【雫の垂れる先に】

夏の陽射しが杯の赤色をよりいっそう鮮やかにしている。
濁り酒をそそぐと赤と白のコントラストがまぶしい。
と、酒がこぼれそうになる。
おや?と思えば、水面が傾いているのだ。
水面がじれったそうに震えている。
ああ、ついにしずくがこぼれ、しかし下には落ちず、横へと飛んでいく。
ゆったりと浮かび動くしずくの行く先が、当然気にならないはずがない。
お勘定置いとくよと店主に声をかけ、席を立った。
杯が傾く先にはしずくがあり、しずくが行く先にはいったい何があるのだろうか?
雑然とした裏路地を歩きながら、思う。
杯にひっぱられるような感覚だ。

ぽろん、ぽろん。
心地よい音色が聞こえてきた。
足を強く進める。
視界が開ける。

大樹がざわざわと葉を鳴らす。
琴の音色に合わせて。
鳥々が鳴く。
琴の音色に合わせて。

狐人が一人、大樹の下で琴を爪弾いてる。
幾人かの獣人が耳を傾けている。
一曲が終わると、ほう、と感嘆の息がそこかしこから漏れた。
しずくがぽちゃんと杯に落ち、同心円に波が広がる。
異世界において、物は落ちるべきに落ちるのではなく、落ちたいところに落ちる。
たまにはそれに身をまかせてみるのも悪くない。
杯を一気に仰ぎ、飲み干した。


  • 情景が目に見えるよう。異世界の雰囲気を強く感じさせる -- (名無しさん) 2012-08-07 22:05:39
  • >異世界において、物は落ちるべきに落ちるのではなく、落ちたいところに落ちる。  のくだりは秀逸。自然でどこにでもありそうな感じがして -- (とっしー) 2012-08-08 00:21:43
  • 最近躍字が注目されているけど何だか精霊と似たようなものなんじゃないかと思えて来た -- (名無しさん) 2012-08-21 02:16:26
  • 物にも命と心やどる異世界と言ってしまえばそれまでですが叙情溢れる一幕の説得力と温か味が気持ちいいですね -- (名無しさん) 2014-11-16 18:32:58
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最終更新:2013年08月11日 10:44