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【ヨセフに捧げられた階段】


 ドワーフたちが酒を飲む場所は決まってる。

 それは――
 座れるところ
 だ。

 椅子があればよし。樽にだって座れる。娘のベッドはまずいから、床に座ろう。仕事中に腰を下ろせれば、ドリルだらけの銀鉱荒らしの硬い骨ばった尻尾でもいい。
 じいさんだから立ってるのが辛いのか? などというドワーフ知らずの背高のっぽの軽頭もいるが、そういう奴は叩いて伸ばして椅子にすればいい。

 ドワーフたちが酒を飲めない! と言い出したら、そこはきっと空の上か水の中だろう。
 座れば酒。立てば仕事。歩けば腰痛コン畜生。

 それがドワーフの男たちだ。

 今日も今日とて、集会場は宴会の中にあった。


 そんなドワーフに囲まれて、テンションの高い少女がいた。
「わーいだわさ! お酒が飲めれば大人! 大人だからお酒が飲めるのではなくて、お酒が飲めれば大人! お酒万歳! 大人万歳! おーとーなーなーわーたーしーっ!」

 半裸になって赤いコートを振り回し、ザルの如く酒を煽るイスティが、ドワーフたちの中心にいた。
 顔を真っ赤にさせ、不明瞭な言動からして、ベロベロに酔っているようで、樽の上に乗ってふら付かない様子を見ると、まだまだ許容量を超えていないらしい。
 ドワーフたちも、最近の若い奴にしてはまあまあ飲めるじゃないか、と乱暴な酌を繰り返し、受けるイスティもペースを落とさず酒を煽る。

「ま、まさかそんな……。イスティちゃんがイスティちゃんが……」

 三台のデジタルカメラと、二台のデジタルビデオカメラで、半裸のイスティを激写しまくるヤマダが、驚愕の表情でシャッターをきって写真をとり、動画を撮影している。

「そ、そんなまさかイスティちゃんが! イスティちゃんがブラをしてるなんてー!」
 それとこれとは別と、ヤマダの撮影は止まらない。
 樽の上に立ち、上気させた顔でコートを振り回すイスティはさながらダンサーのようで、ヤマダのカメラが焚くフラッシュがよりその印象を際立たせる。

 イスティのブラジャーは、真っ赤なレースでお子様用には違いない。しかし、ヤマダにとっては不満のようだ。
「こどもパンツを穿いてくれとは言わない。こどもブラをしてくれとも言わない。いや、むしろブラはしないでくれと言いたい。ブラならチューブトップブラだろJKと言いたい」

 ヤマダの激写は止まらない。不満たらたらでも腕は止まらないのだ。

「ええい! やかましい! きさまも飲まんかい!」
 ついに業を煮やしたドワーフの一人が、ヤマダを捕まえて宴会の中へと引き込んだ。
「ああ、ボクには! ボクには! 撮影の使命が使命がぁ!」
 などと叫んでいたが、
「飲め!」
 と、イスティがジョッキを突き出してきたら、
「いただきます」
 と、正座で受け取り一気に呷った。

「な、なんじゃと!」
「そ、その体勢は!」
「膝を曲げて座り、拷問の姿勢で酒を飲むじゃと!」

 ドワーフは座れれば飲む。

 しかし、何事にも例外がある。

 ドワーフにとって、短い足を織り込むようにして座る正座は、古来から拷問とされているのだ。

 厳しい家庭で育ったドワーフの長老は、思い出す。子供の頃、イタズラをして怒られると、正座をさせられた。
 激しい闘争運動をし、権力に負けた経験のある老ドワーフは思い出す。捕虜となって岩盤の上に、正座させられて水をかけられたあの日々を。
 徒弟経験の長かった親方ドワーフは思い出す。身体で覚えられないならば、正座をまず覚えろと、無駄な指示で座らされた毎日を。

 彼らにとって、正座で酒を飲むとは、苦痛なのだ。とてもできたことではない。

 しかし、この前にいる背高のっぽの軽頭はなんだ!

 拷問されながらも笑顔で酒を飲んでおるぞっ!

「きょ、今日は奈落の釜を開けても酒を飲み明かすぞ! この男を称えて呑み明かすぞぉ!」
「「「うおぉぉおぉおおおおっ!」」」
 ドワーフたちは激情し、溢れるジョッキを天に翳した。

「わーいなのさー!」
 能天気なイスティは、ズレるブラも気にせずジョッキを振り上げた。

「ツルペタ万歳!」
 ヤマダは正座のまま、ジョッキをイスティのふとももに向けて乾杯した。零れた酒がイスティの下半身に振りかかるが、彼女はもうそんな事は気にしない。

 酒はまっこと魔性である。 

 幼女が半裸で酒をかっくらい、ヒゲオヤジどもに囲まれている光景は悪い意味でこの世の姿とは思えない。この場にいる誰もが、犯罪者決定といっていいだろう。


「てめーら! 俺の歌を聴きやがれぇ!」

 一人、シラフの沢村が、高壇上からあらん限りの魂の叫びを解き放った。しかし、相手が悪い。
 頑固一徹のよっぱらいドワーフと、箍(たが)の外れたイスティに、理性のとんだヤマダ相手に、歌一つで勝てるわけがない。

「おおお、俺にも呑ませろぉ!」
 せせこましくギターを置き、沢村は螺旋階段を駆け下りてドワーフの肉林内に飛び込んだ。

 夜は更け、集会場は朝を待たずして死屍累々の様相を見せた。

 最初にむくりと起き上がったのは、イスティであった。

 寝癖でやぼったい長髪はさらにやぼったくなり、ブラはずり上がって、何故かパンツは後ろ前逆である。
 ブーツは片方が行方不明で、どこから持ってきたのかサンダルを履いてる。

 イスティは寝ぼけ眼でパンツを脱ぎ、後ろ前を直して穿きなおすと、螺旋階段に寄りかかって再び惰眠を貪り始めた。

 次に起きたのはヤマダだった。

 彼は何故か全裸である。
 男たるもの、酔ったら脱ぐ。困ったら正座。全裸正座が社会人の証と言いながら酔いつぶれた。
 今はその記憶も無く、ただただ頭を押さえて呻いていた。

 そのとき、彼は見た。

 螺旋階段にあるものを見つけた!
 いや、螺旋階段にあるべきものが無い事を見つけた!

「ロレットチャペルの聖ヨセフの螺旋階段だと!」

 その螺旋階段には支柱が無い。支える柱がなく、二階からぶら下がった階段なのだ。木の釘と板のたわみ、その緩さで上り下りする人々の重さを階段全体に逃がす脅威の機構。
 ニューメキシコにあるロレット教会の螺旋階段も、このドワーフ集会所にある階段と同じ造りだ。
 ロレット教会の螺旋階段には逸話がある。
 壊れた階段の修繕に困っていると、ヒゲ面の大工がふらりと現れ、ほとんど無料で階段を架け替えた。材料費だけ貰って、どこからともなく木材を集め、螺旋階段を造り、ヒゲ面の大工はどこへとも無く去っていった。

 その螺旋階段は支柱がなく、現代工法でも建築不可能な奇跡の階段と呼ばれ、大工だったヨセフに捧げられ、セントヨセフの螺旋階段と呼ばれるようになった。

 まさにそれと同じ造り。
 同じ機構。
 つまりドワーフがこの階段を造ったのだ!

 ヤマダは歓喜した。
 そこで寝るパンツのずれたイスティを発見した事と同じくらい歓喜した。

「こ、これでアトランティスを出し抜けるニュースを……」
 いかんせん、呑んだ酒の量が多かった。
 ヤマダはイスティの足元て力尽き、この記憶を全て失った。


 後日、アトランティスでこのドワーフ機構螺旋階段が紹介され、思い出すその時まで……


  • ネタの意外性が面白い。 専門的な事も含めて思わず調べたくなる -- (名無しさん) 2012-09-02 23:39:40
  • 愛でても手は出さないあくまでレンズの向こうとこちら…わきまえておる! 沢村は切り替えが早いな! -- (名無しさん) 2012-09-03 23:49:25
  • ヤマダの旅の目的って何でしたっけ -- (としあき) 2012-09-08 20:00:06
  • ドワーフの美的感覚がふと気になった。ヤマダは今どこでなにしているんだろう -- (名無しさん) 2014-10-03 23:33:05
  • 三者三様の有様と細かい歴史ネタのギャップが面白いですね。ドワーフの正座にまつわる逸話もありそうで説得力がありました -- (名無しさん) 2015-01-04 20:14:47
  • 地球であれば手が後ろに回っていたであろうヤマダだ。考えたらドワーフの体形で正座は辛そうだ -- (名無しさん) 2017-03-15 16:53:28
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最終更新:2012年09月02日 23:00