私の名前はヤーヤ。
赤い猿である。
私は昨日まで家族と共に暮らしていた。暖かい暖炉があり、いつも私を抱える弟のような、そして兄のような男の子がいた。彼の父は執筆家で殆ど家にいる。彼の母は弁護士でいつも家に居ない。
そんなすれ違いでも起こりそうだが、奇跡の如く人の思い廻り廻り、全てが暖かく明るく輝く人たちの家庭であった。
私は二年前、そこの家族となった。
同じ姿をした赤い猿たちがひしめき合う籠から取り出され、まだ言葉の話せない男の子が、私を指差して「ヤーヤ」と呼んだ。
だからその日から私の名前はヤーヤだ。
家族になったその夜、足のタグを噛みちぎられ、次の日に余っていた黄色い糸でほつれを縫合された。当時は大変痛かったが、今となっては男の子の暴挙を耐え忍んだ私の勲章である。タグは行方不明だが、そんなものは凡百の赤い猿に付いているので、それ無い事は私でない証拠だ。
私は男の子と大部分の時間を過ごした。おそらく二年間の大半は、彼の手の届く範囲に私はいた。
残念なことに私は動けない。
だから、男の子の手で様々な世界を見た。
近所のスーパーを見た。猫が上り下りする隣の家の木を見た。ブランデンブルク門を見た。空港を見た。海を見た。オーロラを見た。白熊を見た。ピラミッドを見た。
執筆家の父親の御陰で、私は二年間で地球の一部分を知ること出来た。
すべて男の子と一緒に見たものだ。
しかしその旅が、私たちに不幸をもたらした。
動けない私はなんの拍子か、男の子の手から遠く離れてしまった。半日も離れた事がないのに、今までに無い長い時間を別々に過ごしてしまった。
ここは何処なのだろう?
離れ離れになる前に、確か男の子が言っていた。
「ヤーヤ、ここは異世界なんだよ」
異世界? 世界は一つではないのか?
ダンボールと籠の外に世界があったように、まだ世界が広がっているのか?
しかし、それは私に不幸をもたらすのでは?
さらに広がる世界に、私は取り残されたというのか?
私がヤーヤと名付けられた場所に、たくさんいた動物たちのような姿格好をした人たちが溢れ、あの世界とまた違う大きな世界に投げ出されたというのか?
帰らなくてはならない。
動かない身体で、なんとしても帰らなくてはならない。
この大いなる矛盾した命題を現実にしなくてはならない!
「赤い……」
物陰に落ちる私を見つけた赤い少女が、そう呟いた。
彼女は赤かった。
「寒かった?」
赤い少女は私を拾い上げて、コートの中に抱き込んでくれた。
これから私は男の子と違う景色を見ていく事だろう。
男の子の同じ景色を見ていけないのは残念だが、きっといつかは同じ部屋で眠れるだろう。
どこかで誰かが私にそう言っている。
- 情報量の少ない中でヤーヤの旅立ちまで進む話は色んな事を想像させる -- (名無しさん) 2012-09-13 23:28:38
- ヤーヤと男の子が離れ離れになったいきさつが気になる -- (としあき) 2012-09-14 09:45:13
- 赤い縁で拾われたって誰に拾われちゃったのか猿には理解できるんだろうか -- (tosy) 2012-09-21 22:25:11
- 全く動けないのに心はあるというのは想像したが耐えられそうもなかった…。帰らなくてはならないと思うヤーヤの強さは凄いと思った -- (名無しさん) 2013-07-31 01:50:01
- 人形である以上は叶うはずもなかろうというヤーヤの願いですがもし彼の魂が何らかの理由で地球にやってきたゴーストが憑依したという奇跡のようなできごとであったのならまた男の子と眠れる日が訪れるのではないかと思いました -- (名無しさん) 2015-01-18 17:22:10
最終更新:2012年09月12日 22:15