「いや~ホクホクだね。懐は寒くなったけど心は常夏別世界だね」
「うむ。ここに来て本当に良かった。みよっちありがとう、心の友よ」
「どういたしましてだよ~」
今日も放課後アニメイドに寄った私達はみよっちの案内でみどりブックスに潜入した。
みよっちの陰に隠れおどおどしながら入店した私を見て男の人達は何故かビクリと体を震わせていたけれど、そんな事に構っている余裕は無い。
私はみよっちの袖を片時も離す事無く店内を物色、お目当ての物を購入して人外魔境を脱出してきた所だった。
正直、ここに来て本当に良かったと思う。アニメイドとはまた違った品揃えがあるし、本の試し読みが出来るのが良い。
思えば薄い本を表紙買い・衝動買いして何度泣かされてきた事か……半分以上ゲストだったり上手いのは表紙を描いた人だけだったり漫画じゃなくSSだったりイラスト集だったり総集編だったり――
「あれ? ユッコさんじゃないですか」
「こんな所で奇遇ですね。買い物ですか?」
そんな過去の苦い思い出を振り返っていると、店を出た所でユージとウツホに出会った。
「い、いやぁ……まぁ……は、ハハハハハッ」
バカ野郎このリア充共が!こんな場面に出くわすんじゃない!
「あれ? 今ユッコさんここから出てきました?」
「アニ……メイド?」
「そ、そんな訳無いじゃないか君達ー! 私はただここを通って……そう、抜け道。抜け道としてたまたまここを通り抜けただけなんだよ! うん!」
ナイス!私ナイス!このビルは丁度1階を通れば道と道をショートカット出来る構造だ。極めて合理的な理由付けが出来たぞ!
こないだ部屋に入られた時アニキの歌を聴かれたが真○ッターのOP2なんてカタギの人間が知っている筈が無い。
これでまだ私がオタク趣味だと言う事を知られずにすむ。と思っていたら……
「何々? ユッコの知り合い? こんにちは~はじめまして。私ユッコの友達の葛西美代って言います。宜しく~」
「こちらこそはじめまして。俺ユッコさんと同じアパートに住んでる大下祐二って言います。こっちは人魚のウツホ」
「はじめまして。ユッコさんのお友達って事は、もしかして十津那の2年生ですか?」
これは予想外だった。みよっちが奴らに話しかけてしまうとは……。
(くっ、不味い……何故か意気投合しかかっている。このままではみよっちがオタクである事をばらすのも時間の問題だ。そうなれば自動的に私の正体もばれてしまう)
スタンド使いが正体を知られると弱いように、オタクも正体を知られると弱いのだ。
ここは何としても早急に彼らを引き離し分かれる必要がある。そう、ボロが出る前に――
「へ~あなた人魚なんだぁ。人間と人魚のカップルかぁ、萌え萌えだね」
「え? MOE?」
「もーえーもーえーだねと言ったんだよ! お二人さんお暑過ぎてもーえーはってなもんだよそのくらい解れこのバカップルが!」
「かかか、カップルじゃないし!!」
「だーれが、こんながさつでワガママな女と痛っ!? お前反撃早いな最近!」
よ、よし。何とか問題の摩り替えに成功したぞ。これで後は逃げるだけだ。
例の如くケンカを始めたユージとウツホを尻目に私は撤退を決意する。
適当な事言ってさっさとこの場を離れよう、そう思った矢先みよっちがまたしても二人に余計な事を言ってしまう。
「まーまーケンカしないで。そんな高橋留美子作品みたいなケンカ」
「タカハシルミコって?」
「知らないよそんな人! 良いから良いからユッコを信じてー良いから良いからー」
「ちょ、押さないで下さいユッコさん」
「解りましたから。友達と遊んでたんですよね? お邪魔しましたから」
もう力づくで引き離すしかない。
理由とか何とかもうそんな事気にしてられる状況じゃなくなった。兎に角何でも良いからこの二人と今すぐ離れなければ!
進退極まった私がそう思い実力行使に出た時、みどりブックスのイメージキャラクターが描かれたエプロンをした店員が私の方に向かって駆けて来るのが見えた。
「お客さーん」
「お客さん?」
「あ、あばばばばb」
その瞬間私は自らの犯していた重大な過ちに気付く。
買い物袋の中にあるべき物が無いのだ。そう、とても口には出せないような恥ずかしい代物が……。
あれがバレたら最悪だ。もう最悪私がここで買い物をしたってバレても良い。ただアレだけは、アレだけは何としても……!!
店員は客の私の為を思ってここまで持ってきてくれたのだろう。ありがとう。だが死ね。
お前のせいで私がこう言う店で買い物してるってバレてしまったではないか!その上さっきまでの不自然な誤魔化しが不自然極まりない感じになってしまったではないか!
八つ当たりも甚だしいがタイミングが悪すぎる。こうなったら何とか最低最悪の事態だけでも回避しなくては――
「お客さーん! 先程買われました『好きなもんは好きなんだからしゃーなし』のドラマCD『男同士じゃ……嫌か?』忘れてますよー!」
やつの為にこれ以上被害は出せねぇ。後は頼んだよ、みよっちちゃーん
「うわあああああああああああ!!」
「落ち着いて! 落ち着いてユッコ!」
「零式が完成した暁には、デリカシー0の店員などあっと言う間に叩いてくれるわー!!」
「あなた何言ってるの!? ユッコ一体何言ってるのよ!?」
「諸君らの愛したクールビューティーユッコさんは死んだ! 何故だ!? 店員の気遣いレベルが坊やだからさー!」
「ぐおおー! 凄いパワーだ! 私だけじゃもう抑え切れない!!」
みよっちに後ろから羽交い絞めにされた私は尚も店員に食って掛かる。
ノームの腕力舐めんなコラぁ!
もう考えうる限り最悪の事態になってしまった。明日から私は十津那荘でイジメられるのだ。きっとそうだそうに決まってる。
根拠の無い被害妄想で私の頭は一杯になった。