【下着泥棒は廊下で消える】

「はとむらー!大事件だよはとむらー!」
ここ数日、うだるような残暑もようやく一息つき、今日くらいはサクリと帰りたいと思った矢先に、
我が新聞部の部長である守屋てゐさんがスカートヒラヒラさせながら部室に乱入してきた。
毎度のことながら、この人のスカートの防御力の無さはどうにかならないものだろうか。
男として一瞬目に映るそのパンチラは、嬉しくないと言えば嘘になるが、それにしても見せすぎだ。
今日も白か。
「ちょっとはとむら!聞いてるのはとむら!
 事件だよ事件。しかも大事件!
 あ、紅茶いただきますはとむら。今日は何?ダージリン?
 あとお菓子もいただきますはとむら」
言うが早いか自分の目の前にあったティーカップに紅茶がなみなみと注がれ、
お茶うけのオールドファッションドーナッツも、自分の胃袋に入らぬまま全滅した。
「で、事件って何なんですか」
正直呆れるのを通り越して怒りすら沸き起こる心情をグッとこらえて自分は聞いた。
「ひいふぇほはふぉむふぁ!
 ふぉんほうひひふぉいひふぇんはんははら!」
飲み込んでからでいいです。
「窃盗事件よ!学園始まって以来の重犯罪と言っても過言ではないわ!
 しかも私も被害者なのー!絶対に許せない!」
窃盗事件とは穏やかではない。
しかし、学園始まって以来の重犯罪はどうだろうか。
『ヒーローの研究事件』や『三宮の醜聞事件』の方がよほど酷かったと思うが。
「で、まさかその犯人を見つけろなんて言うんじゃないでしょうね」
ミルクティーを啜りながら自分は言った。
ドーナッツを食べるためにミルクティーにしたってのに。
ドーナッツを一口かじり、口の中のドーナッツとミルクティーを混ぜあわせて食べる。
それこそが至福のひと時というヤツだろう。
「当たり前じゃないはとむら。
 私のパンツも盗まれたって言ったでしょ。
 さっさと犯人をとっ捕まえてきなさいよ」
「いやいや。待ってください。
 自分は一介の新聞部部員であって、探偵でも警察でも無い訳ですよ。
 そんな事が出来る訳無いでしょう。
 まあ、パンツ探しくらいなら出来るかもしれませんけどね。
 で、どんなパンツを盗まれたんですか」
自分がそう言うと、守屋先輩の顔はみるみる赤く染まっていった。
「そんな恥ずかしい事いえる訳ないじゃない!
 パンツは見ないでパンツを見つけて来い!」
先輩はもう無茶苦茶な事を言い出している。
はぁ・・・長居は無用って事か。
自分は取材用セットをバッグに詰め込んで、そそくさと部室をあとにした。
「絶対に犯人をとっつかまえてね!
 捕まえるまで部室に帰ってきちゃダメだぞ!」
部室からは、先輩の激励という名の脅迫の声が鳴り響いていた。

詳しい事を一切聞けないで部室を出てしまった為、何から手をつけたものか途方に暮れてしまった。
『探偵』なら何か知っているかもしれないと思いメールをしたが、一切返事がこない。
やれやれと思っていると、廊下の向こう側から血相を変えて何かを探している生徒の姿を見かけた。
「何かお探しですか?」
自分がそう尋ねると、その男は早口でまくしたてた。
「窃盗だよ窃盗!なんて酷い世の中だ!
 ボクの大切なものが入ったバッグが、何者かに盗まれたんだ!
 アレがないとボクの人生が終わる!」
随分と大げさだなぁ。預金通帳でも入ってたんだろうか。
詳しく話を聞いてみると、こういう事だった。
彼の名前は下義徹(したぎとおる)。ヒューマンの男性だ。
今日の午後に部活で使うスポーツバッグを中庭に置きっぱなしにしていた事に気付き、
慌てて放課後に取りに向かうと、既にそこにはバッグは無く、落し物としても届いていなかったというのだ。
風紀委員に訴えてもラチがあかなかったので、自分で搜索を続けているようだ。
その中身に関しては<個人情報>との事で教えてもらえなかったが、重要な物が入っているようだ。
「あ、うちの学園のスポーツバッグって、部の名前入りでしたよね。
 もしかしたら陸上部に届いているんじゃないですか?」
自分がそう言うと、下義氏は大慌てで部室棟へと駆け出した。
今回の下着泥棒事件とは関係しないかもしれないけれど、私物紛失も立派な事件だ。
自分は少し、これを追いかけてみようと思った。

陸上部の部室に着くと、部内は騒然としていた。
「フザケんな!絶対お前が犯人だろ!」
ケンタウロスの女子生徒が大声をあげている。
「どこに証拠があるって言うんだ!
 だいたいお前ら風紀委員がちゃんと仕事しないから、こんな事になるんだ!」
どうやら下義氏が何らかの犯人として糾弾されている様子だ。
「何かあったんですか?
 あ、自分は新聞部の鳩村といいます」
近くにいた女子部員に声をかけた。あ、蟲人だ。蜂人か何かなのだろうか。
額の触角をヒクヒクさせながら、彼女?は端的に教えてくれた。
「陸上部に下着泥棒が入ったようです。
 ケンタウロスの彼女、鐙(あぶみ)クレスタのものと、
 鳥人のエミグディアのものと、
 鱗人の月光カナタのものと、
 私、蜂須賀三七(はちすかみな)の下着が紛失していました。
 ディルカカネットの分析の結果、窃盗と判断しました」
ああ、下着窃盗の現場はここだったのか。
偶然ってのは本当にあるものなのだな。
「で、その窃盗犯が下義氏だと」
「確証はありません。ディルカカネットも結論を保留中です。
 ただ、鐙が間違いないのだと主張しています」
鐙さんの方を見ると、鬼の形相で自分に話しかけてきた。
「あんた新聞部なの?ならこの男の犯罪を記事にしなさいな。
 風紀委員として絶対に許せない!
 ただでさえ普段からスケベな視線で見られてるのに、
 この上、下着泥棒までされちゃ、たまったもんじゃない」
「あの・・・しかし証拠が無いのでは」
「この男、例の<変態四十七士>なの」
はいアウト。
残念ながら第一級容疑者です。
「冗談じゃない!
 だいたい今学園内で横行している下着泥棒は、陸上部以外でもあるじゃないか!
 何でボクが手芸部の連中の下着を盗めるって言うんだ!」
手芸部?どんどん事件が複雑化しているな。
とりあえず自分は手芸部の方の話も聞こうと、陸上部を離れた。
「ちょっと待って新聞部。
 私は絶対にアイツが犯人だと信じてるけど、他に犯人がいるならこの手で捕まえるわ。
 陸上部兼風紀委員の鐙クレスタの目の黒いうちは、学園内で性犯罪なんて絶対に許さないよ!」
「情報収集に務めるよう、群れからの指示が入りました。
 私も調査に同行いたします」
何故か、鐙さんと蜂須賀さんも同行することとなって。

手芸部を訪問すると、暗い表情の女子部員が数名部室にいた。
「あの・・・なにか?」
豚人系オークの女子生徒に話しかけられた。
「自分は新聞部の鳩村といいます。
 くだんの下着盗難事件の件で取材しているのですが」
「ちょうどいま、その話をしていたんですよ。
 わたしは奥山といいます。
 彼女がアルテン・ロッカさんです。
 わたしとロッカさんのおパンツが盗まれてしまいました。
 ざんねんです」
妙にたどたどしい口調で奥山さんが教えてくれた。
あれ?翻訳の加護を使ってないのか?
「あの・・・私はあまり大事にして欲しくなくて。でも皆困ってるし。
 今日は水泳の授業があって、着替えを持ってきたんです。
 そしたら、部室に置いてあった私と奥山さんの着替え用の下着が無くなってて。
 でも、パンツだけだしあまり大事にしたくないし」
ノームのアルテン・ロッカさんが状況を教えてくれた。
すると、誰も居ないのを見計らって部室に侵入して下着を盗んだって事か。
「もしかしたら、まだ犯人は下着を物色中かもしれないな。
 怪しいヤツが居ないかどうか搜索しよう」
鐙さんがそう提案し、自分らも同行する事になった。
自分と蜂須賀さん、鐙さんのグループとで1階を搜索。
奥山さん、ロッカさんのグループで2階を搜索する事となった。
まあ、そうそう上手くいくとは思えないが、何も手がかりが無いよりはマシだ。

しばらく校内をウロウロとしていると、中庭から3階の廊下を見上げた際に人影を見つけた。
その人影は何やらゴソゴソと懐を漁ると、何か布のような物を一斉にバラまいた。
パンツだ。
女性用下着が3階から一気にバラまかれたのだ。
普通の白コットンのもの、なんか妙に派手なもの、よくわからんがすげーデカいもの、様々だ。
なんだろうこれ。こんなデカいパンツ、誰が履くんだ?
「こらー!新聞部!それ見るな!返せ!私のだ!」
鐙さんが涙目で自分からその布を奪い去った。
あ、これもしかして鐙さんのパンツ?
「ていうか今のが下着泥棒じゃないか!
 蜂須賀!あたしは向こう端から追うから、アンタは新聞部とそっちの階段から追い詰めて!」
「お任せを」
言うが早いか鐙さんは廊下の反対側まで駆けていき、
蟲人の蜂須賀さんも同時に人影を追跡しはじめた。
その速度たるや、まさに疾風怒濤。
階段を駆け上がる際に勢いがつきすぎてパンチラしているのを見ると、
あらためて蟲人もパンツ履くんだなーとしみじみと関心する。
まあ、あの勢いならばあっさりと犯人を確保できるだろう。
そう思っていたのだが、遅れて3階に登ると予想外の展開が待っていた。
3階の廊下の中央ほどで、蜂須賀さんが一人で立ちすくんでいた。
「蜂須賀さ、犯人は?」
自分が尋ねると、蜂須賀は(蟲人の感情は読みにくいが)困惑した様子で
「見失いました。目の前で消失しました」
とだけ言った。
「こっちこっち!あ、居た!新聞部!犯人は捕まった!?」
自分が来た反対側の階段から、鐙さんと、途中で合流したのだろうロッカさんがやってきた。
「そっちに犯人が逃げていきませんでした?」
自分がそう言うと、二人は顔を見合わせて、即座に首を横に振った。
自分は慌ててフロア中の教室内を調べてみたが、人影ひとつ見当たらなかった。
鳥人ならばこの階からも飛んで逃げられると思って調べてみたが、
窓には施錠がしてあり、そこからの逃亡も考えられなかった。
つまり、犯人は消失したのだ。

ここに至り、ついにアレの力を借りなければならなくなったようだ。
旧校舎B棟2階の廊下をグネグネと回る。
空間と空間の隙間、わずか1室だけポツリと取り残された部屋。科学準備室B室。
『221B』と書かれたプレートがはめ込まれたドアを開けると、
夕暮れに染まる手狭なその教室の中心に人影が見える。
ほぼ完璧にニンゲンに擬態したソレは、スカートをヒラヒラとさせて空き教室にたたずんでいた。
ネットワークに接続しなくとも、無尽蔵の解析能力で事件を解決し続ける存在。
群れのリソースの大半を食いつぶすほどに特化した存在。
自称『地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号』
だが、自分はその名では呼ばない。『探偵』シャーロックと呼んでいる。

シャーロックは自分の顔をみるやいなや、手に持ったケータイをカチカチと打ち込む。
するとすぐに、自分のマイクロフト社製のスマホがメールを受信した。
シャーロックとのコミュニケーションは、常にこのやり取りで行われる。
『やあ、ハトソン君。また来たのかね。どうせ例の窃盗事件の事なんだろう?
 解決したからその報告にでも来たのかい?
 それにしても文化とは面白いものだね。
 チキュウに来たくらいで、マセ・バズークの民ですら下着を履くというのだから。
 ヒューマンが下着に性的興奮を覚えるという生体も実に興味深い。
 性器を見て興奮すると言うのならば、まだしも理解できるところだが。
 ハトソン君、キミも下着を見ると欲情するのかい?』
そう言うと、シャーロックはスカートをまくりあげた。
黒い下着がチラリと見える。レースも透けて実にセクシーな紐パンだが、
シャーロックが履いていると思うと何も興奮するものが無い。
こいつ、完全にからかってきてるな。
「好き勝手言うなよ。まあ、下着を見て興奮するってのは否定しないよ。
 それより事件は解決していないし、なお大変な事になったんだ。
 犯人が消失してしまったんだよ。
 シャーロック、君の意見を聞かせてくれないか」
自分はその後、事件のあらましを全てシャーロックに話して聞かせた。
するとシャーロックは、そんな事もわからないのかといった表情を作りあげて
自分にメールを送ってきた。
『ハトソン君。キミはもう答えを知っているんじゃないか。
 これは謎でも何でもない。極めて当たり前の現象だよ』
「全然わからないよ。
 だいたい何でこのトリックを僕が知っているっていうんだ。
 僕が知っているとしたら・・・」
『犯人が目の前で消えたと言った目撃者は、私と同じ蟲人。
 特に蜂人と呼ばれる種族であると教えてくれたのはキミだろう。
 キミはまさか、蜂人の生物学的特徴を知らないとでも言うのかね』
「生物学的特徴だって?」
『その様子では本当に知らないようだね。無学は身を滅ぼすよ。
 いいかい、よく聞き給え。
 蜂人は自然界に存在しない色、人工的な白色を視覚認識できないんだ。
 これは元々、蟲人がフェロモンや音で主のコミュニケーションを取っていたこと。
 マセ・バズークの環境が大きく関与するところだがね。
 偶然なのか収斂進化ゆえか、地球のスズメバチも同じような生体のようだね。
 ここまで言えば、もう理解できるだろう?』
「つまり、犯人は白い布のようなものをかぶって、目くらましにしたと言うことか。
 いやいや待てよシャーロック。あの時、反対側からも追いかけてたんだぞ。
 すぐにノームのアルテン・ロッカとか風紀委員の鐙とかが現地にきてるんだ。
 そいつらに見つからないで逃げるなんて可能なのか?
 自分らすぐに教室の中もくまなく探してるんだぞ」
『消失トリックは、まあそんな所だろうさ。
 それに、その後の逃げ方も実にくだらないオチだぞ。
 そこらの推理小説で100回は使われてるトリックさ。
 つまりな。犯人は被害者のフリをしてたって事さ』
その一文を読んで自分は愕然とした。
ようやく犯人が誰か理解したからだ。と同時に、その動機もわかってしまった。
犯人が都合よくトリックの白い布なんてものを所持していた理由すらも。
そんな自分の表情を見て、探偵は酷く機嫌が良さそうな顔をつくりあげた。
『こんな古風なトリックを使われたんだ。
 最後は関係者全員を集めて犯人当てでもやったらどうだ?
 その時のシナリオは私が書いてやってもいいぞ』

シャーロックの言葉に従うつもりは無かったけれど、
このまま誤解が誤解を呼んで騒ぎが拡大するのだけは避けたい。
その思いから自分はこの事件の関係者一同を新聞部に呼び出した。
集まったのは数名の男女。
まずは自分。新聞部の鳩村耳音。ヒューマン。男。
同じく新聞部の守屋てゐ。ヒューマン。女性。
その次には陸上部の蜂須賀三七。蟲人。性別はよくわからない。多分女性。
で、同じく陸上部のエミグディア。鳥人。女性。
同じく陸上部の月光カナタ。鱗人。女性。
そんで陸上部兼風紀委員の鐙クレスタ。ケンタウロスの女性。
第一級容疑者の陸上部(そして変態四十七士)下義徹。ヒューマンの男。
手芸部のアルテン・ロッカ。ノームの女性。
同じく手芸部の奥山ふう。オークの女性。
奥山さんの付き添いらしいが、剣道部の犬塚勇馬。ヒューマンの男。
この中に、犯人がいる。
「で、新聞部。犯人ってのは誰なのさ。
 下着泥棒なんて事を仕出かした男なんて、私が八つ裂きにしてやんよ」
鐙クレスタが指をバキバキ鳴らしながら下義を睨みつけている。
もう完全に彼が犯人扱いだ。
「ボクにはアリバイがあるだろう!
 キミらが犯人を追っている間、ボクはずっと陸上部の部室にいたんだぞ!」
「まあまあ。まずは順番に話をさせてください。
 自分たちは確かにあの時、犯人を追い詰めました。
 けれど、犯人は蜂須賀さんの目の前で消失したのです」
コクリと蜂須賀さんがうなづく。
「結論から言えば、あれはトリックの類です。
 蜂須賀さんの蟲人としての特徴、人工的な白色が見えにくい事を利用して、
 自分の身をスッポリと隠せる布で目くらましをしたのです」
鐙が納得できていないといった風に口を尖らせて言った。
「でも、あの時は廊下の真ん中に蜂須賀がいて、
 端の階段には新聞部と私とロッカが居たじゃないか。
 それでどうやって逃げるって言うんだ」
「鐙さん、あなたは階段のどちらから来ました?」
「うん?えーと、あ、新聞部。お前と私は下の階で一緒だったじゃないか。
 私が反対に駆けて、そこから上の階に駆け上がったんだから、
 下から上に行ったに決まってる」
「では、ロッカさんは?」
「あ、と。ロッカは上の階から下りて来たって言ってた。
 そうだよね、ロッカ」
「う・・・うん」
鐙はロッカの方を見て言うが、彼女は随分と浮かない表情をしている。
「探偵小説じゃあるまいし、無駄に追い込んでも意味が無いから言いますね。
 ロッカさん。あなたがこの事件の犯人です。
 理由は今の一言。ロッカさんの割り当てられた区域からは、
 D棟4階のフロアにいけません。
 2階渡り廊下から3階に抜けなければ、あの現場には行けないんです。
 身を隠すほどの大きさの布は、今でも所持してるでしょう?
 言うまでもなく裁縫部で使う布です。
 それで動機に関してですが・・・」
「ちょっと黙って新聞部!ロッカが犯人のワケ無いじゃない!
 だいたい、何で女のロッカがアタシらの下着を盗んだりするのさ?
 動機が無いんだよ、ロッカには!」
鐙は激昂したが、その瞬間、ロッカは大粒の涙を流し始めた。
「ご・・・ごべんな゛ざい゛・・・
 わた・・・わたし出来心でつい・・・ひぐっ・・・
 最初は好奇心だったんです。
 ほかの種族の娘って、どんな下着つけてるんだろうって。
 そしたら、実物を見てどんな縫製してるのかなって。
 どんな装飾されてるのかなって、どんな素材なのかなって。
 調べ終わったら返すつもりだったんです。
 なのに・・・どんどん騒ぎが大きくなっちゃって・・・
 ごめんなさい!もうしません!ごめんなさい!」
その後は言葉になっていなかった。
彼女は泣きながらずっと、謝罪の言葉を重ね続けたのだ。
「いいよロッカ・・・もういいよ。
 まあ、男に盗まれて変な事されるよりはマシなんだけどさ。
 使用済みのを見られるのは、同じ女でもやっぱ嫌だな。
 研究用にしたいんなら新品の渡すから、そっち使ってよ」
バツが悪そうに鐙が言った。
その時、突き抜けて明るい声で下義が声をあげた。
「良かった!本当に良かった!
 これでボクの容疑は晴れたって事だな!
 よくもまあボクを犯罪者のように扱ってくれたものだね!
 結局犯人は、そこのノームだったんじゃないか。
 さあボクへの謝罪の言葉は無いのかい?」
これに関してはシャーロックの知恵を借りるまでもなかった。
「ロッカさん。ちなみに陸上部のみんなの下着はどこで見つけたの?」
澄まして聞く自分に、ロッカは答えた。
「あの・・・信じてもらえないかもしれないですけど。
 中庭にバッグが落ちていまして、それで忘れ物だと思って、届けなきゃって。
 それで、誰のか調べるのに中をちょっとだけ見せてもらったら、
 その中にみんなの下着が詰め込まれてたんです」
目を真っ赤に腫らせてロッカが言った。
「で、これがそのバッグなんだけどさ。ロッカさん、間違いないよね?
 バッグは落とし物として普通に届けられてました。風紀委員、いい仕事するね。
 今回の事件って、実は下着泥棒事件と、私物紛失事件が同時に進行しててさ。
 これ、私物紛失事件の方の解決なんだよね。良かった良かった。
 で、ロッカは見落としてるんだけど、ネームタグにちゃんと名前が入ってるんだ。
 これ、読んでもいいのかい?」
自分がそう言うが早いか、下義がバッグを奪い去って遁走した。
「風紀委員!
 ほかはともかく陸上部の女の子のパンツを盗んだ犯人は下義だ!」
自分がそう叫ぶと、鐙さんと蜂須賀さんが矢のような身のこなしで追撃した。
あっという間に取り押さえられたのは言うまでもない。
やれやれ。ようやく事件も解決したか。
「それにしてもね。
 調べたかったら店で普通に買えばいいだけじゃないのかな」
犬塚先輩がのんびりとした口調で言った。
「犬塚くん、女性用下着の事なめてるでしょ。めっちゃ高いんだからね」
守屋先輩が反論するも、犬塚先輩はピンときていない様子だ。
すると、もっとのんびりした口調で奥山先輩が言った。
「ちなみにケンタウロスさん用のおパンツは、安いので1万円以上するそうです。
 わたしの一番のお気に入りのも、ちょっとだけ高いです。
 ヒウマくんにはあとで見せてあげますね」
「ちょっ・・・ちょっと奥山さん!
 皆がいる前でそういうのは!」
なんだ。リア充爆発オチか。本当に酷い事件だった。

あれから2週間ほど経ち、新聞部の部室にて自分は記事の書き直し作業に没頭していた。
最初は下着泥棒の記事にでもしようかと思っていたが、事件も解決したことだし
アルテン・ロッカの裁縫記事にでもしようかと考えたのだ。
あの事件以来、逆に変な評判を呼んだようで、ロッカのオリジナルランジェリー作成依頼が
後をたたないのだと聞いた。手芸部ってそういう部活なんだろうか?
さて。事件は全て解決したようで、実は一部解決していなかった。
「はとむらー・・・やっぱり出てこないよぅ」
泣きそうな声を出しながら、守屋先輩が部室に入ってきた。
そう。守屋先輩の下着のみが、何故かロッカに盗まれた下着の中に含まれてなかったのだ。
つまり、別の窃盗事件で盗まれたという事なのだろう。
ただ、何となく察しがつくのだ。自分の推理が正しければ、だが。
「守屋先輩。もしかしたらなんですけど、盗まれた下着って。
 黒レースの紐パンじゃないですか?」
その瞬間、守屋先輩の顔は一気に真っ赤になった。
「何で知ってるのよ!まさかアンタが犯人なんじゃないでしょうねはとむら!」
ああ・・・これは本当に酷い事件だった。
パンツ泥棒は・・・空き教室に居る。


  • とにかくキャラが多くて賑やかこの上ない一本。部活の紹介から各人の行動など数の多さに負けずに破綻していないのが素晴らしい -- (名無しさん) 2012-09-13 23:23:56
  • 話全体が学園風景を想像させる素材になっているのと学生特有のエンジョイライフ感が楽しくも胸に刺さる -- (名無しさん) 2012-09-15 01:10:07
  • 種族生徒入り混じる風景がとても交流学園ですこれでもかと登場するキャラたちが短い中で個性を光らせるのも感嘆します。適度な一話の中で起承転結笑いオチととても贅沢な事件簿でした -- (名無しさん) 2015-01-11 18:55:48
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最終更新:2014年08月31日 01:49