【クマ出版発行・異世界珍説集より抜粋『死』】

さて、この話は本書・異世界珍説集の中でも一二を争う珍説の一つである。
平家と異世界との関わりやそれによる安徳天皇生存説、またナスカの地上絵や各地のオーパーツなどと結びつけた話、果ては謎に包まれた異世界の創造神とその天使が今も地中で虎視眈々と地上を狙っている話などを載せている本書でも異彩を放つものと言えるだろう。

なぜならば、これは地球で見つけた一冊の古い本を元とする話だからだ。

時は13世紀、イタリアのある修道士が村の子供からこの奇妙な話を聞いて書き写したという所から始まる。

その村には婚礼を間近に控えた一人の心優しい娘がいた…

娘は軽い病に倒れた愛しい人のために村外れの薄暗い森に薬草を取りに行ったのだ。
そして、そこで『死』に出会った。
(あなたは誰?)(僕は『死』さ、でも昔は…)
真っ黒いそれは彼女に頭に直接響く声で『死』と名乗った。それは元々は『死』では無かったという。
しかし、ある理由から嫌々ながらも『死』を受け継ぐ事になったのだと彼女に話した。
(兄さんには永く『死』をやってきたし、今これからやらなければいけないことがある。だからこれは仕方のないことだとは分かっているんだ…)(…)
彼女はそう話す彼(彼女?)に薬草とは別に愛しい人を元気づけるために摘んだ花を一輪渡した。
(あなたにあげます。少しでもあなたの悲しさや寂しさが癒えるように)(ありがとうお嬢さん。しかし、この花もこのままだと少し可哀想かも知れない。だって僕なんかに見せるために命を摘まれてしまったのだから)

そう自嘲気味に、摘まれた花が哀れであるという『死』に娘は花が綺麗であることについての話をした。
(花がこんなに綺麗なのは何故か分かりますか?)(多分、虫なんかを呼び寄せるためだろう?)
(いいえ、それだけではここまで美しく、そして私達の心を癒すような美しさを持つことはできません)(…?)
(花は、他のみなにその姿を見て欲しがっているのです。そして、その美しさを見たことで心を震わせ、安らぎや感動、郷愁…色々な感情を起こしてみなの心のためになりたいと思っている…だから、こんなにも心を震わすほど花は美しいのです)
『死』は頷いてお礼の言葉を返した。
(ありがとう。お嬢さん…君の愛しい人はきっと幸せだ)(あなたもきっと幸せになれますよ)
そして魔法でたくさんの薬草を集めるとそっと彼女に渡した。
彼女は喜んでお礼を言い、愛しい人の元へ帰った。
(さようならお嬢さん…)(ありがとう優しい『死』さん…彼が治ったらきっとまた来ます。優しいあなたが寂しくないように)

彼女の愛しい人は薬草のお陰ですぐに回復し、かねてから予定していた婚礼も間近になってきていたが彼女と森の『死』の交流は続いた。
彼女は彼があまりにも悲しそうにしていたのをどうしても放っておけなかったのだ。
(今日はお祭りの時に歌うお歌を歌いましょう)(さて、力を使えずに覚えられるかな?)
(頑張ればきっとお祭りで披露できる程に上達出来ますよ!『死』さんはすごく覚えがいいですし声がとっても綺麗ですもの)
彼女は子供が好むような歌やお話、遊びを彼に教えた。『死』はそれから言葉を覚え奇妙な力無しでも彼女と意思を交わすことができるようになっていた。
彼女は喜び、そっと仲の良い子供(本書の元の口述をした子)にこの事を教えていた。
みなにとって楽しく平穏な日々が続いたのだ。

しかし、それは起こってしまった。

ある日、いつも来るはずの娘が来なかったことに『死』は寂しさとあきらめと安堵の混じった複雑な感情を抱いた。
(ああ、やはり彼女は向こう側の人なんだ。しかし、これで優しい彼女は僕に煩わされずに幸せになれるだろう…)
娘が自分の所へ来るのに飽いたと思ったのだ。
だが、それよりももっと悪い報せが『死』の元に届けられた。ケガでボロボロになった村の子供の姿で…
(お前は何者だ?)(おれは姉ちゃんの友達だ!お前が『死』か?)
そして彼は『死』に向かって最悪の報せを伝えた。

『死』はその報せを聞くと子供を掴んで風の如くに森を駆け、村へ向かった。

村は悲しみに包まれていた。
(どうして…どうして…)
人っ子一人見えない村の広場のど真ん中にソレはあった。
ソレは娘の死体だった。
複数人に散々嬲られていたぶられたのだろう…あの美しく心優しい娘から想像できない酷い有様であった。
(フランス兵がやったんだ…いきなりねえちゃんとにいちゃんに難癖つけて兄ちゃんは抵抗してフランス兵にズタズタにされて川に流された。ねえちゃんは見せしめにこんな所へ…)
(なぜだ!?彼らは善良で幸せそうだった…どうしてこんな目に!?誰も!誰も止めなかったのか!?)(おれは殴りかかって蹴り飛ばされたけど…みんなは怖がって見てただけだよ)
折しもイタリアはフランスに支配を受けている時代であり、イタリア人への迫害は酷いものであった。

『死』は悲しみと怒りに震えた。
どうして彼女らがこんな目に合わなければならないのか?どうして誰も彼女らを救おうとしなかったのか?様々な思いがグルグルと回り、死に染まった体をよりどす黒く染めていった。
(だから、おれはあんたに手伝ってもらいたくてあんたの所まで行ったんだ)(…今更何を手伝えと言うんだ。彼女の生は……幸せはもう終わってしまった。二度と、元には戻らない)

(復讐だ)

子供は『死』に復讐を手伝うように懇願した。
(あいつらに復讐したい。このままじゃ、ねえちゃんやにいちゃんがあまりにも可哀想過ぎる)(……)
(あいつらをねえちゃんたちと同じ目に合わせてやりたい!そのためには俺だけの力だけじゃ無理なんだ!!頼むよ!なぁあんた…)
涙を流して必死に訴える子供に『死』は静かに言った。
(いいだろう。しかし…)(?)
(お前が手を汚す必要はない)

そして『死』は叫んだのだ。教えてもらったばかりのたどたどしい言葉で、あの有名な文句を…
「Morte alla Francia Italia anela!!」

そこからの村は狂ったようだったと子供は口述している。
実際には村だけでなく島全体がそうなっており、全てのイタリア人が怒り狂い暴徒となってフランス兵たちに向かっていったのだが…

そして娘を殺したフランス兵だけでなく、暴徒と化した村人たちですらも累々と積まれる骸の一つとなっていった。
子供は恐ろしくて恐ろしくてずっと耳を塞いで目を閉じていた。
やがて辺りが静かになって目を開くと『死』が娘に向かって何かしているのが見えた。
(彼を探したのだけれどどうしても川に流されたせいで体も魂も見つからなかった。だから君だけでも救いたい…)
(……いや、これは君への救いにはならないだろう…ただ単に僕は、君が失われるのが怖いんだ。あの優しかった君が永遠に失われて、最初の暗闇に落ちてしまうのが我慢出来ないんだ!だから…)
『死』が手で娘の体の汚れを拭い取ると彼女の体が青白い光を帯び、彼女の目が開いた。
そしてそのまま『死』が彼女を連れて行ってしまったのだという。
(さあ、行こう。君が安らかに暮らせる世界へ…)

物語はここで終わり、後には『死』と呼ばれていた者がキリストであり復活の奇跡と民衆の蜂起を促したのだという修道士の所見が載っているだけだ。
この物語をなぜ本書・異世界珍説集に入れたのかと言うと、実は作中の娘の名前がサミュラであったからだ。
サミュラと『死(Morte)』と言えばあの謎多きスラヴィアの屍姫と死神ではないか。
公式にはこの話との関与しているかの回答は得られなかった。
しかし、屍姫がミズハミシマの乙姫と同じく地球出身であることは公然の秘密であるし、非常に関係深い2つの名が連なっていることは面白いと言えるだろう。

ただ、個人的にはこの話は単なる珍説の一つであって欲しいと切に願っている。
私は人が不幸になる哀しい話はあまり好きではないのだ。


「同感だよ」
城壁に座って読んでいたその本を影に包んで蕩かしながらモルテはつぶやく。
「どうかなさったんですか?」
「いや、なんでもない。ねえ…サミュラ、花が綺麗なのは何でだと思う?」
彼女の方へ向き直ってふとそう質問するモルテ。
「そうですね……虫さん達を呼ぶためでしょうか?」
「…そうかい」
寂しそうにそう答える死神。それに続けて屍姫は言う。
「あ!あとは、お花さんを見てくれたヒトの心を幸せにするためですよ。きっと!」

その花の答えに『死』が少し優しく微笑んだ。


  • 死が娘の見た幻なのかそれとも神が来ていたのか。 ますますもって広がる考察 -- (名無しさん) 2012-08-31 21:24:17
  • どうなっていればよかったのかがはっきり言えない物悲しさがチクリと刺さった -- (としあき) 2012-09-01 02:06:38
  • 死がもつ意味と死によって生まれる感情の差異は人と世界の違いで千も万も生まれていて。もしモルテかモルテの一部が地球にやってきていたらと想像しました -- (名無しさん) 2015-01-04 19:55:29
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最終更新:2013年03月28日 18:56