「邨菜裂腹」とは、延の故事成語である。文字通りの意味は「田舎の料理で腹が割ける」であり、その意味するところを大まかに言えば、「生兵法は怪我の元」あるいは「策士策に溺れる」といった具合になる。今から千五百年ほど前に行われた食神祭での出来事が元となって生まれた言葉である。
延の大都にチョウという名の豚人がいた。チョウは横着なところもあるがおおむね気のいい男で、年に一度行われる食神祭を何よりも楽しみにしていた。その年もつつがなく開催された食神祭で、チョウはあちらこちらの店を食べ歩いていた。
そんなときのことである。チョウは少女と店主が口げんかをしているのを目にした。狐人の少女は店主の出すを指差しては大声を張り上げる。
「ここらじゃこんなのみたことない。得体の知れない麺なんか、どんな味か分かったもんじゃない」
少女の言い草に黙っていないのは店主である。あの手この手で少女を追い払おうとするも、少女はたくみに口答えしては店主の麺を食べたことないと言い立てる。ついに限界を迎えた店主は山盛りの肉麺を皿に盛ると少女に突き出した。「そんなに言うなら食べてみろ」というわけである。すると少女の険しい顔は一転、麺をすすりこんで満足げに笑むと、風のような勢いでその場を後にした。ただ食いであったことに店主が気付いた頃にはもう遅いというわけである。
さて、チョウは気のいい男ではあったが、同時に横着者でもあった。このただ食いの一部始終を眺めていたチョウが自分も真似をしてみようと考えるまでに大した時間は要さず、また、そのまま真似をしたのではうまくいくわけもないと理解するまでにもまた時間は掛からなかった。さりとてただ食いを諦めきれず、チョウは頭を懸命にひねり、やがて一つの名案をひねり出した。
翌日、チョウはいかにも学者のように見える装束を身につけて街に現れた。鹿つめらしい顔をしてあちらこちらの屋台を巡り、人目を集めては大声で叫んで曰く、
「わしは大延国の料理なら何でも食べたことがあるぞ!」
そして実際に、料理の薀蓄を垂れ流したりもするのである。何しろチョウは大都の生まれであり、生まれてこの方食神祭に参加しなかったことなどない。料理に関しては人並み以上に詳しかったのである。無論チョウより詳しい人間も存在するのだが、面白がって放っておく。程なくして、チョウは料理のことなら何でも知っているという触れ込みになった。
さて、次にチョウが行ったことは、地方から出てきたばかりのマイナー料理の屋台を訪ねることであった。仰々しい格好で店を訪れるチョウに対し店主は大いに警戒し、御用は何ですかと聞く。すると、チョウは大声を上げるのである。
「わしは大延国の料理なら何でも食べたことがあるぞ!」
はあそうですかと店主が相槌を打つと、チョウはにやりと笑ってこう続けるのである。
「しかしわしはお前のところの料理を食べたことはないぞ!」
何ですかそりゃどういう意味ですかと店主が聞き返す場合もあり、意味するところを悟って真っ赤になる場合もある。チョウの言い草とは、要するにこういうことである。「お前の出しているのは本当に大延国の料理か? 名乗る資格などないゲテモノでは?」と。
チョウのいいたいことが伝わり、店主が対応を考え始めたあたりで、すかさずチョウはこう続ける。
「しかし、わしは大延国の料理なら何でも食べるぞ。わしが食べれば、大延国の料理になるぞ」
要するにただで食わせろとこういう主張である。
いかにもうまくいかなさそうなやり口であるが、あにはからんやチョウはこの方法でうまくやっていた。成功の秘訣は、都に出てきたばかりのマイナー料理を狙うという点である。田舎から年に一度腕を試しにやってくる料理人は都の事情に疎い。そこにいかにも料理に詳しい権威者でございという人間がやってくれば、おもわずしたがってしまうのも無理はないというからくりである。
チョウは次々と成功を収め、何軒もの料理屋を餌食にした。
だが当然と言うべきか、事態はそこで終わることはなかった。なんと皮肉な事に、チョウの元に多くのマイナー料理人が訪れるようになったのである。彼らは風の噂でチョウのことを聞きつけ、自分もこの食の達人にお墨付きを貰おうとして駆けつけたのだった。
驚き呆れたチョウがからくりを説明しても彼らは聞き入れず、自分の料理も大延国の料理として認めてくれとわめきたてる。仕方なくチョウは料理を食べようとするが、何しろ連日の食べ歩きのことである。すでにして食そのものに飽きつつあったところに次々と料理を差し出され、この料理がまたさすがマイナー料理としかいいようのない覇気に欠けた代物であったりする。
チョウの前に並ぶ料理人の列は途切れることなく、食べ物をこれでもかとばかりに詰め込まれたチョウの腹はこれでもかとばかりに膨れ上がった。あえぐチョウの腹がまさに裂けんとしたそのとき、少女の姿をまとった金羅がチョウの元に現れ、全ての料理を食べつくして去ったという。チョウは大いに反省し、二度とただ食いをすることもなければ、大延国の料理全てを食べつくしたと誇ることもなかったという。
これが、邨菜裂腹という言葉の元となった出来事である。邨菜とは田舎の料理と言った程度の意味であり、上で言うマイナー料理を意味している。マイナー料理の店を餌食にした詐欺行為のために、腹が裂けることになったというような意味合いである。
さて、ここからは余談になるが、邨菜裂腹という言葉には、後になって付け加えられたもう一つの意味がある。それは、「大延国には多くの料理がある」というものである。こうした用法が生まれたのは、ある年の正月に催された宴での、とあるいい間違いがきっかけであるという。
皇帝が主宰する年始の宴の席では、金羅もまた人に近しく交わり、杯を交わす。そんななか、したたかに聞こし召した金羅が、場に供された料理をほめるに当たって、この邨菜裂腹という言葉を使った。「延にはたくさん料理があってすばらしい」というほどのニュアンスであったという。
これは完全に誤った用法であり、周囲はこれを聞いて凍りついた。何しろ高官や貴族が多く集う席のことである。列席していたのはいずれも教養ある人物たちであり、言葉のちょっとしたいい間違いですら大きな恥となる。ましてや、この間違いは故事を弁えず、字面だけをなぞってその言葉を語るという、延では最悪とみなされる誤まり方であった。
しかし、ほかならぬ金羅のいい間違いである。誰も指摘することが出来ず、そうするうちにも金羅は邨菜裂腹という言葉を連発しては料理を褒めてご機嫌である。ついにはだれかこの料理を褒める詩を作れと命じるにいたり、場の緊張は頂点に達した。
そこで進み出たのが、大延国の文学史にその名をとどろかせる詩人、大ショウエイである。大ショウエイは進み出ると、大延国のさまざまな食材を巧みに織り込んだ詩を作り上げて朗唱した。楽府の名作として今でも高い評価を受けているこの『邨菜裂腹』を金羅は大いに気に入り、ことあるごとに演奏させたという。
このように、延国の長い歴史のでは、多くの言葉が生まれ、またその意味を変化させている。他の国と比べても、大延国は特に故事成語の多い国である。延国の言葉を取り上げれば、そこには無数の細くて長い「歴史」という紐が絡み付いているのだ。
(了)
但し書き
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- 大延故事シリーズ大好きです。今回のお話も大延国の人たちと金羅様の暖かい関係が感じられてほっこりしました -- (名無しさん) 2012-08-13 16:08:38
- 読んですぐにキャラ性が分かる膨らませ方が昔話っぽくて面白い。書く側の屋台骨がしっかりしているからなのだろうか説得力がある -- (とっしー) 2012-08-15 03:13:11
- 話全体に漂う夕方六時前のNHK教育番組的な揺るぎない空気が凄い -- (としあき) 2012-08-17 12:26:33
- とんちに食の大国の様子と自業自得と諺じみたオチとおまけにと盛り沢山楽しい。それにつけても冒頭のつかみのよさが一番心に残った -- (名無しさん) 2014-02-27 23:37:58
- 時々読み仮名が欲しくなるというシリーズ。豚人ということもあってかチョウの一挙一動が愉快に浮かびました。祭りの最中に起こる可笑しく面白いできごとから神の勘違いに結んでいくなど現実味と想像力が鍋の中で合わさり料理となったようでした -- (名無しさん) 2014-12-03 17:16:23
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最終更新:2012年08月11日 22:43