にょろり、目玉が突き出した。
病的にまっしろい、いやらしくも不気味な触手なその御方。
ちょこんと単純すぎる目玉をくりくりと動かすのも、先から爪を出すのもいる。
おぞましいと断言してもいい光景だけど、ワタシの喉から悲鳴は出ない。
ワタシに喉が存在しないことも、水中であることもあるけど。
最大の理由は、ただ単純に慣れているだけだったり。
爪もつ触手がカリカリと板に刻むのは、単純な《おなかすいた》の一言。
それ見てワタシはやっぱりと肯き、あらかじめ選出しておいた御飯の迎えの準備をする。
爪と目玉とを付けなさるなら、ついでに口も付けなされば良いものを。
以前そう申し上げたら、《声を出すのが恥ずかしい》とお書きになった。
ハハハ、船中に触手を張り巡らしなさることより恥ずかしいことがあったとは!
まったくもってワタシめの浅学非才の窮みにて!慙愧の念に堪えられませんな!
以前そう申し上げたら、真っ二つになったので二度と申し上げないことにしている。
このお方ときたら言葉より先に、爪が来るから困りものだ。
年中塩漬けでいらっしゃるというのに提督が脳は腐敗なされたご様子。
御昼寝もいい加減になさって御首をご活用するとよろしいのに。
以前そう申し上げたら、千切りになったので二度と申し上げないことにしている。
さて、何故ワタシがこのような触手にたいして唯々諾々とせねばならぬと問われたら、
何を隠そうこの触手、
冥海の女王・死霊海軍大元帥・土左衛門たる我らが寝坊助様!
その名も……!
…………。
……?
なんだっけな、忘れてしまったよ。
脳の干物の、頭蓋骨でカラカラと、響く響くその音の、
鬱陶しさに、ついぶん投げてしまったのが失敗だったか。
うっかり魂の一分ごと、大暴投という大失態。
どこかのスラヴィアンが食べててくれれば何よりだが、
ただ海の底に一人永遠に沈むとなったら発狂は間違いなし。
ハハハ、ワタシが投げる側でラッキーだった。
愚にもつかない考え事をしてるうちに準備完了。
手足を水泳用に付け替えた。
スケルトンはこういうことに単純で、まったくもって便利である。
ザンブザンブ、泳いで泳げば港町に到着だ。
順番が来たぞと件の御飯に伝えれば、涙を流して大喜び。
我らが寝坊助様の手に死ぬとなれば、死後の栄達間違いなしであるからして。
ワタシも出来うることならば、偉い大貴族の手にかかりたかったなあと、思ったり。
風精霊さんに手伝ってもらい、件の御飯を運んでいく。
活きのいいままに運ぶと喜ばれるものだから。
と、向こうから土左衛門が流されてきた。
御同胞ではなく生粋の土左衛門である。
よくよく感じてみれば、その土左衛門には水精霊がまとわりついていた。
そして水精霊さんが言うには、死んでて可哀想だから黄泉戻してほしい、とのこと。
ワタシはちょうどいいタイミングですと頷いた。頷くしかない。
この精霊さんはたぶん(精霊さんの個体の識別はよくわからない)、
我らが寝坊助様と御親交を結ばれておられることもあるけれど、
それでなくとも、精霊さんの頼みを断るなんて恐ろしいこと出来るはずもなく。
そんなこんなで、御飯がふたりに増えてしまったけれども、
我らが寝坊助様は繊細なようでその実ひどく大雑把であるからして、
特に問題は無いだろうさ、と海底に沈む船に乗り込み、船長室へと進む。
扉を開ければ、触手だらけの名状しがたい光景が。
我らが寝坊助様は今日もご健勝なようでなにより。
- 精霊への応対の仕方の多様さはイレゲーの面白さの一つだと思えた -- (としあき) 2012-08-18 08:46:36
- ここで沈むと遺体は見つからないと幽霊船付近の海域は傍迷惑ポイントとなっていそうな我が道のスラヴィアン人生を送る骨とお茶目なおじいちゃんのような船長に和みました。 -- (名無しさん) 2014-12-03 17:59:42
- 朗らかな黄泉処とシャイなねぼすけが面白おかしい -- (名無しさん) 2015-04-17 20:38:03
最終更新:2012年08月17日 00:54