私はみよっちに話しかけた。
 必ず仲間は居る筈なんだ。そして自分を正直に見せれば友達は出来るんだ。
「今ならみよっちの気持ちが解る気がする」
 代わりなんて居ない。友達はみんな大切だ。
 やっぱりみよっちは私にとって一番の親友だし、ウツホやユージや、他のみんなも大切な――
「友達だな、私達も」
「はい」
 ウツホの顔に笑顔が咲いた。そして私の顔も笑っていた。


「あ、そう言えば俺ユッコさんがオタクだって知ってましたよ?」
「へ?」
 十津那荘への帰り道、赤く染まる夕焼け道で突然ユージが口を開いた。
 時刻は夜の7時前。周りはまだ明るいものの、影になった所は暗く、長く伸びた影は沈みゆく太陽を示す時計だった。
 物悲しい黄昏時の中、ユージは悪びれもせず宣うのだ。
「いや、こないだ部屋に入った時真○ッターの歌聴いてたでしょ? 友達がス○ロボ好きで聞いた事あるんですよアレ。いや~その事で悩んでたなんて、早く言ってあげれば良かったかな~ハハッ」
 一瞬の静寂の後、ユッコの鉄拳がユージの鳩尾を完璧に捉えた。
「……バカヤロー!」
「ぐっはっ!?」
「もー、バカ」
 太陽より一足先に夕日に沈むバカの影。今日も変わらぬ十津那荘の平和で騒がしい一日が終わりを迎えようとしている。
 ユッコ・ベルテ。本名ユッコユッコ・ユーゲン・ユベルテ。サブカル大好きロリ系婦女子の、新しい友達が出来た話だった。


 ―終わり―


  • さらっと人ころころしているなんて恐ろしい子! -- (とっしー) 2012-07-11 22:32:15
  • 気丈なユッコの心の脆さが楽しい交流の日常に危うさを落としているようで少しドキドキしました。みよっちの自然な心遣いが沁みますね。いい方へ交流が進むのだとほっこりしました -- (名無しさん) 2014-09-28 17:41:23
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最終更新:2012年07月11日 21:37